70話 楽しいお食事タイム
ソロモン王を失ってから千年の月日が経ち、衰退の一途を辿ったユーディリア。
人々は戦火の中で農業を営む事も叶わず、草木や虫などを食しながら、貧しい日々を過ごし……生き抜いてきた。
だが、そんな苦難の日々も、ソロモンの生まれ変わりである俺の登場で一変する事となる。
豊穣を司る能力を持つ魔神アスタの力によって、ユーディリア近郊には多くの田畑が作られ、その他の魔神達の協力も手伝い、実り豊かな国へと一歩近付く。
だからもう、この国に暮らす民の食料事情は改善し、誰もが美味しく、楽しく、食事を行えるようになった……筈なのに。
「お、おぉ……これはまた、凄まじいな」
ゴポゴポゴポ、ボチャンッ。
まるで、煮えたぎる溶岩のような泡立ちの音を立てて、俺の座するテーブルの上に置かれた皿。液状である事から察するに、これはきっとスープの類なのだろう。
しかしスープとは言っても、墨汁のようにドス黒い色合いに加え、鼻をもいでしまいたくなるような刺激臭を放っている。
もしもこれが赤の他人が作って出した料理であるのなら、遠慮なく放り投げ、あらん限りの罵倒をぶちまけていたのかもしれないが……
「ふ、ふんっ! 別に、アンタの為に作ったわけじゃないんだから! ただ、たまには料理くらいしてみてもいいかなーって、気まぐれを起こしただけよ!」
「そっかー。これはフェニスが作ってくれたのかー」
この料理を作ったのが、俺が契約を交わしている魔神少女の1柱にして、ハーレムを築く一員であるフェニスだというのなら……話は大きく変わってくるのだ。
「フェニス。この料理は、えっと……どういうコンセプトでお作りに?」
「最近、アンタも使えないクズなりに頑張っているみたいだし? 少しは精力が付くように……色々と、体に良さそうな物を混ぜてみたわ」
一応、何かの間違いか、嫌がらせある可能性を考慮し、俺は卓上の皿を指差し、フェニスのその真意を訊ねてみる。
だが、炎の翼をはためかせ、可愛いドヤ顔を見せるノーブラTシャツの美少女から返って来た反応は……およそそういった類のものではなかった。
「あ、ありがとう……フェニス」
額に脂汗を浮かべながら、覚悟を決める為にゴクリと生唾を飲み込む。
見た目だけなら、明らかに地雷と分かる手料理。
しかしこれは、愛しいフェニスが俺の為に作ってくれた手料理だ。
俺の中に、これを食べないという選択肢は……無い。
「むふぅー!! とっても美味しそうです!!」
「うぐぐぐぎぎぎぎぃ……あのフェニックスさんにしては凄く頑張っていましたからねぇ。今回ばかりは認めてあげなくもありませぇん!!」
ちなみに、俺と共にこの食堂にやってきたルカは、よだれを口の端に流しながら大興奮。その隣に座るハルるんに至ってはドレスの袖を咥えて悔しがっている。
加えて更に、その奥の連なる面子はと言うと……
「あやややや!! これはもしかして、新たなプレイなのでしょうか!? でなければこのように酷い手料理を愛しい方に差し出せるわけがありませんからね! しかしミコト氏も人が悪いです。アナタ様は手前めのご主人様なのですから、いくら他の女性が相手とはいえ、M側に回る事などあっては――」
見当違いの持論をやかましく述べているドMのドレア。
「ぬぅんっ!! やるではないかフェニックス!! 滋養強壮の効果があるイモリだけではなく、数多の昆虫、キノコ、鉱石に至るまで……それら全てを高温で溶かし込み、スープにするとはな!! 吾も堪能したいぞ!!」
あまり耳にしたくなかった情報を、熱く語ってくれたキミィ。
「黒いスープなんて論外でっすっわっ!! やるからにはゴールド!! 黄金色のスープを用意すべきでしてよ!! うぇーっひっひっひっひっ!!」
説明不要。黄金厨のGちゃん。
その全員が漏れなく可愛くて良い子ではあるのだが、こういう事に限っては、非常に感性がズレているというか……個性が強すぎるというか。
とにかく、空気が読めないのである。
「……あの、皆さん? ちょっとよろしいでしょうか?」
「っ!?」
しかし、そんな混沌に包まれる食堂の中で、彼女だけは違っていた。
「いくらなんでも、これは酷いと思います。正直言って、アナタ様が可哀想過ぎて見ていられません!」
「アスタ……!?」
美の女神を思わせる程に、気品の漂う美しさを持つ魔神――アスタ。
彼女はきっと、躊躇っている俺の姿を見かねたのだろう。
スッと右手を挙げたかと思うと、各々が好き勝手に騒ぐ魔神少女達に向かい、ハッキリと抗議の言葉を口にした。
そして、呆気に取られる全員をキッと睨み付けると、大声で続きを――
「どこからどう見ても、このスープの味付けは濃いと思います!! ご一緒に白米も出さないと、食が進まないのではないでしょうか!?」
「……ん?」
「私の力と皆さんの協力で、ユーディリアではお米が採れるようになったのですから!! 私!! ちゃんと毎食、アナタ様にお米を食して頂きたいのです!!」
そう言ってアスタは、お椀によそった山盛りの白飯をゴトッと卓の上に置いた。
ホカホカと湯気の上がる炊きたてと思わしきその白飯はとても美味しそうなんだけど……あの、色々と突っ込んでもいいかな?
「アタシのスープの味付けが濃いってのは、聞き捨てならないけど……そうね。スープだけじゃ力も出ないだろうし、許可するわ」
「むふふー!! お米を作るのは、私達もお手伝いしましたからね!!」
「それならぁ、スープのお皿にご飯を投入してみてはいかがでしょうかぁ? なんでもぉ、東洋にはカリーなる食べ物があるとぉ、聞いた事がありますしぃ」
「あややややや! それはとても良いアイデアですね! 千年前、ソロモン氏も時々そのような料理を召し上がられていたように記憶しております」
「米を食べれば活力が湧くからな。勇士よ、遠慮なく食すがいい!」
「うーん。どうせなら、お米も純金にした方が美味しいと思いますのに」
「…………」
もはやわざとやっているのではないかと言いたくなるような連携で、俺と契約を交わしている美少女達は俺を追い込んでいく。
でも、なんでだろう?
命の危険が迫りつつある状況だというのに、不思議とこのドタバタ感は嫌いじゃないというか、心地よいというか。
「……ふふふ。こうなってはもう、儂の言葉も届かんじゃろうな」
「おいおい、どうせ助ける気なんて無かったくせに」
「何を言うか。お前とて、助けられる気なんて無かったじゃろうに」
「まぁ、そうだけど」
意地悪なぬいぐるみの言い分に、俺は納得していた。
実際、俺はこのスープが劇薬であろうとも、飲み干すつもりだったわけで。
「いや、やっぱり違うよベリアル」
「ん? なぜ、そう思う?」
「だって、俺はもう……アイツらに助けられていたんだからさ」
気が付けば、スプーンを握る右手の震えは消えていた。
と言うより、早くこのスープを口にしたくてウズウズしているくらいだ。
「結局のとこ、俺にとっての最高のスパイスは……こういう光景なんだな」
一緒に食事を食べる美少女達がいてくれるのなら、俺はそれが毒であっても食べてみせる。いくら不味くても、美味しく感じ取る事ができる。
「ふふっ。かもしれんのぅ」
そう悟ったお陰か、俺は自分でも驚く程に自然な動きで……スープを掬う。
そしてそれを、躊躇う事なく口元まで運ぶ。口に含んだスープの一滴たりとて無駄にしないよう、口内の舌の上で味を感じ取って。
「うんっ! このスープは……間違いない!」
ずずっ……ごくんっ。
一口飲み込んだだけで分かる。
きっとフェニスは本当に俺の健康を想って、慣れない料理に挑んでくれたに違いない。
良薬は口に苦いと言うけれど、このスープはそれに負けないくらい、本当に苦くて、酸っぱくて、辛くて、舌が痺れて……意識が、遠のいて。
「このスープは間違いなく……ぶふぁっ!!」
とっても、まずかったです。
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