幕間の物語 フェニックス1【視線の理由 後編】
「ミコトよ、待たせたな。上手く話は付けてやったぞ」
それから少しして、フェニスは妙に晴れやかな表情で食堂の中へと戻ってきた。
しかも何やら、その手には白い布のような物を握っている。
あれ? あの布、どこかで見覚えがあるような……?
「結論から言えば、フェニックスはお前を恨んでいるわけではない。じゃから、お前がそんな風に顔を青くする必要は無いという事じゃ」
「そうなのか? それなら一安心だけど……だとしたらなんで、フェニスは俺を付け回していたんだ?」
「まぁ、それは……どうでもよい事じゃ。少なくとも、お前が気にするような事でないぞ」
ベリアルの言葉を聞いて、俺は額の汗を拭う。
もしフェニスに嫌われていたらどうしようと不安で、気が付けば全身汗だくだ。
このままじゃ気持ち悪いし、汗の匂いも気になる。
「ふーん? 少し気になるけど、大した事じゃないならいいか。それじゃあ俺は、これから風呂に入って汗を流してこようかな」
「むっ!? 待て、待つのじゃミコト! 風呂に入る前に、お前にはやって貰いたい事があるのじゃ!!」
「……やって貰いたい事?」
お風呂に向かおうと立ち上がった俺を、引き止めるベリアル。
彼女はそのまま俺の前にまで歩み寄ってくると、その腕に持っていた白い布をバッと広げて……俺に見せてきた。
「これは……あっ! 俺がフェニスにあげたTシャツだ!!」
以前、無理やりフェニスと契約を交わした際……ベリアルが彼女の服を破いてしまったからな。俺がノーブラTシャツ見たさ……ではなく、フェニスの為にプレゼンとしたのが、このTシャツだった。
「うむ、そうじゃ。実は頼みというのは……このシャツの事でな」
「このシャツが頼み? お前は何を言ってるんだ?」
「何も言わず、何も聞かず、お前は今からこの服を着るのじゃ。それから一時間程したら、これを脱いで儂に返せ。いいな?」
「え? でも、今の俺は汗臭いし……フェニスの服にそんな事をしたら、アイツが怒るんじゃないか?」
「いや、だからそれが奴の望み……ではなく、勝手にお前の後を追い回した奴への罰じゃ! いいからほれ、これを着るのじゃ!!」
「わ、分かったよ。だからそんなに叫ぶなって」
事情をまるで理解できないまま、俺はベリアルからTシャツを受けとる。
フェニスの魔神装具である炎の翼、フランマウィングのせいで背中に穴の空いたTシャツ。お前に袖を通すのも、随分と久しぶりだな。
「たくっ、なんなんだよ……」
俺は前世のソロモンが身に纏っていたという魔法のローブを脱いで、その代わりに白い無地のTシャツを着てみる。
すると、ふわっと……甘ったるい女の子特有の良い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
ああ、これは間違いなくフェニスの匂いだ。
俺が着ていた頃の、男臭いTシャツが……この数日で、この世の至宝とも呼ぶべき存在に昇華されていたとは。やはり美少女とは、偉大な存在だな。
「ほい、着てみたぞ」
「うむ。よし……では、そのままここで、儂と仲良く会話をしていろ」
「お風呂、入りたかったんだけど……仕方ないか」
ベリアルは一度言いだしたら、意見を変えるような奴じゃない。
色々と謎は残るが、言う通りにするとしよう。
コイツのお陰で、さっきまでこの部屋を覗き込んでいたフェニスも今は……
「ん? 待てよ、今ここにフェニスのTシャツがあるという事は――」
もしかして、フェニスの奴は今。
上半身に、何も着ていない状態なのでは……?
「いや、流石にそれは無いか。何かしら、上に羽織っているんだろうなぁ」
「何をブツブツ言っておる? いいからほれ、儂といちゃこらせんか」
「へいへい。それじゃあほら、俺の頭の上に乗せてやるよ」
結局のところ、フェニスが俺を付け回していた理由については、ベリアルにはぐらされてしまい……その後も、聞く事はできなかった。
だが、その日たまたま食堂の前の廊下を通りかかった某魔神の証言によると。
「あやー、あの日は驚きましたよー! なんと食堂の前で、上半身裸のフェニックス氏がうずくまっていたんですから!! それが気になって、その後も隠れて様子を見守っていたんですけどね。実に面白い事がありましたよ!!」
「面白い事?」
「はい! 実はその後、食堂から出てきたベリアル氏からミコト氏のお下がりのTシャツを返されまして。それからはもう、凄まじい形相でそのTシャツに袖を通し、その裾をこれでもかというくらいにガッと口に咥えて! そのままスーハーと……うわぁっちゃああああああああああああ!! あっちちちちちちぃっ!!」
「アンドレアルフスゥッ!! それ以上言ったらマジでぶっ殺すわよ!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!? フェ、フェニックス氏!? 一体いつからそこに……あっっちゃぁっ!! あちちちぃっ!! お助けくださぁーいっ!!」
「待ちなさい!! 今日こそは黒焦げにしてやるわ!!」
「……ああ、そっか。そういう事ね」
必死で逃げ回るドレアを、火球を放ちながら追い掛け回すフェニス。
そんな彼女達のやり取りを遠巻きに見つめながら、俺はようやく理解した。
「フェニスはやっぱり、素直じゃないなぁ」
俺がお下がりであげてから、ずっとフェニスが着ていたTシャツ。
それはもはや、数日の間に洗濯なども含め……完全に俺の匂いが消えて、フェニスの匂いしかしない状態になっていた。
だからアイツは、もう一度俺にTシャツを着せたかった。
そうすれば、あのTシャツは再び――
「むふぅー!! アンドレアルフス!! フェニックスを相手にするのなら、私も加勢しますよ!!」
「おお、フルカス氏!! なんともありがた……うぐはぁっ!! 」
「うぇひひひひひひっ!! 隙アリですわ!! アナタ達みんな、ワタクシが黄金漬けにしてさしあげましてよ!!」
「ぬぅっ!! 戦いの音がするな!! 吾も混ぜて貰うぞ!!」
「ああもう!! うざったい!! 全員焼き尽くしてやるんだから!!」
ますます騒がしくなっていく、魔神少女達の戯れ。
そんな中で楽しそうに、嬉しそうにはしゃぐフェニスの姿を見て、俺は思う。
「あのTシャツをもう一度着る日は、案外近そうだな」
彼女はきっと、俺との契約を後悔していない。
幸せを感じてくれている筈だ……ってね。
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