81話 ばいさー・です!
「やーっと、ヴァルゴルに到着かもー」
体力の尽きたカイムをフロンが背負い、足並み揃えて進み続ける事……十数分。
ずっと変わる事の無かった景色はいよいよ変化の時を迎え、今こうして俺達の前には目的地であった巨大な森林――ヴァルゴルが広がっていた。
「うわぁ、本当にデカイんだな」
フロンの背中から降りて、嬉しそうにはしゃぐカイムのその奥。
そこいらに生えている普通の木々の数倍は高く、太い大木が……鬱蒼と、所狭しと生い茂っている光景は圧巻の一言だ。
それはまるで、テレビで昔見た事のある富士の樹海よりも不気味で、この森の中でエルフ達が隠れ住んでいるなんて、にわかには信じ難い程であった。
「ふむ。天然の迷宮と謳われるだけの事はあるのぅ」
「うんうん。自然との調和は健康に良いって言うけど、これはちょっとやりすぎというか……緑が多すぎて胸焼けしちゃいそうだよ」
「がうー。ががーうーうー」
「きゃぁー、だーりぃん! 私、怖いですぅ……むぎゅっ」
森の前で各々が簡単な感想を漏らす中、どさくさに紛れてハルるんが俺の腕に絡みついてくる。
その柔らかな感触と甘い香りで鼻の下を伸ばしつつ、俺はカイムに質問を行う。
「なぁ、カイム。この森の中を、本当に案内できるのか?」
カイムの事を疑うわけじゃないが、この森はどこからどう見てもヤバイ。
もしもカイムが道案内できなければ、俺達はこの森の中で永遠にさまよい続ける事になるかもしれない。
そう考えれば、念の為の確認は大事になってくる。
「はひはひはひっ、ミコトっちは意外と怖がりかも。心配しなくても、この森に長く住んでいる者なら、道に迷うような事は全然無いのかも」
軽く笑いながら、自信満々にそう答えるカイム。
だが、そんな彼女を横から冷たい目で見つめている子が……口を開く。
「草木の細かな違いなんかで、しっかり自分の位置を把握する。森に生きる民には必須のスキルなんだろうけど……それ、本当にカイムが持ってるのかなー?」
「うぐっ!?」
ラウムの鋭い指摘に、カイムはなにやらダメージを受けているご様子。
これはまさか、ひょっとすると……ひょっとしたりして?
「ほらぁ、やっぱり! 新マスター君! コイツを信用しちゃ駄目だよー!」
「がうー!! がうがう!!」
「まぁ、普通に考えれば……引きこもりのカイムさんが森の中を歩き回っている筈もありませんよねぇ……」
「ち、違う違う!! もぉー、みんなしてボクちゃんの能力を忘れちゃった!?」
シラーッと、この場の全員がジト目に変わる中で、それは誤解だと言いたげに、慌てて両手を振ってみせるカイム。
そしてそのまま、その振りかざした両手を前に突き出すと――
「じゃーん!! 見てほしいかも!! これがボクちゃんの魔神装具!! 声聴耳ヴォイスアウリスなんだから!!」
淡い光と共に、カイムの手のひらの上に出現する魔神装具。
それは黒い色をしており、その形はまるで……ヘッドフォンのようであった。
「ヴォイスアウリス、か。それはどんな力を持っているんだ?」
「よくぞ聞いてくれたかも、ミコトっち。ボクちゃんのヴォイスアウリスはなんとなんと!! 【万物の声を聞く事ができる】優れモノ!」
そう高らかに宣言して、カイムはヴォイスアウリスをカポッと耳に嵌める。
しかし体型が全盛期から程遠いせいもあってか、彼女の頭にすんなりと嵌まりはせず、少し歪んだ形で顔をキツく挟んでいるようにも見えた。
それはまるで、万力のように――
「はひぃ、はひぃっ……いぢぢっ、これで、森の声を聞いて……道を……」
少し苦しそうに呻きながら、森の入口へと向かってフラフラと歩くカイム。
傍目にはサイズの合わないヘッドフォンを装着しただけのようにしか見えないが、恐らく今のカイムには森の声とやらが聞こえているのだろう。
「もうちょっと痩せないと、魔神装具じゃなくて魔神拘束具になっちゃうね」
「がうぅ……がぅぅ」
そんなカイムの後ろ姿を呆れた様子で見守るラウムと、心配そうにおろおろとしているフロン。
対照的な見た目の彼女達だけど、中身の方も本当に真逆だな。
だからこそ、気が合うのかもしれないが……
「むっきー! 馬鹿にしないで欲しいかもー!!」
「カイムさぁん、怒っている暇があるなら早く案内してくださぁい。これ以上、ダーリンを待たせたら承知しませんよぉ?」
「うぐぅ、分かったかも。それじゃあ……むむむむっ!! ばいさー!!」
抗議の声を荒らげていたカイムだったが、俺と腕を組むハルるんのひと睨みですごすごと引き下がる。
そして、何やら気合の篭った雄叫びを上げたかと思うと、そのまま俺達を先導するように森の中へと足を進めていく。
「道はこっちかもー! はひはひはひっ!」
その足取りには少しの躊躇いも、迷いも無い。
やはり、ちゃんと道が分かっているようだ。
「……カイムの能力、か」
「ぬ? どうしたミコト、何か気になる事でもあるのか?」
「あ、いやっ! なんでもない。多分、俺の考えすぎだと思うし……」
ベリアルに話しかけられ、俺は脳裏に浮かんだ嫌な考えを振り払う。
そうだ。きっと考えすぎに違いない。
「……そうか。ならば、儂もここはまだ、黙っているとしよう」
「はい? ダーリンもベリアルさんも、何をおっしゃっているんですかぁ?」
「んー、後で話すよ。それよりも今は、ほら」
森の住人以外には、まともに進む事すら不可能な天然の迷宮森林。
だとしたら、レオアードの兵士達がヴァルゴルへの侵攻を成し遂げる事ができた理由は……きっと。
「カイムに置いていかれないように、先を急ごう」
ヴァルゴルの中に裏切り者がいるから――なんて。
俺の思い過ごしに決まっている。
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万力に挟まれる魔神。略して万力魔神。ここでタイトルを確認。
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