77話 選ばれたのは?
「分かりました。では、主殿のご指示通り……ヴァルゴルへの救援を前向きに検討する事にしましょう」
「え? いいのか?」
俺の考えを話した時、険しい顔をしていたアンマリー。
てっきり彼女は、周りがどう言おうと反対の意志を示すものだと思っていたのだが、意外にもあっさりと……俺の意見に同調してくれた。
ありがたい事はありがたいんだけど、彼女が無理をして意見を合わせているのだとしたら、なんだか凄く申し訳ないな。
「構いません。契約を交わしていないとはいえ、主殿のご意志なら」
視線を再び合わせると、アンマリーは口元をヒクヒクさせながら、そう答える。
うーん。これはやっぱり、怒っているんじゃなかろうか。
「……素直じゃない奴じゃな。本当は笑顔が溢れそうな程に喜んでおるくせに」
「ん? ベリアル、お前今なんて……?」
「そ、それでは主殿!! ヴァルゴル奪還の作戦について話し合いましょう!!」
ボソボソと呟いたベリアルの言葉はよく聞き取れなかったが、慌ててアンマリーが阻止したという事は……あまりよく無い言葉だったのかも。
「むふぅ? 作戦も何も、みんなでヴァルゴルにカチコミすればいいのでは?」
「あやややや、それは無謀というものですよ。最低でもユーディリア本国、西、南に1柱ずつ戦力を残しておく必要がありますし……そもそも、こちらの全勢力でカチコミしたところでバラム氏は倒せませんので」
「ぬぅーん、ならば吾らに打つ手は無いという事か?」
「エリゴスが相手ならば、ミコトがワタクシを憑依すれば問題ありませんの。ですが、あのバラムと戦うとなると……少々、厳しいですわね」
「そうですねぇ……それでしたら、どうにかしてバエルをバラムと争わせるのはどうでしょう? 化物には化物をぶつければいいと、前に聞いた事があります!」
「アンタもフルカス並に天然ね、アスタロト。それで勝ち残った方をどうやってアタシ達が倒すのよ」
方針が定まった事で、ヴァルゴルを救う為の方法を話し合う一同。
しかし、事態が深刻なだけに、早々簡単に良いアイデアは浮かばないようだ。
「……あのさ。ちょっといいか?」
あーでもない、こーでもないと、議論が白熱する中。
俺は手を挙げて、みんなの話し合いの中に割って入る事にした。
「俺に良い作戦があるんだけど、聞いてくれないかな?」
「むふ!? ミコト様の考えた作戦なら、私は大賛成ですよ!!」
「はいはいはぁいっ! 私もダーリンの意見に大賛成ですぅっ!」
「静かにしろ、お前達。まずは主殿のお話を最後まで聞いてからだ」
俺が意見を出すという事で、みんなの目の色が一斉に変わる。
うーん。そこまで期待されると話すのが恥ずかしいんだけど……ここで物怖じしているようじゃ、ハーレムの主は務まらないぞ。
「相手の戦力が大きいなら、こっちもそれなりの戦力で挑まないといけないような気がするけど……ここは一度、逆に考えてみた方がいいんじゃないか?」
「逆に考える、ですって?」
「ああ。ヴァルゴルの森は木々が密集した天然の迷宮なんだろ? だったら視界や見通しが悪くて、隠れたり潜んだりするのに打って付けの場所な筈だ」
俺もこの世界へとやってくる直前――元の世界の山奥で迷ってしまい、危うく遭難するところであった。
だからこそ俺には、よく分かる。
本当に深い森や山は、まっすぐ歩いて進む事すら困難な場所なのだと。
「そんな場所なら大勢で攻め込むよりも、少数で忍び込んで……敵に気付かれる事なく、ムルムル達やヴァルゴルのエルフ達を救い出すのが一番じゃないかなって」
強大な力を持つ相手に、真っ向から勝負を挑むなんて危険だし、それに加えて相手に人質がいるのだとすれば……こちらの不利は絶対に揺るがない。
だとしたらなんとしても相手との戦いを避けて、人質の救出だけに特化した作戦で動いた方がいい。
「ふむ、確かにお前の言う通りかもしれん。どうせ見つかったら終わりなのじゃから、戦闘よりも潜入に重きを置いた作戦を立てるべきじゃな」
ベリアルも俺の案に賛成のようで、同調した言葉を漏らす。
そして、ペチペチと俺の頬を叩きながら……こう続ける。
「それで? 少数での潜入作戦、お前は誰を引き連れて行くつもりじゃ? 儂は当然として……後は道案内のカイム。その他に連れて行くとすれば残り3柱程度が良いと思うが」
しれっと、自分の同行は決定済みにしているベリアル。
まぁ、コイツは荷物にならないし……いざという時は誰よりも頼りになるから、連れて行く事に異論は無い。
ただ、問題なのは――
「うぇー? やっぱりボクちゃんも一緒に行かないとダメなのー?」
「当たり前じゃ。お前がいなくては、儂らはヴァルゴルの大森林を突破できん」
「それもそうかも。でもさ、他の3柱はどうやって選ぶつもりー?」
「「「「「「「「…………っ!!」」」」」」」」
何気なく、床で寝転がるカイムが投げかけた疑問。
それがまさに、全ての引き金となった。
「はいはいはい!! はいはーいっ!! ミコト様をお守りするのは、最初に契約を交わした私しかいませんっ!! むふぁぁぁぁぁっ!!」
「ふんっ。別に、誰を連れていこうが構わないけど……アタシだけは絶対に連れて行くべきね。間違いないわ」
「ああんっ!! ダーリン!! 今日こそはこの私をお選びくださぁいっ!!」
「あやややや。戦闘ではお役に立てないかもしれませんが、それ以外の事でしたらこの手前めをお頼りください。必ずやミコト氏のお力に!!」
「ぬぅぅぅぅんっ!! 勇士よ!! 我は戦闘でしか役に立てぬ!! しかしそれでも、勇士と一分一秒でも共にいたいのだ!!」
「うぇ、うぇひひひひ……金髪エルフのハントチャンスなんて……絶対に逃せませんわ! ミコト!! 当然分かっていますわね!?」
「あらあら、皆さん張り切っているのですね。森の中でしたら、私の能力も少しはお役に立てるかと思うのですが……いかがですか、アナタ様?」
「主殿、今回の選抜はくれぐれも慎重にお選びください。しかし、その、最初にカイムを発見したのは私だという事は……お忘れなく」
我先にと、今回の救出作戦に同行したいアピールを始める8柱の魔神少女達。
これだけの数の美少女達から言い寄られて凄く嬉しいし、全員連れて行きたいのは山々なんだけど……そういうわけにもいかない。
「ええっと、その……だな。実はもう、俺的にはメンバーを決めているんだ」
「ほぅ? ミコト、お前にしては随分と決断が早いのぅ」
「まぁな。あんまり……」
「わ、私ですかっ!? くっ、まだ私は主殿を認めたわけではありませんが、そこまでおっしゃられるなら……!!」
「あ、いや。アンマリーじゃなくて、あんまり時間を掛けられないからって……言いたかったんだけど」
「…………失礼致しました」
俺の誤解を招くような言い回しのせいで、盛大な勇み足をしてしまったアンマリー。彼女はとても恥ずかしそうに頬を染めると、周囲からの憐憫の視線から逃れるように俯き……静かに震えていた。
「あー……その、どんまいよ」
「むふぅ……こういう事もありますよ」
「…………うぐっ」
「……こほん。ミコトよ、それでお前は一体、誰を連れて行くつもりじゃ?」
アンマリーの普段見られない一面に、優しく慰めるべきか、笑い飛ばすべきか分からずに困惑する一同の中、ベリアルが率先して話を元に戻す。
ベリアルのナイスフォローに感謝をしつつ、俺は意を決し……口を開く。
「あ、ああ。今から、名前を言うよ」
合計16にも及ぶ、期待に縋るような瞳が俺を射抜く。
さっきは色んな理由を並べ立てていたみんなだけど、その本質は恐らく純粋に、俺と一緒にいたいという……一つの思いから来ているのだろう。
彼女達の綺麗に透き通りつつも、強い光で輝く瞳を見ているだけで、俺は自分がどれほど幸福な男であるのかを理解する事ができる。
まぁだからこそ、こうして時には辛い決断を強いられる事になるのだが。
「俺が今回、ヴァルゴル救出作戦に連れて行くのは――」
ハーレムの主として、彼女達の前で情けない姿をみせるわけにはいかない。
俺は強い輝きを放つ16の瞳の全てを順番に見つめ返し、静かに頷くと……躊躇いも、迷いも捨てて。ただ、淡々と。
「――、――、――の、3柱だよ」
選ばれた三つの名前を、そっと告げた。
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