85話 百戦錬磨の乙女達
「カイム様、お腹は空いていらっしゃいませんか?」
「もしよろしければ、すぐにでも牧場の食料をお持ちしますが?」
「ねぇねぇ、カイム様! お腹触らせてー!」
「みんな、ボクちゃんはもう満足したかも。だからもう、あんまり引っ付かないで欲しいかもぉ……」
五人の獣人兵を無事に倒し、囚われのエルフ達を解放したその後。
最初は念願の再会に喜んでいたカイムだったが、エルフ達がいつまで経ってもカイムの傍に引っ付いて離れないものだから……すっかり困り果てていた。
「ちぇーっ。みんなを繋いでいた鎖の錠を解除したのはボクなのにさぁ。みんなしてカイム、カイムって。ラウムはどうしたー!!」
そんな光景を見て、不満そうに頬を膨らませているのはラウム。
どうやら、自分への感謝が思ったよりも少なかった事が気に食わないらしい。
「あはははっ、あの子達も別に、お前に感謝していないわけじゃないって」
「ぶぅー、それは分かるけどさぁ」
「がぅ! がうがうがーがが、がう!!」
「うん、ありがとう! やっぱりビフロンスは、ボクの最高の友達だよ!」
しかしそんなラウムも、フロンに何かを言われて機嫌を直してくれたようだ。
うーむ、俺もいつか、フロンの言葉が分かるようになりたいものだが。
「私としてはぁ、ダーリンへの感謝が足りない事が気に入りませんけどぉ?」
ラウムとフロンの微笑ましいやり取りを見つめる俺のすぐ横で。
さっき魔神憑依を解いたばかりのハルるんも、不満げな顔で文句を呟いている。
まぁ確かに、助けたエルフ達は俺の事なんて一瞥もせずに、カイムの元へと駆け寄っていったからな。
「それこそ、どうだっていいよ。俺は感謝される為に、あの子達を助けたわけじゃないんだから」
でも俺は別に、そんな事を気にしてはいない。
あの子達が幸せそうに笑っているのなら、それが一番だ。
「しかし、いつまでも呑気に喜んでいる場合ではないぞ。レオアードの兵を始末した事は、いずれ敵の本陣に気付かれるじゃろう」
「ああ、お前の言う通りだ。おーい、君達! ちょっといいかな?」
頭の上のベリアルが危惧している通り、既に五人もの獣人兵を殺めてしまった以上……敵がその異変に気付くのは時間の問題だ。
少し心苦しく思いながらも、俺はカイムを取り囲むエルフ達に話しかける。
「あっ……ソロモン様、申し訳ございません!」
「私達、カイム様とお会いできた事が嬉しくて、お礼もまだ……」
俺が呼びかけた事で、慌ててかしこまる十数人のエルフ達。
前もって聞いていたように、確かに彼女達は俺の思い描いていたイメージと違って随分と個性豊かというか……それぞれ髪の色が違ったり、胸が大きかったり小さかったりと、尖った耳以外は全然違うんだな。
「ううん、別にそれはいいんだ。そんな事よりも、色々と聞きたい事があるんだ」
「ええ、私達にお答えできる事でしたら」
「ありがとう。じゃあ、他に囚われている人達の居場所を教えてくれないかな?」
とりあえず、この場にいるエルフ達の救出には成功したが……恐らくはまだまだ大勢のエルフ達が他の場所で囚われている筈だ。
その居場所を知らない事には、俺達のこれからの動き方を決められない。
「森の中心に私達が生活している村が集落があるのですが、そこにムルムル様達と共に囚われている者が十数名。それと、レオアードへ奴隷として運びこまれようとしているエルフ達が数十名ほど……森の東部の方へと運ばれております」
ムルムルというのは、カイムと共にヴァルゴルを治めていたソロモンの魔神の1柱の事だ。
道中でカイムから詳しい話を聞いたところ、彼女が実質的なヴァルゴルのリーダー的存在であったらしい。
「ふむふむ。ムルムルが囚われている場所って事は、そこにバラムやエリゴスもいるって事になるのかな?」
「おっしゃる通りです、魔神ラウム様」
「わー……行きたくないね」
「でも、みんなを助ける為には行かざるを得ないよ。でもそれより急がないといけないのは、奴隷として運ばれそうになっている子達の救出だ」
もしもエルフ達をレオアード本国まで連れて行かれてしまったら、その奪還は非常に難しい事になるだろう。
そうなる前に、なんとしても救出しないと。
「……こういうのはどうだろう? 戦力を二つに分けて、片方が東部のエルフ達を救出する。その騒動を利用して、中心地の戦力を東部におびき寄せた後に……残りのチームがムルムル達を助け出すんだ」
そうすれば敵の主戦力と戦う事なく、救出だけを果たす事ができる。
今回の目的はあくまでも救出がメイン。
まともに敵とやり合う必要はないからな。
「がぅー!」
「うん。悪くない作戦だと思うよ、新マスター君」
「ミコトっち、意外と侮れないかも!」
俺が出した提案に、他の子達も賛同してくれる。
よし、そうと決まればこの作戦を前提として行動するか……!
「ダーリン、それでしたらぁ……エルフの皆さんに、私の能力で作り出した武器をお渡ししておくのはいかがでしょうかぁ?」
「え? エルフ達に?」
「はぁい。折角これだけの数がいるんですからぁ、戦力になって頂ければぁ」
そう言いながら、ハルるんはエルフ達の方へと視線を向ける。
その一瞥を受けて、エルフ達は怯えたようにビクッと体を震わせたが……それからすぐに、キッと強い眼光でハルるんを見つめ返した。
「元々はアナタ達の国の問題ですしねぇ。まさかぁ、全部私達に任せるだけ任せてぇ、自分達は何もしないなんて事ぉ……ないですよねぇ?」
「あ、当たり前ですっ!!」
「ムルムル様達や同胞を助け出せるのなら!! 私達はなんだってします!!」
ハルるんの煽るような言葉に、勇敢な態度で返答を行うエルフ達。
その心意気はとても素晴らしいと思うが、果たして本当にいいのだろうか?
「でも、いいのか? 君達は、争いを嫌う種族だって聞いているけど」
「……ソロモン様。既に私達は、レオアードによって大切な家族や友人を失っています。それなのに、このままじっとなんてしていられません!」
ああ、そうか。そうだよな。
いくら戦いが嫌いだからって、大切な存在を傷付けられたとなれば……堪忍袋の緒が切れるのも当然だ。
「み、みんなが戦うの? 無理はしない方が……いいかも?」
「大丈夫ですよぉ、カイムさぁん。彼女達にはちゃーんとぉ、私が素敵な武器をお配りしますからぁ」
奮起するエルフ達を見てオロオロとするカイムとは対照的に、とても嬉しそうに微笑んでいるハルるん。
そんな彼女が右手を頭上に掲げ、指をパチンと鳴らすと――
「はぁーい皆さぁん! お好きな武器をどうぞぉ!」
何も無い上空から、剣や槍などの武器が何十本も……勢いよく降り注いでくる。
さっき彼女を憑依した時には自分の武器を作る事しか考えなかったが、既に生み出している武器をこんな風に沢山取り出す事も可能なんだな。
「わぁ、いっぱいあるね!」
「がぅー!」
「きゅふふふっ、ラウムさん達もよろしければどうぞぉ?」
「いや、別にいらないや」
「がう」
「あぁんっ! いじわるですねぇ!」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
空から降り注いで地面へと突き刺さった武器を前に、はしゃぐラウム達と……おずおずといった様子で武器に手を伸ばしているエルフ達。
やはり、彼女達に武器を扱うのは難しいのかもしれ……
「やっぱり私はクレイモアがしっくり馴染むわ。はぁぁぁっ!!」
「せいっ!! やぁっ!! はぁっ!! この槍、いい感じ!!」
「ホァチャー!! アタタタタタァッ!! このヌンチャク、扱いやすい!!」
「どっせぇぇぇぇぇぇぇいっ!! トンファーキック!!」
「あれぇー?」
武器を手に取るまでは、ぷるぷると震えていたように見えたエルフ達だったが、武器を手に取った瞬間にノリノリで素振りを始めている。
その動きは武器を初めて持った女の子とは思えないほど、華麗にして流麗、まるで歴戦の傭兵のような動きであった。
「なんなのあの子達!! めっちゃ強そうじゃん!!」
「エルフ達は長命じゃからな、長い人生の中で武器術を身に付ける暇くらいあったのじゃろう」
「長命なのに武器をまともに扱えない、ボクちゃんみたいな子もいるかもぉー」
うん、まぁ、そういうものなのか。
もしも彼女達が平和を謳う種族じゃなく、武器を普段から持ち歩いているような子達だったら……レオアードの侵攻は、もっと手こずった事だろう。
「なんにしても、これは嬉しい誤算だ。エルフ達が戦えるなら、陽動はもっとやりやすくなるし」
こういう言い方はなんだが、救助対象者が足でまといになるかどうかで、今回の作戦の成功率は大きく変わる。
助け出したエルフ達が武器を持つだけで戦力になるのは、実にありがたい。
「じゃあ残るは、編成分けだな」
陽動担当のチームと、本陣潜入のチームの二組。
本陣潜入は少数の方が良いだろうから、エルフ達は全員陽動の方に回って貰うとして……後は魔神達の振り分けか。
ラウム、フロン、ハルるん、カイム。
この戦力を分けるとなったら――
「ラウムとカイムは俺と一緒に本陣潜入。フロンとハルるんには、エルフのみんなと一緒に陽動チームを任せたいと思う」
「えぇー!? ボクとビフロンスが別のチームなの?」
「えぇー!? ダーリンと一緒じゃないんですかぁ!?」
「フロンの幻影を生み出して操る力は陽動向きだし、ハルるんには、救出したエルフ達に武器を渡す役目があるからさ」
となれば、残った魔神はラウムとカイム。
どちらも非戦闘タイプの魔神だが、本陣潜入のチームは戦闘を行う必要が無い筈なので……問題は無いだろう。
「ボクちゃんも、本陣の方に行くんだ……」
「カイムには道案内をして貰わないといけないし」
「妥当じゃな。本陣潜入チームの戦力が少し不安じゃが、いざとなれば儂が本気を出すとしよう」
五分という短い時間限定だが、ベリアルが本気を出せば百人力だ。
もしもの場合は、彼女の力を頼る事になるな。
「そういう事。何か他に、異議や質問がある子はいる?」
確認の為に一応問いかけてみるが、誰一人として手を上げる子はいない。
全員、しっかりと覚悟を決めた面持ちで、まっすぐに俺の顔を見つめていた。
「よし! じゃあ早速、二手に分かれよう!」
話がまとまったのなら、後は急いで行動するのみだ。
手遅れにならないように、迅速に作戦を実行に移さないと。
「りょーかーい! じゃあ、また後でね、ビフロンス!」
「あぁん、ダーリン!! くれぐれもお気を付けて!!」
「はぁ……神様、一生のお願いかも。絶対に、バラムには見つかりませんように」
ひと時の別れを前に、それぞれ軽く会話を交わす魔神少女達。
そんな中、俺はふと――彼女の事が気になった。
「がうがうがうっ!!」
仲良しのラウムに向けて、ブンブンと激しく手を振っているフロン。
いつも通りの声と仕草。特に具合が悪そうなわけでもなく、至って平然としている彼女の姿を見ていると――なぜだろうか。
「がぅー!!」
「……思い過ごしだといいんだけど」
なぜだか無性に、不安な気持ちになってしまうのは。
いつもご覧頂いたり、ブクマ登録などして頂いてありがとうございます。
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