65話 外れ枠とは言わせない
「そりゃまぁ、一癖も二癖もあるけどさー。それくらい余裕で許容範囲だぞ」
大きな力を持つ公爵クラスの魔神でありながら、その奇抜な言動と……ある生物に類似した姿のせいで好感を持たれにくい、その美少女の事を尊は嫌っていない。
むしろ、そういった個性もまた萌えると、好意的に感じている程であった。
「えっと、この辺で作業している筈だけど……」
その少女の姿を捜して、周囲を見渡す尊。
そこに広がるのは、ほんの数日前までは、朽ち果てた建物と荒れた地面で廃墟群のようになっていたユーディリア城下の町並みだ。
しかしそんな城下町も、今はまるで時が遡ったかのように綺麗な建物がズラリと並び、地面も石畳によってしっかりと舗装されている。
地球で言うところのヨーロッパの町並みを思わせる景観であるが、これを作り上げたのは当然……尊が現在進行形で捜している少女だ。
「うぇひっ、うぇひうぇひうぇひ……ああっ、なんて美しいんですのぉ……」
「おっ? いたいた。こんな所にいたのかよ」
奇妙な笑い声を発しながら、カサカサと音を立てて尊の眼前を横切る黒い影。
二本の長い触角のような髪の毛を揺らし、大きく両手両足を開いた四足歩行での動きは、尊もかつて台所で目にした事のある動きだ。
世界中の大多数の人間達から忌み嫌われる黒い悪魔、通称G。
その姿にとても類似した姿を持つ、ソロモン72柱の魔神の1柱。
「おーい、Gちゃん! 何やってんだー?」
「うぇひうぇひうぇひ……あら?」
道の脇に這い蹲り、何やら地面に頬ずりを行っている美少女――ソロモンの魔神ベリトは、尊に呼ばれた事に気が付き、その顔を上げる。
「また仕事をサボって、金を愛でていたのか」
「ええ、そうですわ! 後でミコトにも見せて差し上げようと思っていましたのよ! ほら、とっても美しいでしょう!?」
黒を基調としたゴシックドレスを翻し、ガバッと立ち上がったベリトが指差しているのは、ピカピカに輝く黄金の石畳であった。
尊が歩いてきて、現在足を乗せている所までは至って普通の石畳なのだが、ちょうどベリトが立っている辺りから道路の材質が黄金となっているのだ。
「確かに美しい光景だけど……この後、元に戻す事を忘れるなよ?」
見る人が見れば、その圧巻の光景を前に卒倒してしまいそうなものだが、既に慣れている尊が動じる事は無い。そもそも、この黄金の景色を生み出す発端となったのは……尊のある閃きによるものであった。
「……ええ。断腸の思いですけれど、分かっていますわ」
尊の閃きとは、あらゆる物質を黄金に変えて自在に操るベリトの能力を利用して、荒れ果てていたユーディリア城下の町並みを再興する事であった。
その手順は至って単純で、壊れている建物を全て黄金へと変えた後、それを操作して綺麗な形へと造り直す。後は、黄金から元の材料に戻せば作業は終了。
こうした工程を繰り返し、ベリトは千年の歴史で荒廃としていたユーディリアの町並みを、全盛期の頃に近い状態へと近付ける事に成功したのである。
だが、このやり方にはたった一つだけ……問題が残されていた。
「ですが、ミコトも意地が悪いですわ。生み出した黄金を元に戻す事がワタクシにとって、どれほど辛い事か……ぐすっ」
「それは、本当にごめん。でも、これはお前にしか頼めない事だから」
黄金に対して並々ならぬ愛情を注ぐベリトからしてみれば、黄金に変えた物質を元に戻すなど言語道断。実際に彼女は、尊が当初この提案をした時には酷く反対し、怒りのあまり、自分との契約を破棄して欲しいと押し迫った程だ。
「……うぇひっ。ですが尊、ワタクシは耐えてみせますわ。あの約束を、アナタがしっかりと果たしてくださる限り!!」
そんな怒り心頭のベリトであったが、とある条件を尊に提示する事で、この仕事を引き受ける事に同意していた。その条件というのが……
「毎日欠かさず一度だけ、アナタの体の好きな部分に金粉を塗って……舐め回しても構わない。忘れたとは言わせませんわよ?」
「……ああ、勿論。俺は、女の子との約束を破ったりしないよ」
ベリトが確認するように告げた条件に対し、尊は迷う事なく頷いてみせる。
数日前。最初にベリトがこの条件を告げた際、その場にいた大半の魔神少女達が反対し、そんな事は認められないだの、だったら自分達だってもっと過激なお願いを――と喚いたものだが、尊はベリトの負担が一番大きいからと、二つ返事で彼女の願いを聞き届ける事にしたのだ。
「現に昨晩も、その前の夜も。お前は俺の腕を舐め回したじゃないか」
「ええ、そうですわね。まさに、夢のようなひと時でしたわ」
ぴこぴことアホ毛を動かして、うっとりと恍惚の笑みを浮かべるベリト。それほどまでに、金粉塗れとなった尊の腕を舐め回した事が嬉しかったらしい。
「俺としては、舐められるよりは舐め回したいマジで、というのが本音だけど」
尊もその時の事を思い出し、ムズムズと疼く腕を摩り、ムラムラとする気分を必死に鎮める。これだけの美少女が真っ赤な舌を自分の腕に這わせている姿は、未だ童貞の彼にとって、刺激が強すぎるのだ。
「残念ですけれど、ワタクシは金を愛でるのが好きであって……自分自身を金で彩る趣味はありませんの」
「いや、別に金を舐めたいわけじゃなくてさ」
「はい? 金粉を塗っていないワタクシの体に、舐める価値がありまして?」
それが大アリなんだよ、と小さな声で呟く尊。これほどの美貌を持ちながらも自己評価が低い彼女には、説明しても無意味だと悟ったようだ。
「はぁ……本当なら、アスタロトの美しい髪をハスハスしたいのですけれど、拒否されてしまいましたし。当分の間は、アナタの体で我慢しますわ」
「妥協でもなんでも、俺を選んでくれてありがとう。でも、いつか俺の事が一番になるように変えてやるからな……覚悟しておけよ?」
ポンッとベリトの肩を叩いて、尊ははにかんでみせる。一方のベリトは意表を突かれて少し驚いた様子だったが、またすぐに……いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「うぇひひひひっ! うぇーっひっひっひっ! 覚悟なんてとうにできていましてよ! こう見えてもワタクシ、アナタの事は結構気に入っていますもの!」
口元に魔神装具である扇を当てて、高笑いするベリト。
そのあまりに気持ちのいい笑いぶりに、つられて尊も笑ってしまう。
「あはははっ! そうかそうか、それは嬉しいな!」
この奔放な性格で他の魔神少女達から苦手意識を持たれ、その風貌から国民からの支持を中々得られずにいる彼女を……尊はずっと気にかけていた。
しかし彼女はそんな逆境においても、自分の信念を曲げずに明るくマイペースに務めている。それはとても凄い事なのだと、尊は思う。
「……このまま頑張れよ、Gちゃん。お前の可愛さはもうじき、みんなに伝わる筈だからさ。そこは俺が保証するよ」
「べっ、別に、そんなもの伝わらなくても構いませんけれど。アナタがそこまで言うのでしたら、その、まぁ……少しだけ期待しておきますわ!」
尊の励ましを受けて、ベリトは気恥ずかしそうに踵を返す。
そしてそのまま復興作業に戻ろうとしているのか、再びカサカサと音を立てながら、すぐ傍の建物の壁をよじ登っていってしまうベリト。
「うーん……すげぇ可愛いけど、やっぱり後ろ姿は巨大なアレに見えるなぁ」
壁を素早く這い回るベリトの後ろ姿を見て、唸る尊。
ベリトの人気を勝ち取るには、あの動きをやめさせるべきか、しかしそれは彼女の個性を消す事になるし……と、腕を組みながら悩んでいるようだ。
「……とりあえず、この綺麗になった町並みがベリトのお陰だって事をしっかり伝える事から始めるか。それが一番の近道だと思うし」
自分なりの答えを導き出し、晴れやかな顔になった尊。
彼は壁を這いずっていったベリトの姿が見えなくなるまで見届けると、ニコニコと楽しそうな表情で舗装済みの道を歩き始めていく。
「さて、残るは……あそこだけか」
尊が道なりに進んでいったその先には、このユーディリアの中央に位置する巨大な王城がそびえ立っている。
彼の次なる目的は、その城で待っている2柱の魔神少女に会いに行く事だった。
「ふぅ。いよいよ、正念場だけど……」
今までは他の魔神達の作業を監督したり、そのサポートを行ったりしていた尊だが、これから先は違う。
尊自身が自ら望み、選んだ予定……それは、自分自身の鍛錬の時間である。
「……お手柔らかに、とはいかなそうだなぁ」
ハーレムの主、ユーディリアの国王として相応しい一流の男となるべく、尊は確かな決意を持って自分を高める事を臨もうとしていた。
しかし、そんな尊がこのように不安げな様相を見せているのは、その担当を任されている2柱の魔神少女が、一筋縄では行かない相手だからだろう。
いつもご覧頂いたり、ブクマ登録などして頂いてありがとうございます。
自由奔放なお嬢様系美少女がお好きな方は是非、ブクマやポイント評価をお願いします!
ご感想、リクエスト、ご指摘などもドシドシ募集中です。




