幕間の物語 ハルファス1【混浴したくて 後編】
「あぁん、ダーリン……大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫だから、ちょっと湯船に肩まで浸かってくれ。じゃないとまた、鼻血が溢れ出てきそうだから」
お湯の中から全裸の美少女――ハルるんが飛び出してきてから数分後。
俺はようやく鼻血の止血に成功していた。
ここ最近、女の子の身体に触れる系に関してはそれなりに耐性が付いてきた俺だが、やはり全裸ともなると……鼻血を止める事はできない。
というより、ハルるんの体付きが反則過ぎるのだ。
「きゅふふふふっ……ダーリンが私の身体を見て、興奮してくださるなんてぇ。なんだか私までぇ、昂ぶっちゃいますぅ」
俺の指示に従い、ちゃんと肩まで湯船に浸かってくれたハルるん。
これで大分楽にはなったものの、裸の女性と同じ風呂に入浴しているという事実だけで俺の息子はリミットブレイクしてしまいそうである。
「流石の行動力だな、ハルるん。人生初の美少女との添い寝だけじゃなく、混浴までお前に奪われる事になるなんて」
「当然ですぅ。今回の最初の契約はフルカスさんに取られちゃいましたけどぉ、その他の初めては私が頂くつもりなんですからぁ」
同じ湯船の中、お互いに向き合って会話を重ねる。
巨乳は水に浮くと噂で聞いた事があったが、それは本当の事のようで。
ハルるんはにこやかに話しながら、浮き上がろうとしてくる胸を両手で押さえ込んでいた。
うーん、これはなんとも。いやはや、破壊力抜群だ。
「初めての抱擁、初めてのキス、そして初めてのぉ……きゅふふふふっ!!」
「初めて、ね」
うっとりとした顔で、今後の目標を掲げている姿は可愛らしいけど……残念ながら、初めての抱擁はバエル戦の時のフェニス(あれはフェニスに抱き抱えられていた状態だけど)だ。
そして初めてのキスは、まぁ……アイツなわけで。
ハルるんの望みの大半は叶えられない事になってしまうだろう。
「ふむ。まだまだ甘いのぅ、ハルファス」
「なっ!?」
「はっ!?」
と、ここで俺とベリアルの間を、赤いぬいぐるみがすいーっと横切っていく。
仰向けのまま湯船に浮かんでいる、そのぬいぐるみの正体は言わずもがな、ベリアル。
馬鹿な!? どうしてコイツまで、風呂に入っているんだ!?
「お前には行動力こそあるが、肝心な部分で攻めきれておらん。じゃからこうしていつも、先手を取られるわけじゃ」
「わ、私が先手を……!?」
「そうじゃ。そもそも儂は最初からずっと、ミコトと混浴しておったのじゃぞ」
え? マジで?
俺、全然お前の存在に気付いていなかったんですけど?
「愚か者め。湯の中に隠れておるから、大事なモノを見過ごすのじゃ。ミコトの立派なソロモンは、それはもうユーディリア王として遜色の無い逸品じゃった」
「がーんっ!! 身を隠す事ばかりに夢中でぇ、ダーリンのダーリンを見過ごしてしまいましたぁっ!!」
ちょっ、おま、ベリアル!?
コソコソ隠れていたのは、人の愚息を盗み見する為かよ!!
「ハルファスよ、覚えておけ。欲するのなら、誰よりも先に奪え。そうでなければ、いずれ横から掠め取られるだけじゃ」
「は、はぁい!! その言葉、しかと胸に刻み付けますぅ!!」
「フフフ、その意気じゃ。では儂はそろそろ上がるとするかのぅ。この身体で長湯すると、後々何かと不便なのでな」
「お、おい。言うだけ言って出て行くのかよ」
「うむ。それとお前達、あまり大声ではしゃぎすぎるなよ。一応フォローはしておくが……どうせ庇いきれん」
そんな意味深な言葉を残し、ベリアルは湯船から出て脱衣所の方へと歩いていく。
普段なら軽やかな足取りも、今はたっぷりとお湯を吸っているせいか、べちょべちょと重たそうな音を立てていた。
「ベリアルさぁん、私……負けませんからぁ」
そんなベリアルの後ろ姿を見つめ、何やら闘志を燃やしているハルるん。
なーんか色んな意味で、今後の展開が怖くなってきたんだけど。
「そこまで意気込まなくても、俺はいつだってお前達とのスキンシップは大歓迎だよ」
「それは嬉しいですけどぉ、やっぱり女の子は自分を一番に見て欲しいものなんですぅ。ダーリンが私を一番愛している事は理解していますけどぉ」
なるほど。史上最高のハーレムを謳う俺にとって、ハルるんの主張はいずれ乗り越えなければならない課題だと言える。
全員平等と言えば聞こえはいいが、それは裏を返せば……全員、同じ評価をしているという事だ。
それは彼女達にとって、かなり悔しい事なのかもしれない。
「……ごめん」
「いいえ謝らないでくださぁい。私達はそんなダーリンの事が好きなんですからぁ」
お湯の中で、俺の手をぎゅっと握ってくるハルるん。
その温もりはお湯の中ではよく伝わらないけど、その柔らかな感触と……重なった視線から、彼女が本気で俺に好意を寄せてくれている事は分かる。
「ありがとう、ハルるん。俺も、お前達の事が大好きだ」
「きゅ、きゅふーっ!? ダ、ダダダダダ、ダーリィンッ!? わ、わたっ、わたしっ、私の事を大好きぃっ!?」
「え? まぁ、勿論お前の事も大好きだし、他のみんなも同じように……」
「キマシター!! とうとうこの私がダーリンのハートを射止めたんですねぇ!」
ざっぱんざっぱんと、ハルるんは両手を振り回して大喜び。
少しニュアンスを勘違いしているみたいだけど、さて……どうしたものか。
「しょうがない、か」
ハルるんが湯船の中から出てきた、あの衝撃的な瞬間。
その時から俺は既に、こうなる事を薄々覚悟していた。
だからもう、俺もこの辺りで腹を括るとしよう。
「……下手すりゃ、明日の朝まで説教かなぁ」
「ダーリィン! 誓いの口付け、キッス、ヴェーゼを交わしましょうねぇ!」
思えば、アイツも俺と同じでこうなる事を分かっていた筈だ。
適当な事を言って先に出て行ったのは、前回みたいに巻き込まれないようにする為だろう。
「んちゅーっ……私の初めてのキスを、ダーリンに捧げますぅ」
両目を瞑り、キス顔のまま俺に近付いてくるハルるんは忘れてしまっている。
何の為にわざわざ、湯船の中に潜ってまで俺を待っていたのか。
なぜそんな事をする必要があったのか。
「……………………」
そして何より――あの扉を開き、憤怒の形相でこちらに歩み寄ってくる彼女の恐ろしさを。
「……もぅ、ダーリン! いつまで焦らすんですかぁ? そろそろダーリンの方からぁ、私の唇を奪ってくださ……」
中々口付けが交わされない事に焦れたのか、ようやく両目を開くハルるん。
だけどもう、今更気付いたとしても手遅れだ。
彼女の隣には既に、あの子が仁王立ちしているのだから。
「……少し前から、風呂場の中から話し声が聞こえるような気はしていた」
「……はい? えっ?」
恐ろしく冷たい声色。
それを聞いたハルるんは、さっきまでのニヤケた表情から一転し……分かりやすい程に青褪めた顔へと変わる。
「しかし少しして、ベリアル殿が出てこられた。だからきっと、主殿はベリアル殿と入浴していられたのだと思った。真の姿なら風紀違反だが、あのお姿なら問題無いと私は判断し……様子を見守る事にした」
「…………」
その圧倒的なプレッシャーを前に俺は何も言えず、ただ無言で両手を上げて降参のポーズを取っていた。
許してくれ、ハルるん。ここで俺が何を言おうとも、きっと彼女の怒りに油を注ぐだけの結果になるだけだ。だから今は、この選択がベストなのだと思う。
「は、はわっ……こ、この声は、まさか?」
「だが、貴様の存在は明確に風紀を乱す。ハルファス……覚悟はいいか?」
チャキッと、腰元に差した鞘に手を掛ける――アンマリー。
その表情にはもはや、怒りの色すら浮かんではいない。
「今後二度と不埒な真似を企まないように、貴様を矯正する。そして、その後は一切の治療を施されぬまま――」
無感情で、無機質で、ただ目的を遂行する機械のような表情。
「私が三日三晩に渡って行う主殿への説教を、すぐ傍で黙って見ていろ」
そんな、殺戮兵器と化したアンマリーを前にした俺とハルるんは――
「「ご、ごめんなさいぃ……!!」」
涙ながらに声を合わせて、謝罪の言葉を口にする事しかできなかった。
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