67話 最高の思い出
「うむうむ。じゃが、アンドロマリウスよ。確かにミコトは足りない部分こそ多い奴じゃが、やるべき事はしっかりやっておるじゃろ?」
「……そうですね。アスタロトの力に頼りきらず、農業整備を指揮している事や、ベリトの力を利用した城下町の整備……郊外への食料調達ローテーションの再編など、主殿なりに頑張っておられる事は承知しております」
千年前に世界を治めたソロモン王の手腕に比べれば、微々たる活躍ではあるものの、その奮闘ぶりは堅物のアンドロマリウスも高く評価していた。
「であれば、もう少しくらい愛想よくしてやれんか? お前も顔は悪くないんじゃから、ニコニコと微笑んでやれば……ミコトも喜ぶかもしれんぞ?」
「わっ、私が愛想よく……っ!? ですか!?」
「そうじゃ。あやつも常々嘆いておるぞ? アンドロマリウスの綺麗な顔に笑顔の花を咲かせられたら、どれほど嬉しいだろうか、とな」
「あ、主殿が!? そのような事を本当に……!?」
ゴクンッと大きく生唾を飲み込み、一瞬にして身体全体を朱に染めるアンドロマリウス。彼女の腕に抱かれているベリアルは、フルプレートの鎧越しにドクドクと心臓のリズムが速さを増している事を敏感に察知すると、悪そうにほくそ笑む。
「お前とて、理屈ではあーだこーだ言っておきながら、少しはミコトの奴に気があるのじゃろう? それならここいらで一発、アピールしておくのはどうじゃ?」
「何を馬鹿な!! そのような真似、できるわけがないでしょう!!」
「ほーう? 気があるという部分は否定しないのじゃな?」
「あぐっ!? そ、それは誤解です。私は断じて主殿の事を異性として意識してなどいません。そもそも、魔神の身でありながら――」
あーだこーだと言い繕うアンドロマリウスだが、所詮は全て強がりである。
彼女が以前、尊が時折見せる格好良い姿にドキドキとしていたギャップ萌えである事は、既にラウムがユーディリアに所属する全ての魔神に口を滑らせていた。
当然ベリアルもそれを理解した上で、彼女をからかっているわけだ。
「言い訳を重ねるのは構わんが、良いのか? もうそろそろ、ミコトがこの部屋に到着してもおかしくはない時間じゃというのに」
「……ハッ!?」
「ふんふーん、ふふーん。いつかは最高のハーレムをつーくーるーぞー!」
ベリアルの指摘で、我に返ったアンドロマリウスが耳をすませば……尊のちょっぴり残念な音程の歌声が聞こえてくる。
聞こえる声の大きさから判断して、その距離は残り百メートルもない。
残り数十秒足らずで彼は扉を開き、この部屋に入ってくる事だろう。
「主殿が、もうすぐここへ……いらっしゃる」
ドクン、ドクン、ドクン。
早鐘のように高まる鼓動。軽く開かれた口の中は、既にカラカラに乾いている。
そこまでの状況に追い込まれながらも、未だに葛藤を重ねるアンドロマリウス。
だが、そんな彼女にトドメを刺すかのように――ベリアルは囁く。
「ミコトの奴……喜ぶじゃろうなぁ」
「……っ!」
その一言が、全てを決したと言っても過言ではない。
あるいは、それが無くても彼女は選んでいたのかもしれない。
「うしっ! おーい、ベリアル! アンマリー! 入るぞー」
コンコンッと、扉を軽くノックする音。
部屋の中にいる2柱の魔神を呼ぶ、彼女達の主の声。
「立派なハーレムの主になる為にも、俺はがんば……」
続いてガチャリと音を立てて、開かれていく両開きの重々しい扉。
その扉が開き切り、中に入ってきた尊は――目撃する。
「よ、よく来てくださいましたぁっ! 主殿ぉっ!」
「……へ?」
顔を真っ赤にした堅物系の美少女が、ブリッ子のように両手の拳を顎の下に当てて体をよじり、中腰の体勢でプリンとお尻を突き出している姿を。
更に言えば、その表情にはあまりにも不慣れな為に、ぎこちなさを通り越して薄気味悪さすら感じさせる――ド下手くそな笑顔を貼り付けていた。
「んー……えっと? あー……なるほど」
チラリと視線を横に向け、爆笑しながら地面をダンダンと叩いているぬいぐるみを見つけた尊は、驚くべき思考速度で全てを理解した。
「…………っ」
「いやぁ、ビックリした。まさか、アンマリーがこんなにも可愛く笑ってくれるなんてさ。ギャップが激しすぎて、死んじゃいそうだよ」
恥ずかしさが限界を超え、ずっと硬直したままのアンドロマリウスを優しい瞳で見つめていた尊は……彼女の傍に歩み寄っていき、その頭の上に手を乗せる。
「……うっ、うわぁぁぁっ!! これは違うんです! 違うんですぅぅぅっ!!」
「え? ちょっ!? アンマリー!?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
照れが極限にまで達したせいか、アンドロマリウスは酷く狼狽えたまま尊の手を振り払うと……そのまま背後の窓枠を突き破り、城の外へ飛び出していった。
「……うーん。いきなり、頭を触ったのがいけなかったかな。それとも、アンマリーってあだ名を気に入っていないとか?」
「くっ、くく……フフフ。あるいは、そうかもしれんのぅ」
疑問で首を傾げる尊の足元まで歩いてきたベリアルは、そのままよじよじと尊が纏うローブの裾を伝いながら登っていく。
そうして最終的にはいつもの特等席……尊の頭の上にしがみつくと、とても居心地が良さそうに、その目を細めた。
「ベリアル、お前も良い性格してんなぁ」
「当たり前じゃろう。儂だって、魔神なのじゃからな」
グイグイと強く髪の毛を引っ張られ、尊は懐かしい痛みと共に思い出す。
あの日、ベリアルが一時的に元の体に戻ってからというもの、その姿を意識するあまり……彼女をこうして、頭の上に乗せる機会が減ってしまっている事を。
恐らく、ベリアルはその事が寂しくて、こんな回りくどい真似を――
「……ああ。お前はソロモンの魔神で、俺をこの世界に連れてきた張本人で。そして何よりも、俺のハーレムに欠かせない存在なんだ」
「むっ、むぅ? いきなり、何を言い……」
「改めて、礼を言わせてくれ。お前のお陰で俺は、新しい人生を踏み出せた」
「……ミコト」
「元の姿を知った後に言うと、なんだか顔や身体目当てみたいに聞こえるかもしれねぇから……言いそびれていたんだけどさ。やっぱ、早めに言っておくよ」
頭上のベリアルを両手で持ち上げると、ミコトは自分の顔の前に持ってくる。
元々赤いぬいぐるみの姿をしているベリアルだが、ミコトと目線を合わせて見つめ合うこの状況も手伝ってか……その赤みはいつもよりも一段と増していた。
「ベリアル。俺はお前の事が好きだ。だからこれからも、俺の女でいてくれ」
真剣な眼差し、真剣な声色で、愛の言葉を口にするミコト。恋愛経験が浅い彼なりの、精一杯の告白を受けて……ベリアルは、その身に淡い光を纏う事で応える。
「……前にも言ったじゃろうが。儂はこの先、お前の傍を離れるつもりは無いと」
「えっ? ベリアル、お前……?」
悪い魔女に掛けられた魔法が解けたお姫様のように、赤いぬいぐるみの体は眩い光を放ち――段々と、その等身を伸ばしていく。
「儂はお前のモノじゃ。そしてお前も……儂のモノじゃ」
尊の身長を追い抜かし、地面に足を付けたベリアル。彼女はそのまま尊の体を強く抱き寄せると……その顔に、自分の顔をグッと近付ける。
「ベリアル……? わ、わっ!?」
「んっ……ちゅ……んふっ、フフフ……」
「むっ……むぅ……ぷはっ!?」
柔らかな唇が触れ合った時間は、数秒にも満たない僅かな時間ではあったが。
それでも尊にとっては、一生の中で最も濃密で、甘美で、幸せなひと時で。
「くっ……本当にズルい女だな、お前は」
「フフフ、悪いのぅ。これだけは、どうしても儂が奪っておきたくてな」
離した唇をチロリと舐めずり、妖艶な笑みを浮かべる彼女の美しい姿は――
「さて、他の初めては……いつ、奪うとするかのぅ?」
まず間違いなく。
永遠に忘れる事の無い、最高の思い出として刻まれる事だろう。
いつもご覧頂き、ありがとうございます。今回で一応、第一部が終了となります。
もしもお手数でなければ、第一部に対するポイント評価や、ここまでお読み頂いたご感想などよろしくお願いします!
今後もお読み頂いている方の為に頑張って参りますので、これからもご支援頂けたら幸いです。




