82話 通りすがりの
ソロモンという偉大なる王を失って以来、戦火の絶える事の無い歴史を繰り返してきた異世界セフィロート。
そんな時代の中でも、決して他国と争う事なく……中立という信念を貫いてきたヴァルゴル。
温厚なエルフ達は天然の迷宮森林に身を潜め、平穏な日常を過ごしている……筈であった。
「おらおらぁっ!! タラタラ歩いてんじゃねぇっ!!」
「いやぁっ! 乱暴はやめてっ!!」
ヴァルゴル大森林の西部には、住人であるエルフ達が大切に育てている家畜用の農場がある。
巨木が密集するヴァルゴルではあるが、その牧場は開けた場所に位置し、牛や豚などの家畜が広々とした土地で……ゆったりと飼育されていた。
「エルフ共!! 大人しく言う事を聞かねぇと、すぐにぶっ殺すぞ!!」
「きゃああああっ……!!」
そんな穏やかな牧場の傍らに響く、品の無い怒声と悲痛な叫び。
武装した数人の獣人兵達と……手足に鎖を繋がれ、拘束されている十数人のエルフ達の対照的な姿。
先の争いに敗れて捕虜となったエルフ達は、現在レオアードの獣人兵達によって脅され……自分達がこれまで大切に育んできた資源を奪われようとしている。
「へへっ、かなり溜め込んでいやがったな。どいつもこいつも、美味そうだ」
森で迷わないように牧場までの道をエルフ達に案内させた獣人兵達は、目の前に広がるのどかな牧場風景を前に――舌なめずりをする。
牛、豚、羊、鶏、などの様々な家畜達が囲いの中でゆったりとしている光景は、肉食獣……狼や虎などの獣人である彼らには、さぞや魅力的なのだろう。
「これだけありゃあ、当分は肉に困らねぇぞ」
「ああ、そうだな。おい、さっさと仕留めちまおうぜ」
ガシャガシャと鎧の音を鳴らし、腰に差した剣を引き抜く狼の獣人兵。
それに続き、犬、ワニ、虎、獅子の獣人兵もそれぞれの獲物を握り締める。
これから何を行われるのか。彼らの後ろで身を寄せ合い、怯えたように震えているエルフ達には手に取るように分かったが……それを止める術などない。
「う、うぅぅ……」
これまで、大切に育ててきた家畜達。
勿論、家畜である以上はいずれその命を奪う事になる事は間違いない。
しかし、手塩に掛けて育ててきた家畜達を、このような形で無残にも食い荒らされるとあっては……その心中は穏やかではないのだろう。
傷付き、拘束され、理不尽な暴力を前に従うしかない身でありながら、彼女達は決してその光景から目を逸らそうとはしない。
中には齢一桁にも満たない幼子も混ざっていたが、そんな子も強い意志を以て、これから行われる惨劇を目に焼き付けようと目を見開いていた。
「あーん……? なんだてめぇら、その反抗的な眼は!?」
だが、そんな勇気ある意志は……無法者達にとって気分の良いものではない。
「ムカつくなぁ、おい。家畜より先に、お前らから八つ裂きにしてやるよ」
偶然にも、目ざとい獣人兵がチラリと視線をエルフ達の元へ向けた事で……彼女達の命運は尽きかけていた。
「ひひひっ、バラム様には殺すなって言われてるけどよぉ……関係ねぇ」
「ああ。俺は一度、澄ました顔のエルフをぶっ殺してやりたかったんだ」
無数の凶刃の切っ先が、自分達の方へと一斉に向けられる。
それでも彼女達は、抵抗の意志を秘めた視線を逸らさない。
「ひゃはははははっ!! まずはこのガキからぶっ殺してやるぜ!!」
「っ!!」
意地か誇りか。
いずれにせよ、彼女達は命惜しさに、この野蛮な獣人達に媚びる事を拒絶した。
もしかするとこれは、その崇高な姿勢が呼び起こした奇跡なのかもしれない。
「……ひゃは? な、なんだぁ!?」
「オレ達の剣が……!?」
エルフ達の命を奪う為に振り下ろされた刃は、何者をも刺し貫く事は無かった。
なぜなら、その刃は既に……彼の手によってへし折られていたから。
「お前達が、レオアードの兵士達か……!」
「な、なんだ!? てめぇは!?」
長く赤いマフラーを首に巻き、純白の魔導ローブに身を包む黒髪の少年。
目の前で起きようとした殺戮に対し、溢れんばかりの怒気を浮かべ……強く拳を握り締めるこの少年こそ、長らく――ヴァルゴルの民が求めていた救世主。
「通りすがりの美少女の味方だよ!! 覚えておけ!!」
根来尊。
かつて、セフィロートを治めたソロモン王――その生まれ変わりである。
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