84話 命を奪う覚悟
様々な種類の動物の特徴を宿した種族――獣人。
獣人と言っても、そのタイプは多岐に渡り、あくまでも人間に動物の部位が付いている場合と――動物がそのまま二足歩行をしている感じのタイプなどが、主な分類と言えるだろう。
まぁ、個人的には前者の方が好みなんだけど……残念ながら、レオアードの獣人達は後者のタイプであるらしい。
「美少女の味方だぁ? ふざけやがって……!!」
「どこから来たか知らねぇが、てめぇもエルフの仲間か!!」
そして今、そんなレオアードの獣人――狼、ワニ、犬、虎、獅子と、合わせて五種類にも及ぶ獣人達が、俺の目の前にいる。
更にその全員が、俺が先程すれ違いざまにへし折った武器を放り投げ……新たに腰元の鞘から、予備の小剣を引き抜いて構えていた。
やる気満々なのは構わないが、今は戦いよりも――
「ア、アナタは……?」
「もう、心配しなくていいよ。君達は俺が守るから」
俺は殺気を迸らせる獣人達に背を向けて、手足を拘束されているエルフ達の方へと歩み寄って声を掛ける。
「ひぃっ!?」
しかしエルフ達は、突然現れた俺の姿に驚いているようで……俺が近付くと、怯えたようにずりずりと後退してしまう。
うーん。状況が状況とはいえ、こういう反応は昔の俺を思い出すなぁ。
「えっと、カイムの頼みで助けに来たんだけど……」
「カイム様が……!? で、ではアナタ様はまさか!?」
「あの伝説のソロモン、様……?」
カイムの名を出した事が功を奏したのか、あれだけ怯えていたエルフ達の顔に、途端に希望の火が灯っていく。
彼女達にとって、カイムを始めとしたヴァルゴルの魔神達は守り神のようなものだろうからな。この名前を出すのは、効果抜群だ。
「知っているなら話は早いな。そうそう、俺がソロモンの生まれ変わりの……」
「何をゴチャゴチャと喋ってやがる!! 死ねぇぇぇぇっ!!」
「よそ見なんてしやがって!! 馬鹿が!!」
俺がエルフ達に自己紹介をしようとしていると、背後から二人の獣人兵が襲いかかってきた。
だけど、ハルるんを憑依した今の俺にとって……彼らの奇襲なんて、鬱陶しいハエと同レベルだ。
「少し、静かにしていてくれないかな」
俺は後ろを振り返りもせずに、狼と犬の獣人による攻撃を避ける。
重たい鎧を着込んでドタバタと、スローモーションのような速さで斬りかかってきたところで、俺に当たる筈が無い。
「「なっ!?」」
「でやぁぁぁっ!!」
日本刀は片刃の剣である為に、やろうと思えば峰打ちが可能だ。
しかし俺は、刃を裏返すつもりは無いし……こんな連中に、情け容赦を掛ける必要も無いと思っている。
エルフ達の体中に付いていた切り傷、青アザ、泣き腫らした赤い瞼。
大人だけではなく小さな子供にまで、そんな酷い仕打ちを行えるコイツらを許せる程……俺はできた人間じゃない。
だから、俺は生まれて初めて――この手で、誰かを殺す事になるのだろう。
「がっ、はっ……ごぷっ!?」
「うぐぇっ……げはぁっ!?」
二本の小剣による斬撃を躱しながら体を回転させ、振り向きざまに狙いを定めて……狼と犬の獣人の首元を、それぞれ横一閃に斬りつける。
この獣人達は既にエルフ達を制圧し、油断していたのか……鎧を着込んでいても、 頭から上を兜で守ってはいない。
だからこうして簡単に、急所である首を切り裂き――真紅の鮮血を、撒き散らす事が可能なんだ。
「っぅ……あんまり、気持ちの良いもんじゃないな」
生物を刃で斬るという初めての鈍い感触に、俺は少しだけ目眩を覚える。
だけど、ここで止まるわけにはいかない。
仲間を殺めた以上、残りの獣人達も死に物狂いで俺を殺そうとしてくるに違いないからだ。
「てめぇぇぇぇっ!!」
「下等な人間如きが調子に乗ってんじゃねぇぞっ!!」
狼と犬のコンビに続いて、今度は虎と獅子の獣人兵が凄まじい剣幕で吠えながら向かってくる。
その気迫は、思わず震え上がってしまいそうな程に恐ろしかったが……
(ダーリン!! 私が付いていますからねぇっ!!)
「ああ、心強いよ!!」
俺の中にいるハルるんの激励が、恐怖心を跡形もなく消し去ってくれた。
そうだ。俺は一人じゃない。
相手が何人いようと、どんな敵であろうとも。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
守りたいモノを守る為に、俺は強くならなきゃいけない。
「なっ!? はやっ……ぐはぁっ!?」
「人間がなぜ……!? ぎゃああああああっ!!」
無防備に振り上げられた腕を切り落としてから、鎧の隙間へと刀の切っ先を突き立てる。それをただ、二回繰り返すだけ。
気が付けば、先の二人と同じように……虎と獅子の獣人も、命を失い、動かなくなっていた。
「ひっ、ひぃぃぃっ!? なんだよ、なんなんだよお前ぇっ!!」
濡れた刀を軽くひと振りし、血を払い落としていると……残っていた最後の獣人が、絶叫しながら駆け出していく。
勝ち目が無い事に今さら気付き、逃げ出そうとしているようだ。
「……だから、通りすがりの美少女の味方だって」
(ダーリン、追った方がいいんじゃないですかぁ? 私達の事を本隊に報告されると面倒ですよぉ?)
「いや、多分大丈夫。もうそろそろ、来る頃だと思うから」
ワニの獣人は大きな尻尾を引きずりながら、懸命に森の方へと走っている。
あの中に逃げ込んでしまえば、俺達を撒く事も用意だ。
そう判断した彼の機転は、そんなに悪く無かったんだけど。
唯一、大きな誤算があるとすれば――
「へ、へへっ! 覚えてろよ! すぐにバラム様に報告して、てめぇなんかすぐに殺し――うげぇぇぇぇぇっ!?」
後数歩で森の中に入れるといったところで、こちらに顔を向けて捨て台詞を残そうとしたワニの獣人兵だったが……残念ながら、逃げ切れはしなかった。
「が、がぁ……なんっ……うぐぅ!?」
「ねぇー! 新マスターくぅーん!! なんかうるさい奴いたから、とっ捕まえちゃったけどー!! これ、どうするー!?」
俺の後を追ってきたラウム達と鉢合わせし、あっという間に首を掴み上げられてしまった獣人兵。
背の低い少女の姿をしていて、争い事が苦手だと言っていたラウムだが、それでもやはり普通の人間や獣人程度では歯が立たないのだろう。
「がぅぅぅぅぅっ!! ぐるるるるるぅぅぅぅぅっ!!」
「え? コイツからはゲスの匂いがするって? そっかぁ、じゃあやっぱり見逃せないね」
「あがっ……ぁ、ぁぁぁ……ぁ…………」
「ごめんね。でも、君も兵士ならさ、殺される覚悟くらいは持っていたでしょ?」
「…………」
「せめて、安らかに死ぬといいよ。バイバイ」
どんなやり取りをしたのかは、遠巻きでよく分からないが……フロンが何かをラウムに告げて、結局はワニの獣人を絞め殺してしまったようだ。
「どいて欲しいかも!! みんな!! 無事だよね!?」
そして、ラウムが獣人の死体を地面に下ろした直後。彼女の後ろから飛び出してきたカイムが、血相を変えてこちらへと駆け寄ってくる。
「カ、カイム様!!」
「ああ、よくぞご無事で……!!」
その姿を見つけたエルフ達の間にも、次々と安堵の声が漏れ始める。
良かった。ちょっと物騒な事をしたから、彼女達をますます怯えさせてしまったんじゃないかと心配していたんだけど……
「うぅぅぅぅっ……あぁぁぁぁ……よがっだぁっ! 間に合ったぁっ!!」
それにしてもカイムの奴。
ユーディリアにいた時にはずっと面倒くさそうにしていたくせに、いざこうしてヴァルゴルに戻ってきたら血相を変えてばかり。
フェニスとはまた違ったベクトルで、アイツも素直じゃないようだ。
「……ミコトよ。大丈夫か?」
「うん? 俺は大丈夫だよ? やっぱり魔神憑依は凄いよ。身体能力がすげぇ上がるから、どこも怪我なんて――」
「そうではない。儂が心配しているのは心の方じゃ」
俺の頭の上から、心配そうな声で話しかけてくるベリアル。
「無理はするなよ、ミコト。辛ければ、辛いと口にしてもいいのじゃぞ」
「ああ……ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
これは強がりなんかじゃなく、本心からの言葉だ。
俺が戦わなければ、戦う力が無ければ……きっと。
「カイム様のお陰です。よくぞ、ソロモン様を連れてきてくださいました!」
「泣かないでくださいカイム様! 後でお菓子を差し上げますから!!」
「カイム様、少しやつれちゃってる。可哀想だよぉ」
きっと彼女達は、こんな風に泣きながら、笑いながら……再会する事ができなかった。だから、俺は自分の行動が間違っていたなんて思わない。
「守りたいモノを守れたんだ。後悔なんて何も無いよ」
「……うむ。お前の言う通りじゃな」
(ダーリン……ご立派ですぅ!)
この日、俺は生まれて初めて誰かの命を奪った。
でもそれは同時に、誰かの幸せを守ったというわけで。
「俺は俺の守りたいモノを、これからも……守ってみせるよ」
俺はこの日、本当の意味で。
異世界で生きていくという覚悟を――腹を括ったのかもしれない。
いつもご覧頂いたり、ブクマ登録などして頂いてありがとうございます。
今回辺りから主人公が覚悟をキメ始めますので、今後は戦闘描写などが増えてきます。
まだ慣れておらず不得手な部分が多いので、何かしら問題がございましたら遠慮なくご指摘をお願い致します。
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