71話 エッッッッッ!!
ムシャムシャムシャ。
もぐもぐもぐ。
「……このおにぎり、美味しいな」
「はい、そうですね。ミコト様!!」
俺がフェニスの特製スープを口にして、情けなくも吐き出してしまってから十数分後。
あれ以上の摂取は危険だと判断したベリアルの一声により、結局は新たに用意したおにぎりをみんなで食す事となった。
俺がスープを口にする事を止めなかった負い目からか、食堂内には一時重苦しい空気が流れていたが……こうして全員で食事を再開している内に、少しずつ明るさを取り戻している。
ただ、そんな中で唯一……
「……っく、ぐす……何よぉ。アタシだって、頑張ったんだからぁ」
未だに泣きじゃくっている、フェニスを除けば。
「分かってるって。俺の方こそ、お前の厚意を無駄にしてごめんな」
「……っ」
彼女の象徴とも言うべき炎の翼を消して、今は俺の膝の上にちょこんと座っているフェニス。
普段の強気な態度もどこへ行ったのか。
すっかり落ち込んでしまった彼女を、俺は必死に励まそうとしていた。
「ばか……ばかばか、ばか」
「……本当にごめん」
「なんでアンタが謝んのよぉ……」
元々、外見年齢は中学生から高校生に上がるくらいのフェニスだ。
いつものツンツンとした言動が無くなると、途端に俺よりも歳下のように思えてくるのも当然である。もし俺に妹がいたら、こんな感じなのかなーって。
「むぅー、私だって抱っこして欲しいですよぉ」
「きゅ、きゅふ、ふふ……アレは子供をあやしているようなものですからぁ。本当にダーリンが抱っこして甘やかしたいのはこの私に決まってますぅ……」
しかしそんな風に俺がフェニスを可愛がる事は、他の女の子達にとっては面白くないらしく……直接何か文句を言ってくるわけではないが、不満の篭った視線はビシビシと感じる。
「あやぁ、羨ましい限りではありますが、致し方ありませんね。ミコト氏が料理を吐き出した直後など、幼子のように泣き喚いていて大変でしたから」
「やだぁ、死なないでよぉミコトぉ……死んじゃやだぁ。アタシを憑依しなさいよぉ、絶対死なせないんだからぁ……でしたか。とっても可愛かったですよ」
「……ア、アスタロト! アタシはそんな事言ってないわよ!!」
迫真の物真似をアスタに披露され、ボッと真っ赤になるフェニス。
俺が意識を失い、またしてもあの世に行きかけていた僅かな間に、そんな事を言っていたのか。フェニス、お前はなんて可愛い奴なんだ。
「うぇひひひひっ! あの姿! 思わず黄金の像にして永久に残しておきたいくらいでしたわ!!」
「フェニックス、あの程度で取り乱すとは……まだまだ修行が足りぬぞ!」
「くぅっ……!」
「こらこら、もうやめろって。終わった事を蒸し返す必要は無いだろ?」
これ以上はフェニスの心に深刻なダメージが残りそうなので、俺はこの話を無理矢理シャットアウトする。
フェニスの泣き顔はとても可愛いけど、彼女に一番似合うのは、普段の自信に満ち溢れた勝気な態度だからな。
「それより、このおにぎりについて気になった事があるんだけど」
話を逸らす為、俺は手に持った食べかけのおにぎりへと話題を変える。
日本風の三角形のおにぎりとは違い、コロコロと拳大で丸められた形ではあるが、その味は紛れもなく……よく慣れ親しんだ、あの塩味。
「どうやって味付けしたんだ? 近くに海は無いし、塩は採れないだろ?」
アスタの持つ【豊穣を司る能力】によってユーディリアは稲作の発展に成功し、白米を基本食とするようになった。
だが、アスタの能力で生み出せるのはあくまでも野菜や穀物の類に限る。
こんな味付けをする調味料は用意できない筈なのに――
「あややや。これは岩塩というものですよ。幸い、この近くに岩塩が採れる箇所がありまして! つい先日、警邏の途中に採集して帰りました!!」
「ああ、岩塩だったのか。通りで、海の塩とは少し風味が違うと思ったよ」
前の世界での生活では、岩塩を口にする機会なんて無かったけど、意外とイケるもんだな。
これまでユーディリアの食事情は、素材の味をそのままダイレクトに味わう事しか出来なかったから……この岩塩の発見は、かなり大きいと思う。
「ぬぅ……海の塩は久しく味わっておらぬな」
「そうは言いましても、ユーディリアは内陸地ですから仕方ありませんわ」
「川があるだけマシだもんな。一応、川魚を食べられるし」
幸いにもユーディリア郊外には川がある。
城下町周辺の田畑への用水路も、その川の水を利用しているのだ。
刺身にこそできないが(どうせ醤油も無いので)岩塩のお陰でこれからは美味しく焼き魚を食べる事が可能となるだろう。
「でも、鶏の唐揚げとか、トンカツとか、そういった類のモノは……どう考えても無理そうだ」
「むふ? からあげ? とんかつ? それはどんな食べ物なんですか?」
「鶏とか豚の肉を小麦粉とか色んな粉をまぶして、その後に油で揚げた食べ物の事だよ。前の世界にいた頃、俺の好物だったんだ」
「ほぇー。ミコト様の好物という事は、きっとすっごく美味しいんでしょうね!」
「ダーリンの大好きな食べ物ならぁ、私も大好きに決まってますぅ」
俺の口から聞いた未知の食べ物に興味津々なのか、ルカを始めとした魔神少女達は全員瞳を閉じて……その頭の中でそれぞれ、料理を思い浮かべているようだ。
「うーん。油だけでしたら、私の力で生み出した植物から採る事が可能なんですけれど……鶏や豚となると、難しいですね」
「あややややや! そもそも食用の肉を飼育する畜産体系がユーディリアには整っていませんからね。基本的に、警邏の途中で調達するのが主なので」
ドレアの言うように、現在ユーディリアで食べる肉は全て、魔神少女達が狩りで仕留めてきた獲物に他ならない。
その大半が爬虫類で、たまに鳥を捕まえてくる事もあるが、それらを仮に食さずに生かしておいたとしても……繁殖、養殖する事は難しいだろう。
鶏、豚、牛などは人間に飼いやすいように長い年月を掛けて品種を改良してきたものであって、そうそう野生に転がってはいないからな。
「……むぐぅ! ミコト様、申し訳ありません!! 私達が無能なばっかりに、ミコト様の好物をご用意する事ができず!!」
「いやいや、無能なもんか。お前達のお陰で、ユーディリアの食事はかなり改善されたんだぞ。すぐにこれ以上を望むなんて、バチが当たっちまうよ」
俺がこの世界を訪れた当初、虫や木を国民が食していた頃と比べれば、今の食事レベルは見違える程だ。
畜産によって得られるレベルには及ぶべくもないが、まだこの世界に来て一週間程度。焦らず、少しずつ生活水準を上げていければ問題ないだろう。
「それに、今のユーディリア国民に畜産の知識があるとは思えないし。俺もそこに関してはさっぱりだから、誰か詳しい人材が必要に――」
千年間、俺の帰還を待ち続けたユーディリアの民は、戦火によって田畑を耕す事もできずにひもじい思いをして過ごしてきた。
そんな彼らに、畜産のノウハウが継承されているとは考えにくい。
だから無理だと、俺が話を締めくくろうとした……その時。
「……いるわよ。そういうのが得意な人材」
俺の膝の上に腰掛けたままのフェニスが、ボソリと呟きを漏らす。
いつの間にかメンタルを持ち直したようで、俺の腹に体重を預けながらふんぞり返る彼女の表情は、普段通りの不敵さを漂わせていた。
「おお、フェニス。いい心当たりがいるのか? もしかして、そういう能力を持っている魔神がいるとか!?」
「別に、特定の誰かを言っていないわ。そうじゃなくて、このセフィロートには畜産や酪農が得意な種族がいるってだけよ」
畜産や酪農を得意としている種族?
あっ、そっか。ユーディリアの国民は人間だけだから思い当たらなかったけど、ここは異世界なんだから……異人種が暮らしていてもおかしくはない。
だとしたら、それは一体どんな――
「ふむ、フェニックスよ。それはもしかすると、エルフの事を言っておるのか?」
「エッ! エッッッ!? エェェェェルゥゥゥゥフゥゥゥゥッ!?」
エルフ。頭上から聞こえてきた言葉の尋常ではない破壊力に、俺は思わず素っ頓狂な叫びを上げてしまう。
いや、予想していなかったわけではないんだ。
それでもやはり、驚愕と興奮を隠し通す事はできない。
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