幕間の物語 フルカス1【決闘よりも膝枕】
「ミコト様!! 失礼致します!!」
「やぁ、フルカス。そんな険しい顔で……一体どうしたんだ?」
それは、俺達がカプリコルムからアスタを救出する事に成功してから……数日後の朝。
ユーディリア城の自室のベッドに腰を下ろしてのんびりとしていた俺の部屋を訊ねてきたのは、何やら思いつめたような表情をしたルカだった。
いつもはニコニコと、俺の前で明るい笑顔を見せてくれる彼女がこんな顔をするなんて……きっと、それ相応の事があったに違いない。
「はい。実はこれから私、決闘を申し込もうと思うんです!!」
「……うん?」
くわっと目を見開き、手に持った魔神装具の槍をグッと構えるルカ。
鎧の胸当てに包まれた豊満な胸を揺らしてくれたのは眼福なんだけど……今、なんておっしゃいました? 決闘?
「ほう? フルカスよ。契約を交わした身でありながら、主であるミコトに決闘を申し込むとは……良い度胸をしておるな?」
「むへぇぁっ!? 誤解ですよぉ!! 私が大好きなミコト様に歯向かうなんて、そんな事は天地がひっくり返ってもありえませんから!!」
俺の胸の中に抱かれていた赤いぬいぐるみ――ベリアルのひと睨みを受けたルカは慌てた様子でブンブンと首を横に振り、弁明の言葉を口にする。
「それを聞いて一安心だけど、一体誰に決闘を申し込むつもりなんだ?」
ルカの手にした槍の矛先が俺に向いていなかった事は嬉しいが、それはそれとして……彼女が誰と決闘をしようと考えているのかは重要な事だ。
あの癖多い魔神少女達の中で、ルカは一体誰に挑もうとしているのか。
「むふっ!! それは勿論、あのにっくきフェニックスにですよ!!」
「……フェニスかぁ」
最も可能性が高いのはフェニスだと思ってはいたけど、やっぱりそうか。
元々、俺がこのセフィロートに初めてやってきた時も、ルカとフェニスは戦いの真っ最中だったくらいだ。
今はどちらも俺と契約している身ではあるが、俺に対して愚直に好意を示すルカと、ツンデレタイプのフェニスは馬が合わない事も多い。
そういったズレが積み重なり、とうとうルカの我慢が限界を迎えたのだろうか。
「はい!! 決闘の理由はたった一つ……たった一つの単純な答えです。フェニックスは私を怒らせました!!」
「分かった分かった。話を聞いてあげるから、こっちへおいで」
ブンブンと槍を振り回しながら、フェニスへの不満を漏らすルカ。
俺はそんな彼女をベッドへと手招きし、俺の横に座るように促した。
「むふー……失礼します」
「それで? フェニスの奴は、一体何をしでかしたんだ?」
「えっと、それは……ですね。あの、その……」
ちょこんと、俺の横に腰を下ろすルカ。その際にクトゥアスタムをちゃんと消している辺り、少しは頭が冷えたのかもしれない。
「そんなに慌てなくても、落ち着いてからでいいよ」
「む、むふ……ありがとうございます」
頬をポッと染めて、俺との距離をジリジリと詰めてくるルカ。
そして、肩同士が触れ合ったタイミングで……ビクンッと大きく跳ねる。
「あひゃあ!? す、すみませんミコト様!! お体にお触りするつもりは無かったんですけど!! なんかこう、これだけ近付けたらもうイケるかもしれないって思っちゃいまして!!」
「……ベリアル。お前はちょっと、こっちな」
「ふぅ、仕方あるまい。やはり儂の特等席はこっちか」
俺は胸に抱いていたベリアルをいつものように頭の上に乗せると、空いた膝の上をポンポンと叩いてから……顔を真っ赤にして慌てふためくルカの肩を引く。
「ほら、ルカ。ここ、いいぞ」
「……むふ? ここって……まさか!?」
俺に肩を引かれたルカは、そのまま横に倒れる形でスッポリと、俺の膝の上に頭を乗せる形となる。
まぁ俗に言う、膝枕というやつだ。
「ミ、ミミミ、ミコト様っ!?」
「んー? 嫌だったか?」
「いえっ!! そんな事があろう筈がございませんっ!!」
「それは良かった」
俺は膝の上のルカの頭に手を伸ばし、そのふんわりとした髪の毛に手を触れる。
正直、童貞の俺がこんな風に女性に触れるのは怖い事なのだが、相手がルカだと勇気が出るというか……拒絶される事が無いって安心できるんだよな。
「むふぅ……ミコト様の手、なんだか優しい感じがします」
「そうか? 普通の手だと思うけど」
「そんな事ありませんよ。私達にとっては、世界で……ただ、一つの……」
「……ルカ?」
「ミコト様……もう、どこへも……」
張り詰めていた気を抜いたからか、瞼が重そうになっていくルカ。
最近、能力を使った用水路を頑張ってくれていたのもあって、睡魔が一気に襲ってきたのかもしれない。
「……むにゃ、すぴぃ」
「全く、呑気なものじゃな。あれだけの剣幕で、儂とお前の憩いを邪魔しおったくせに……」
「そう言うなよ、ベリアル。俺は可愛い女の子の寝顔が見られれば、幸せだし」
夢の世界へと旅立ったルカを起こさないように細心の注意を払いながら、俺は彼女の頭に生えた角を撫でる。
その度に、眠ってしまった筈のルカが嬉しそうに顔を綻ばせるので、俺も楽しくなって何度も同じ事を繰り返してしまう。
「ところで、こやつはフェニックスの何に激怒しておったのかのぅ?」
「さぁ? それはルカが起きてから訊いてみるよ」
「むふふふぅ……ミコト様ぁ……」
結局。この後ルカは、日が沈むまで目を覚ます事はなく。
「むっふぁー!! ミコト様の膝枕はサイコーです!!」
起きた時には妙にスッキリとした顔をしていて、俺の部屋に凄まじい剣幕で入り込んできた事を覚えてすらいなかった。
ちなみに、後でフェニックスに心当たりを訊ねてみたところ――
「はぁ? フルカスに怒られる心当たりですって?」
「うん。何か酷い事とか、したんじゃないか?」
「そうねぇ。心当たりと言われても……」
「言われても?」
「あははははっ!! いっぱいありすぎて、どれか分からないわ!! だってアイツをからかうと面白いし!!」
「…………」
どうやら近いうちに、フェニスにはお灸を据える必要がありそうだ。
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