78話 魔神バラム
ヴァルゴル大森林。
異世界セフィロートの中央から僅かに東に位置するその森は、温厚なエルフ達が隠れ住む秘境だとされている。
自然との調和の中で、豊かに静かな暮らしを行うエルフ達。
戦乱の火種が絶えないセフィロートではあるが、天然の森林迷宮で外敵からの侵入を防ぐヴァルゴルは、戦火とは無縁の場所――そう、思われていた。
「くっ……よくも、ヴァルゴルを……!!」
美しかった秘境の村は、前触れもなく侵攻してきたレオアードの兵士達によって蹂躙され……今や、完全に堕ちてしまった。
ヴァルゴルを治めていた数柱の魔神少女達による抵抗もあったが――今や彼女達は錠に繋がれたまま、レオアード軍によって完全に包囲されている。
無論、ただの雑兵達であれば彼女達の相手になる筈もない。
だがしかし、手錠による後ろ手の拘束によって地に伏す彼女の前であぐらをかき、その顔を見下ろしている彼女には――まるで敵わなかった。
「お前達はよく戦ったよ。でもな、根性だけで力の差は埋まらねぇもんだ」
かつてソロモンに仕えた序列第51位。支配者クラスの魔神バラム。
青紫色の長髪を後頭部で一括りにし、まるでパイナップルのように開いたポニーテールスタイルにしている彼女の美貌は……ソロモンの魔神の例に漏れず、絶世の美女と言う他に無い。
しかしその無骨な喋り方と、大の男でも身に付ける事の難しい重厚な鎧姿は、彼女の持つ魅力が美ではなく、その強さにある事を如実に物語っていた。
「なぁ……そろそろ諦めて、大人しくオレ達の仲間になってくれねぇか? こっちとしても、これ以上手荒な真似はしたくねぇ」
「冗談ではありません! お前達のような野蛮な者共に屈してたまるものですか!」
一方、手酷い敗北を喫しはしたものの……決して誇りを明け渡さず、今もなお気丈に振舞う彼女の名はムルムル。
ソロモンの魔神序列第54位。公爵クラスの力を持つ魔神であり、ヴァルゴルの実質的な女王にして、この地に住まう魔神達のリーダーでもあった。
「そう言うなよ。お前達が下手に抵抗しなけりゃ、こっちも穏便に話し合いをするつもりだったんだぜ? それなのによぉ……」
そんなムルムルに対してバラムは、何度も繰り返されてきた問答に辟易とした様子で愚痴を漏らす。
このヴァルゴルの地を制圧してから、今に至るまでずっと、彼女なりに懸命な説得を試みてはいるものの……ムルムル達、ヴァルゴルの魔神達は頑なに首を縦に振ろうとはしないのであった。
「なんと言われようとも、ヴァルゴルの民は中立です。それは、我ら魔神であっても同じ……何者の軍門にも下りはしません!」
「そう意固地になっても得はしないだろ? 元は一緒にソロモンの野郎に仕えた身じゃねぇか。それが新たに主を変えるだけ……どこに問題があるんだよ」
「…………」
「まーたダンマリか。はぁ、勘弁してくれ」
中々進まない平行線の話し合いに、思わず溜息を漏らすバラム。
これからどうしたものかと、ガリガリと頭を掻き始めた……その時。
「バラム。そろそろ、いい加減にしやがりませんか?」
これまで静かに、バラムの右脇にて待機していた少女が口を挟んでくる。
彼女もまた、バラムと同じレオアード陣営に所属する魔神であり…その名もエリゴス。かつての序列第15位にして、公爵クラスの力の持ち主だ。
「なんだ、エリゴス。オレのやり方に文句でもあんのか?」
不服な態度をまるで隠そうともしないエリゴスを、横目で睨むバラム。
声色こそは淡々としているものの、その視線には紛れもなく……明らかな怒気と殺意が溢れ出ていた。
「この戦の勝者は私達。わざわざ敗者相手に、下手に出る必要はねぇですよ」
今回はバラムの副官としてヴァルゴル侵攻に同行したエリゴスではあるが、いくら立場や実力が下であっても……バラム相手に物怖じする事はない。
一度制した相手に対して甲斐甲斐しく勧誘を続けるバラムの態度に苛立ちを募らせ、とうとうそれが我慢の限界を迎えたのだろう。
「言っても従わねぇのなら、とっとと殺っちまえばいいんです」
眉上辺りで綺麗に切り揃えられた深緑色の前髪、肩口の辺りから二本結びにされ、腰元辺りまで伸びる後ろ髪。
軽装の鎧姿の上からでも分かる凹凸の激しい抜群のスタイルと……冷たさを感じさせながらも、周囲の視線を釘付けにする美しい顔立ち。
エリゴスもまた、バラムに劣らない絶世の美貌を持つ美少女なのだが、その口調と思想は――その愛らしい外見にはそぐわない過激さを秘めていた。
「エリゴス、てめぇは相変わらずつまらねぇ女だな。力で無理やりねじ伏せるなんて、三下のやる事だぜ」
バラムは膝をポンと叩いて立ち上がり、横に並び立つ小柄なエリゴスを見下ろす。
その瞳からは既に怒りの色は消えていたが、その代わりに浮かび上がるのは失望と落胆の色であった。
「大切なのは相手の心を折れるかどうか。コイツらを心変わりさせる事なく殺しちまったら……それは、オレの負けと同じなんだよ」
「……そんなもの、アナタのプライドの問題じゃねぇですか」
「ああ、そうだ。だからもし、お前がそんなプライドは関係ねぇと思うなら……」
エリゴスの言葉を肯定しながら、彼女の肩に手を乗せるバラム。
瞬間、この広場にいる全ての者が……その変化を感じ取る。
「コイツらを殺す前に、まずはオレを殺してみろよ?」
「っ!?」
まるで、重力が何十倍にも増大したかのような、圧倒的なプレッシャー。
顔には微笑すら浮かべているバラムが、ほんの僅かに力の一端を解き放っただけで、周囲を取り囲む屈強な獣人兵士達の大半が膝を折って崩れ落ちていく。
無事なのは、兵士達の中でも特に優れた十数名の者と……人質となっているヴァルゴルの魔神達。そして、エリゴスのみであった。
「冗談じゃねぇですよ。この、化物……」
額を伝っていく冷や汗を拭う事もできず、エリゴスは震える拳を握り締める。
バラムに次ぐ副官という役職。支配者クラスに次ぐ公爵クラス。
たった一つしか違わない階級。だが、その距離が途方もない程に離れている事を、改めて……エリゴスは痛感する。
「……そんじゃ、そういう事だから。ムルムル、お前達も気が変わったら、いつでもオレ達の仲間に加われよ。美味い酒でも、一緒に飲もうぜ」
「わ、我々は……断じて、屈しません」
思惑通りエリゴスが折れた事を確認したバラムは、笑顔を携えたまま、成り行きを黙して見守っていたヴァルゴルの魔神達へと視線を向ける。
その明るげな態度とは裏腹に、その胸の内に秘めた確固たる信念と強い意志は、ムルムル達にとっては……いずれ自分達が屈してしまうのではないかという、不安を駆り立てるのに十分なものであった。
「……お願い。後はもう、アナタだけが頼りです……カイム」
ムルムルは、徐々に揺らぎつつある心を未だに繋ぎ止める希望を想い、その鍵となる少女の名を呟く。
レオアードの強襲の際、その存在を悟られる前に逃がし……外の世界への救援を求めに行かせた魔神少女の名を。
そして、この危機を救う事ができる、唯一の人物――
「必ず、ソロモン王を連れて――」
かつて仕えた、主の名を。
縋るように、祈るように……口にするのであった。
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