53話
「そうか。なら、オデッティアがわざわざルカ・リュイールを回収していったのも説明がつくな。もし本当にルカ・リュイールが処刑されるとしたらそれは……今、水の四天王団の中で動乱がある、ということか。四天王の座を奪い合うような」
オデッティアは強い。必要以上に自分の地位を脅かす者を警戒する性質でもない。そんな彼女がルカを殺そうとするのであれば、それは、自分の地位をより盤石にし、自分の地位を揺るがす可能性のある者を排除していることに他ならない。
「だからオデッティアは私を欲しがってるのかしら」
「だろうなあ……君が居ればまず間違いなく、自分の領地をよくできる。そして同時に、オデッティアの地位を盤石にすることもできる」
「ついでにその作戦の中で邪魔者を殺せるってことね。……随分便利に使われちゃってるわね、私」
ここまで大掛かりな作戦を立てて、さらにその作戦の一部を単なる導入に使って捨ててしまえる。そのオデッティアの思考は、あづさからしても中々に恐ろしかった。
「さて、参ったな。ローレライ達を取引材料にしてオデッティアを呼び出そうかとも思っていたが、彼女はどうやら、始めから海竜隊も水妖隊も切り捨てるつもりであったらしいし……」
「でも、このまま待ってるのは得策じゃないわね。オデッティアは次の一手を考えてるのでしょうし……何より……ううん、何でもないわ」
あづさが言葉を濁らせると、ギルヴァスは不思議そうにあづさを覗き込んで……それから、ふと笑った。
「ルカ・リュイールか」
「……ええ、そうね。彼、真面目そうだし。ちゃんとパイプを繋いでおけば、これから水の四天王領とのやり取りに役立ってくれそうだし……」
「ふむ。要は彼が心配なんだな」
あづさはぎょっとしてギルヴァスを見返すが、ギルヴァスはにこにこと笑っているばかりである。そんな顔を見ていたら、これ以上言い訳を繕うのも馬鹿らしくなってくる。
「……一度でもそれなりにちゃんと話した相手、しかもこっそり私のこと助けてくれたような相手だもの。殺されちゃうっていうのは……その、気分悪いわ。甘いって、分かってるけど」
あづさが恥じらうようにそう言えば、ギルヴァスはからからと笑った。
「ははは。いいじゃないか。君は多少欲張りな方が似合う」
「それ、どういう意味よ」
「何、高望みしても許されるだけの能力が君にはあるだろう?そういうことだ」
ギルヴァスが満面の笑みを浮かべる一方、あづさは少々、唇を尖らせる。
「……だって、作戦上必要なことでもないじゃない。確かに彼が居れば、今後の役に立つわ。でも、別に彼じゃなくたっていいはずよ。それなのに無茶して助けに行きたい、なんて……そんなの、子供のわがままだわ」
「いいじゃないか」
だが、あづさが躊躇うのに、ギルヴァスは笑顔であづさの背を押す。
「存分にわがままを言ってくれ。ファラーシアと戦った時もそうだったが……君のわがままに付き合わせてもらえるのは、案外楽しいんだ」
あづさの頭に、ギルヴァスの手が伸びた。あづさが思わず身を竦ませると、そんなことは一切気にせず、ギルヴァスの手はのんびりと、あづさの頭を撫でていった。
「それに、子供のわがまま、と君は言ったが……そもそも君はまだ子供だ。違うか?」
頭を撫でられたことに気づいたあづさは、少々むくれた顔をしつつも素直に答える。
「……違わないわ」
「なら参謀殿。次の作戦を立てよう。君の安全を守り、ついでにルカ・リュイールを救出するための作戦を」
ギルヴァスの手があづさの頭から離れる。あづさはその手を追いかけるように顔を上げた。もう、迷いはない。
「ええ。そうね。分かったわ。そこまで言ってくれたんじゃ、私だってやらなきゃね。子供のわがまま、存分に発揮してあげるわ」
自信に満ち溢れた笑みを浮かべて、あづさは、言う。
「突撃よ!」
「……とつげき」
「ええ。突撃よ」
「……大胆だなあ」
「そうね。まあ、無謀なことは間違いないわね。だってまず、水の四天王城には侵入が難しいんでしょ?」
地下から階段を上がっていきつつ、あづさは作戦を立てていく。
『突撃』とは言ったものの、それが難しいことはあづさにもよく分かっている。何せ、水の四天王城は水中の城なのだ。水の中で生きていけない種族は、侵入することすら難しいだろう。
「水の四天王城って、あなたでも行くの、難しいの?」
「うーん……やってできないことはない、だろうなあ。だが、俺1人、なりふり構わず、という条件付きだ。当然だが、俺は不器用な性質なんでなあ、気づかれずに忍び込むなんてことはできない。俺の侵入はすぐに知れるだろうし、そもそも、君を連れていくのは不安だ。どこかで振り落としてしまいそうで」
「ふーん。そう。なら問題ないわ」
ギルヴァスは首を傾げる。ギルヴァス自身は水の四天王城に入れても、あづさが入ることはできない。それでも問題ないということだろうか、と。
……だが、あづさの言葉はギルヴァスの想像を超えていた。
「あなたは自力で侵入すればいいわ。それで私は『侵入』じゃなくて『招待』なら大丈夫な気がするんだけれど、どう?」
「いや、どう、と言われてもなあ……向こうから招待される、というのは……難しくないか?」
「あら。結構あなた、鈍いわよね」
あづさはくすくすと笑いながら、ギルヴァスの胸のあたりをつついた。
「気づいてない?私達、確かに折角の捕虜を取引材料にはできないわ。でも彼ら、取引材料にすらなれないって知ったら、どうするかしら?」
「それは……オデッティアを見限るかも、しれない、が……」
「特に海竜隊。隊長が処刑されるかも、って知ったら……こっちに手を貸してくれそうだって、思わない?」
まさか、と言いつつ、ギルヴァスは驚愕の表情を浮かべた。
「つまり、彼らに『あづさを捕らえた』と報告させて、実際に君は捕らえられる、と?」
あまりにも危険な計画であることは明白だった。だが、あづさは不敵に笑って堂々と答えた。
「ええ。そうよ」
あづさとギルヴァスが向かった先は、城の客間であった。そこには海竜隊の者達が、大人しく待機している。隊長や水妖隊の命が握られていると思うからこそ、彼らは大人しくせざるを得ない。
「おはよう、皆さん。あんまり休めなかったかしら」
部屋の中にあづさが入ると、海竜隊の隊員達は一斉にあづさの方を向き、困惑の視線を投げかけてきた。
彼らのうちの8割近くは、地面の裂け目に落下して、そこをギルヴァスに助け出されてここまで運ばれてきた者達である。隊長や水妖隊の命を握られ、捕虜となっている状況でありながらも、本来ならば助けるべきではなかった自分達が助け出されたことについて、ギルヴァスやあづさに感謝してもいるらしい。
「ちょっと大変なことになってしまって、皆さんのご協力を仰ぎたいの」
更に、あづさがそう申し出れば、部屋の中、海竜隊の隊員達は顔を見合わせ、更に困惑の色を強くする。
「ルカ・リュイール隊長がオデッティア・ランジャオに攫われたわ」
そうあづさが言った途端、海竜隊の者達はざわめいた。中にはあづさに詰め寄る者もいた。だが、それらを落ち着かせ、宥めて、あづさはすぐさま、自分達の計画の一部を知らせる。
つまり、『異世界人アヅサ・コウヤを捕らえて水の四天王城に送り込む』という計画を。
海竜隊の者達に話を付けた後、あづさとギルヴァスが向かったのは庭。ローレライ達の居る池である。
そこでも同様の説明を行って、またも協力を取り付けた。
「そういうことでしたら……我ら水妖隊も、海竜隊には恩義があります。そして、このまま裏切られて死にゆくくらいなら……」
「決心してくれてありがとう。あなた達が協力してくれないと、イマイチ、私が捕まったっていう説得力が無いのよね……というか、『私が捕まったっていう説得力が無い作戦を立てる説得力が無い』っていうべきかしら……」
あづさは少々考えつつも、すぐににっこりと笑って、ミラリアに手を差し出した。
「そういうことで、よろしくね、水妖隊隊長、ミラリア・フォグさん」
ミラリアは戸惑った様子であったが、振り向いて……そこに居た部下達が皆、ミラリアの背を押すように頷いていたのを見て、意を決したようにあづさの手を取る。
「はい。よろしくお願いします、あづさ様。私達は確かに、あなたの手を取ることを決めました。この心に偽りはありません。……共に、行かせてください」
ローレライ達は情報伝達のための魔法を持っていた。それはすなわち、水を媒介して声を届けるというもので、この魔法を使えば遠く離れたオデッティアにも情報を伝えられるらしい。
便利な魔法だが、難点もある。それは、1つにはすぐに探知される、ということ。そしてもう1つは、多くの魔力を消費する、ということだ。
探知の魔法のごく簡単なものでも、情報伝達の魔法を感知することができる。もう少し高度な探知の魔法なら、その内容までもを知ることができるだろう。
つまり、敵地でこっそりと使うにはあまりにもリスクの大きい魔法なのだが……逆に、敵地に攻め入って勝利を収めた後、或いは感知されても構わない、という状況ならば、存分に使える代物でもあった。
ローレライ達はそんな問題の魔法を用いて、オデッティアに連絡を取る。
その内容はごく簡単で……ルカ・リュイールの所在が分からない、ということ。自分達は海竜隊の隊員達と共に捕虜として捕らえられたが、ギルヴァス・エルゼンが外出した隙をついてあづさを誘惑することに成功したこと。そして、あづさを護送したい、という旨。
オデッティアはそれらの情報を受け取って、ただ「ご苦労であったな」「もうしばし待て」とだけ返信した。要は、ギルヴァスの探知を恐れて短い返答に留めたが、その内容は良好、ということである。
オデッティアのことだ、罠だと知った上で対処しようとしているかもしれない。裏を取る為に風の四天王領あたりにでも連絡を取るかもしれない。そしてそこで、電池についても知るだろう。ローレライ達には折りを見て、『城壁に張り巡らされた謎の金属線』の話でも報告させればいい。
……だが、あづさとギルヴァスはとうに腹を決めている。
あづさもギルヴァスも最早、腹の探り合いなどと気取るつもりはない。
相手がこちらの罠を疑っていても、その想定を上回る動きを見せてやればいいだけのこと。相手の知らない情報など、こちら側にはいくらでもある。
ある意味では、何も考えない。その方がきっと上手くいく。
無意識を読み取ることはできない。いかなる知略も単純な力相手には分が悪い。ならばそのように振舞ってやるのみ。
そして、抜け目なく策略を張り巡らせるであろうオデッティアが、既に1つ、取り零している情報があるのだ。
「ね。頼りにしてるわよ」
あづさがにっこり笑いながらスライムをつつくと、スライムはぷるん、と揺れるのだった。
オデッティアとの戦いでは、どうせ相手の策略によってこちらが後手に回ることになる。なら、その不利を埋めるためにすべきことは、あづさとギルヴァスとの情報伝達。
そしてそれを担うのは、水の四天王オデッティアに嫌われて水の四天王団を追い出された、小さく弱い生き物、スライムなのである。




