幕間の物語 アスタロト1【女神の救済?】
「よし、ほとぼりが冷めるまでは……ここに隠れていよう」
眩しい太陽が、ちょうど頭上辺りに浮かぶ……昼頃のユーディリア城。
ルカの爆弾発言によって、大規模な騒動が勃発している食堂からなんとか逃げ出した俺は、ユーディリア城の最上階にあるバルコニーに身を隠していた。
「アイツ等、本当に元気だな」
誤解を解こうとしても、相手は正常な思考能力を失っている状態だ。
現在も階下から聞こえる戦いの音を聞けば、俺が躊躇う事なく逃げ出した理由にも納得というものだろう。
「はぁ……情けないなぁ、本当に」
俺にもっとカリスマがあれば、彼女達の騒動を簡単に鎮められた筈だ。
それができないようだから、未だにアンマリー達も俺と契約を交わしてくれないのかもしれない。
「どうしたら、もっと格好よくなれるんだろうか」
思わずポツリと、自嘲めいた言葉が漏れる。
それは、誰に聞かせるつもりもない、ただの独り言だったのだが……
「まぁ、今のままでもアナタ様は十二分に格好いいと思いますけれど」
「……アスタ? お前、どうしてここに?」
背後から聞こえてきた声に振り返ってみると、そこにはアスタの姿があった。
風になびく美しい金髪を片手で押さえながら、優しい微笑を浮かべる彼女の表情に……俺は少しの間、目を奪われる。
「つい先程、警邏の交代の為に城に戻ったばかりなのですが……何やら皆さん、大騒ぎしていられたので。一人寂しく、お城を散歩していた次第です」
「そうだったのか。多分夕方くらいまでにはみんな落ち着くと思うんだけど」
「ええ、そうでしょうね。千年前もこのように、皆さん喧嘩ばかりしていられましたから。その時もこんな風に……かつてのアナタ様は、この場所に」
「前世の俺が? みんなの喧嘩を、止められなかったのか」
クスクスと笑うアスタの言葉に、俺は驚いた。
てっきり、前世の俺はカリスマに溢れていて、魔神少女達をしっかりとまとめあげていたものだと思っていたから。
「止められなかった、とは少し違うかもしれません。あの方は、私達の私生活の面にまでは口を出されなかっただけです」
「……なぁ、本当にそれは俺の前世なのかな? 正直、信じられねぇんだけど」
「顔も声も、そっくりではありますけど……確かに内面は、全然違いますね」
アスタはそう言いながら、二歩、三歩と俺との距離を詰めてくる。
そして、俺の顔を間近で覗き込みながら……またしても、クスクスと笑う。
「ですが私は、今のアナタ様の方がお好きですよ?」
「あ、ありがとう。でも……今の俺は、頼りなくないか? お前達にはやっぱり、前世の俺の方が良かったんじゃないか?」
アスタの顔が近い事にドキドキとしながら、俺はできるだけ平穏を装い……気になっていた事を訊ねてみる。
72柱の魔神達を束ねる契約者として、ユーディリアの国王として。
そして何より――ハーレムの主として。
俺は本当に、彼女達に相応しい男なのだろうか、と。
「さぁ、どうでしょう?」
「え?」
「だって、それを決めるのは私だけではありませんし……第一、今すぐにそれを決める必要も無いと思いますよ?」
ポンッと、アスタの右手が優しく……俺の右胸に触れる。
ローブ越しに伝わるアスタの温かい手の感触は、ただ触れているだけで落ち着くような感じがした。
「慌てる必要は無いですよ。アナタ様はアナタ様のペースで、私達を導いてくだされば……」
「アスタ……」
「それに、以前も私は言いましたよ? アナタ様の為に命を尽くし、生涯の伴侶となる事を誓うと」
俺の胸に触れていたアスタの右手は、次に……俺の左手を握る。
そうして、アスタはバルコニーの手すりに体を預けながら、俺の手を引く。
「ほら、アナタ様! こんなにも綺麗な景色を前に、暗い表情は似合いません!」
アスタに手を引かれた俺は、改めて……バルコニーからの景色へと意識を向ける。
「ああ、綺麗だな」
「ええ。とても、素敵ですね」
そこに広がっているのは、俺がこのセフィロートにやってきた当初の、荒廃としていた街並みではない。
しっかりと舗装された道、修繕された建物。
青々と広がる実り豊かな田畑に、絶えず水が流れている用水路。
そして何より、そこを行き交うユーディリアの人々の顔には、笑顔がある。
「そっか、そうだよな」
俺達は少しずつだけど、前に進めている。
その歩みが遅いか早いかなんて、今は重要じゃない。
大切なのは、歩みを止めない事なんだ。
「ありがとうな、アスタ。お陰でなんか、元気が出たよ」
「ふふっ、お気になさらず。私だって、アナタ様に元気を頂いているんですから」
「いやいや。何かお礼をしないと、俺の気が済まないよ」
アスタには大切な事を教えて貰った。
だから俺も、何かアスタに恩返しがしたい……そう思ったのだが。
「あ、それでしたら! 私、さっきからずっとアナタ様に教えて欲しい事があったんです!」
パチンと、顔の前で両手を叩いて合わせるアスタ。
なぜだろう。
いつもは天使か女神のように見える彼女の笑顔が、急激に小悪魔的というか、悪い笑みのように見えてきたのは……
「教えて欲しい事? ああ、俺に教えられる事なら、構わないけど……何を教えて欲しいんだ?」
「では、アナタ様。お耳を拝借致します」
「お、おう」
「ふふふ……」
そしてアスタは、俺の耳元にぐいっと顔を近付けると……
背筋がゾクゾクとするようなウィスパーボイスで、こう囁いた。
「ベリトのように、私にも赤ちゃんの作り方……教えてくださいね?」
「っ!?」
いつも笑っていて、どんな時でも優しいアスタだが。
もしかすると――
「ふふふ……まさか、嫌だとはおっしゃいませんよね?」
「お、お前もか……!」
実は意外と、嫉妬深い女の子なのかもしれない。
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次回更新から、いよいよ新章に突入し、新たなる魔神少女達との戦いが始まります!
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