76話　確かな絆

「いくらなんでも、今の戦力で支配者クラスに喧嘩を売るなんて正気の沙汰とは思えませんわ。ただでさえ、ユーディリアの防衛に戦力を割かなければならない現状ですのに」

「あややや、その通りですね。ユーディリアの西には同盟交渉が決裂したアリエータがいますし、カプリコルムが毒沼でなくなった事で……南方面からの侵略に備えなければなりません。この上さらに、東の国とも揉めるのは自殺行為です」

　Gちゃんとドレアの言う事は間違いなく正しい。

　総裁クラス以上の魔神5柱をいとも容易く倒してみせる支配者クラスを相手にするのなら、こちらも相応の覚悟を以て望まなければならない。

　しかしそれには、ユーディリアに所属するほとんど全ての魔神を引き連れる必要があり……そんな事をすれば、ユーディリアそのものの防衛が手薄になる。

「むふぅ。ラウムとビフロンスを加えたとしても、かなりキツイですね」

　ルカが名前を挙げた2柱、ラウムとビフロンス。

　先程までのアンマリー同様、ユーディリア防衛の為の警邏任務に出ている彼女達の階位は伯爵クラス。どちらも戦闘タイプではないらしいので、その戦力に過度な期待をするわけにもいかない。

「ぬぅ、歯がゆいな。吾がもっと強ければ……！！」

「かつて、バエルの呪縛によって闇に捕われていた私としては、是非ともムルムル達を助け出して差し上げたいのですけれど……」

「そりゃ、アタシだって助けてやりたいわよ。でも、その為にアタシ達が全滅するような危険を冒すわけにはいかないでしょ」

　フェニスの言うように、この場にいる全員がヴァルゴルの魔神達を救いたいと思っている。しかし、事情が事情なだけに迂闊な決断を下せない。

　だからこそ苦悩に満ちた表情で、救出に否定的な言葉を口にしているのだろう。

　かくいう俺だって、先程から黙り込んだまま、何も言えずにいる。

「……主殿は」

　そんな風に誰しもが、各々の意見を出し合う最中。

　途中からめっきり口数を減らし、静かに俺の顔を見つめていたアンマリーがようやく、その重たい口を開いた。

「主殿は、どのように……お考えですか？」

「へっ？」

「ご意見をお聞かせください。主殿はカイムの……いえ、ヴァルゴルからの救援要請に対し、どのようなお考えをお持ちなのでしょうか？」

　アンマリーが唐突に話を振った事で、あれほど騒がしかった食堂が静まり返る。

　この場にいる全員が一斉に視線をこちらへ向けて、固唾を飲んで俺の動向見守る理由は……恐らく、たった一つ。

「意見、か。そうだな、俺は……」

　俺がどのような決断を下そうとも、絶対に反対する事なく従う。

　俺を見守る彼女達の綺麗な瞳は間違いなく、そう語っている。

　だとすれば、ここで俺がウダウダ悩んだり、変に取り繕ったりしても仕方ない。

「いつもと変わらない。どれだけ危険な選択肢であろうと、女の子が苦しんでいるなら……持てる力の全てで、助け出すだけだ」

　これがワガママである事は自覚している。

　ただそれでも俺はやっぱり、自分の生き方を変えられないし、何よりも美少女に対する信念を曲げる事だけはしたくなかった。

「それは、明らかに勝算の無い戦いであっても……ですか？」

　そんな俺の主張を、アンマリーは責めるような鋭い視線で射抜いてくる。

　ああ、そうだよな。こんな無茶な事ばっかり言っているから、俺は未だに彼女から認めて貰えないんだろう。それは重々承知しているのだが……

「やってみなきゃ分からない事だってあるさ。そりゃ、無謀な事はなるべく避けるべきだろうけど……だからって、最初から諦めるなんて俺は嫌だ」

　俺の言葉は根拠なんて何も無い、綺麗事なのかもしれない。

　でも、綺麗事だっていいじゃないか。

「そういうわけで、みんなで考えてみようぜ。折角、俺の周りにはこれだけの頼りになる女の子達がいるんだからさ」

　今の俺の傍には、その綺麗事を実現させてくれる仲間がいる。

　彼女達と一緒なら、どんな困難だって……いつかきっと、叶えられる筈だ。

「……っ！　あ、主殿はまたそうやって……」

「むふー！！　そうですよミコト様！！　この私にお任せくださいっ！！」

　俺の答えに対し、アンマリーは顔を赤くして何か言いたげに口をもごもごさせていたが……そんな彼女が言葉を言い切る前に、ルカの叫びが割って入る。

　そして、ルカの叫びを皮切りに……他の少女達も。

「アンタが決めたなら、仕方ないわね。正直、面倒だけど」

「あぁぁぁぁん！！　ダーリン格好よすぎますぅ！！　この私の全身全霊を以て、お役に立ってみせますからねぇっ！！」

「あやーややや。手前めは臆病な性格だと思っていましたが、ミコト氏のお陰でワクワクして参りましたよ。やはりドMたるもの、ノーリスクノーリターンよりも、ハイリスクハイリターンを選ぶべきでしょう！」

「ぬぅんっ！！　それでこそ吾が認めし勇士だ！！　もし必要ならば、吾が鍛えたユーディリアの兵も存分に使ってくれ！！」

「うぇひひひひぃ……このワタクシが力を貸すからには、報酬は金髪エルフですわよ？　そこのところ、忘れないでくださいまし！」

「くすくすっ、アナタ様はやはり、私の思った通りの素敵な方ですね」

　ついさっきまでは、ヴァルゴルへの救援に対して否定的だった筈の子も、俺の回答に嫌がる素振りはおろか……むしろ、ホッとした様子で笑みを浮かべている。

　俺にはその事が、とても嬉しくて仕方ない。

「うぅわぁー……ボクちゃんから頼んでおいてアレだけど、おかしいかも。いつの間にみんな、こんなに仲間思いのフレンドリー的な思考に？」

　床の上でダラダラと体を揺らしながら、俺達のやり取りを見守っていたカイムは、魔神少女達の昔とは異なる雰囲気に戸惑っているようだった。

「フフフ、驚くのも無理はない。ソロモンの時代では、儂ら魔神同士の間にそこまでの深い仲間意識も……絆も、一部を除けば存在しなかったからのぅ」

　そんなカイムに向けて、俺の頭の上からベリアルが語りかける。

　なぜか俺の髪を引っ張りながら、とても楽しそうに、あるいは嬉しそうに――

「お前もすぐに思い知るじゃろう。この色欲にまみれた大馬鹿者が、あの偉大なソロモン王をも超える……規格外の大物じゃという言う事を」

　背中がむず痒くなるような称賛の言葉を呟くのであった。