74話 ぽっちゃり魔神のカイムちゃん
最初に言っておくが、俺は別におデブちゃんやぽっちゃりは嫌いじゃあない。
あのむっちりとした感じのお肉の感触を堪能したいと思うし、そもそも生まれ持った体質などで太ってしまう子もいるのだから……そこで美少女であるか否かを判断するのは愚の骨頂。
悪い部分に目を向けるのではなく、女の子の良い部分をどれだけ見つける事こそが、良い男の条件だと俺は思っている。
「ふひぃ、ふひぃ……あっぢぃ、だりぃ……動きたくないかもー」
だが、だがっ、だがっ! だがぁっ!!
俺の目の前でぐーたらと寝そべり、ポリポリとお尻を掻いているこの少女に限っては、そう甘い事は言っていられねぇっ!!
「オイオイオイ!! 色んな意味で非常に勿体無いこの子は誰だ!?」
生まれ持った美貌は間違いなく、この場にいる全員と比べても遜色のないモノな筈なのに……恐らくは普段の堕落的な生活が、彼女の持つ美貌を削ぎ落としてしまっている。
これには流石に美少女全面肯定派の俺でも、苦言を呈したくなるのも当然だ!
何も、自分を高める事に励めとまでは言わないさ。ただ普通に生活さえしていれば、ここまで自分の美貌を台無しにする事は無いだろうに!!
「そう騒ぐな、ミコトよ。慌てずとも、ちゃんと紹介はしてやる」
「…………頼む」
折角の美が持ち主の怠惰によって損なわれているという、直視し難い現実に歯噛みしつつも……俺はグッと憤りを押さえ込む。
そうだ、落ち着け。どんな事情があろうとも、今の彼女と俺に面識は無いのだから、ここで俺がキレるのはお門違いというものだろう。
「むふー! お久しぶりでーす!! ぶっちゃけ太りました?」
「髪も手入れしてないっぽいわね。ものぐさなアイツらしいっちゃ、らしいけど」
「ひぇっ……アレが同じ女だなんて思いたくありませぇん!!」
「あやぁ。食っちゃ寝生活のツケが遂にやってきた感じでしょうかね。大抵の事では体型の変わらない魔神が……あんな風になってしまうなんて前代未聞ですよ」
「ぬがぁぁぁぁぁっ!! なんだその弛みきった体は!! おのれよくも、そのような醜い体を吾の前に晒せたものだな!!」
「ノーコメントでお願いしますわ。醜いモノは視界に入れたくありませんの」
「まぁ! アナタもバエルによって、そんな姿に変えられてしまったの!?」
きっと千年ぶりに再会した筈の仲間達から、ほぼほぼ否定的な言葉を容赦なく浴びせられるぽっちゃり系美少女。
俺がその立場なら心を折ってしまいそうなものだが、意外にも少女は微塵も堪えていないような表情で、ふわぁっと大きな欠伸を一つ。
「むにぃ。ねっむぅ……あー、これはもう寝ちゃうかもー」
そしてそのまま、ぐでーんっと。
冷たい床の上に寝そべったまま、彼女はピクリとも動かなくなってしまった。
「……チッ。状況が状況でなければ、すぐにでも切り伏せたいところだが」
そんな彼女の態度にビキビキと青筋を立てながら、アンマリーはシェルマニチスを鞘に納める。
真面目で厳格なアンマリーとこの子は、相当相性が悪いに違いない。
「主殿、紹介が遅れて申し訳ございません。この者は残念ながらソロモン72柱の魔神の1柱で……階位は総裁。序列第53位の魔神、カイムです」
「え? この子、総裁クラスなの?」
アンマリーの紹介によって明かされたぽっちゃり系美少女……カイムの魔神としての階位に、俺は驚きを隠せなかった。
ソロモン72柱の魔神は、下から騎士、伯爵、侯爵、総裁、公爵、支配者と、その実力に応じて階位が分けられているのだ。
最下位である騎士クラスでも人間を遥かに超えた力を持つというのに、俺の前でやる気なくグダグダしているあの子が……中位魔神である総裁クラスだなんて。
「うむ、そうじゃ。少なくとも千年前はもっとマシな姿をしておったがのぅ」
「……うーん、ますます惜しい子だ」
「ぐかぁー……ぐぎぎ……ごぉー、むにゃむにゃ、すぴぴー、かもぉ」
「それで? どうしてこの子を鎖で捕まえて、ここまで連れてくる事に?」
いつの間にか、いびきをかいて寝てしまったカイムの姿を悲しみの視線を見つめながら……俺はアンマリーに、説明の続きを催促する。
とりあえず今は彼女の変わりようを嘆くより、現状の把握に努めなければ。
「はい。実は本日、私の警邏の担当がユーディリアの東部――つまりはヴァルゴル大森林の近くだったのですが、そこで彼女と遭遇致しまして」
ヴァルゴル。ついさっき、みんなから話を聞いたばかりの場所だ。実にタイミングが良いというか、何か運命の作為的なモノを感じてしまう展開だなぁ。
「息を切らしながら森の中から飛び出してきた彼女は、私の姿を見つけるなり、必死の形相で……私に救いを求めてきました」
「……救いを?」
「ええ。その件に関して主殿のご指示を仰ごうと、私はこうして城へ戻る事を決めました。そこで一応、カイムにも同行するように告げたのですが……」
ここまで説明されれば、もはや言わずもがな。
アンマリーの視線が向かう先。床の上で気持ちよさそうに寝ているカイムの姿を見れば、その解答は自ずと分かる。
「……そんな風になっちゃったわけだ」
「左様でございます」
だからああして、鎖で捕えて強制連行する必要があったわけだ。
アンマリーも色々と苦労するなぁ。
「して、アンドロマリウスよ。そこの怠け者がお前に救いを求めたというのはどういう意味じゃ?」
「はい、ベリアル殿。実はこのカイム――」
「もういいよー。そこから先は、ボクちゃんが話すべきかも」
ベリアルの問いにアンマリーが答えようとした矢先。
先程まで寝ていた筈のカイムが急に目を覚まし、会話に口を挟んできた。
その口調は間延びこそしているが、ちゃんと意識はハッキリしているようだ。
「ねぇねぇ、そこにいるソロモンっちのそっくりさんが、新たに生まれ変わったソロモンっちだったりするのかもー?」
「おう。名前は根来尊って言うんだ。気軽に尊って呼んでくれ」
「ふーん。じゃあ、これからはそう呼ばせて貰うかもー」
カイムは起き上がり、品定めするように隈無く俺の顔を見つめてくる。
少し弛んでしまっているとはいえ、とてつもない美少女の面影を残す彼女に見つめられるのは、なんだかドキドキするな。
「えっとね、ミコトっち! もしもアンタが本当にソロモンちゃんの生まれ変わり的な奴で、ボクちゃん達をもう一度全員集めよう的な事を考えているならさ!」
カイムはきっと、アンマリーの時にもそうしたのだろう。
両手を顔の前に合わせながら、俺のすぐ傍にまでドタバタと駆け寄ってくると、その額に流れる汗を迸らせて……
「ボクちゃん達の為に! 今からヴァルゴルへ向かって、レオアードの侵攻軍を全員ぶっ殺して欲しいかもー!!」
続く言葉を、そう締めくくった。
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