62話 首が折れる音
「今度は誰の様子を見に行こうかな……んんっ?」
次の目的地を検討しながら、足取り軽く歩を進めていた尊だが、城下町の方角から何かが物凄いスピードで近付いてくるのを視界に収めて立ち止まる。
土煙を巻き上げ、ドドドドドッと豪快な爆音を鳴らしながら駆けてくるのは、尊もよく知る人物……否、魔神少女であった。
「あぁぁぁんっ!! ダァァァァァァリィィィィィィンッ!!」
「ハルるん!?」
華やかなフリフリのドレス姿で、そのスカートの端を両手で掴み上げながら全力疾走を行っている彼女の名前は魔神ハルファス。
サイドテールにした桃色の髪と羊のような巻き角が特徴的な彼女は、72柱存在する魔神の中でも、屈指の恋愛脳を持つ少女なのであった。
「ダーリン、ダーリン! ダーリィンッ!! ああっ、いつ見てもなんて格好良いお顔なんでしょうかぁ……私、惚れ惚れしてしまいますぅ!!」
ギャリギャリギャリッと、土の地面の上では起こりえない筈のブレーキ音と火花を起こし、尊とぶつかる寸前でピタリと動きを止めるハルファス。
もう少し顔を前に傾ければ、お互いの唇が触れ合ってもおかしくは無かったが、ファーストキスに並々ならぬ理想を抱く尊が寸前で両手を前に出してブロック。
ガッチリとハルファスの両肩を掴んで、うっかりキスの回避に成功していた。
「よう、ハルるん。凄く慌てて走っていたけど、どうしたんだ?」
「あぁんっ、はぁんっ……かっこいぃ、だいしゅきぃ、あいしてましゅぅ……」
「ハルるーん? 聞こえてるかー?」
「あっ、えっ? まぁ、私ったら! つい、ミコト様に見蕩れちゃってましたぁ」
至近距離で尊の顔を見つめ、鼻息荒く顔を赤らめていたハルファスだが、尊の再三の呼びかけでようやく意識を取り戻し、乱れた身なりを直し始める。
「それで? 今からどこかへ向かう途中なのか?」
「……はぁい、そうなんですぅ。つい先日、警邏に出たばかりなのにぃ、今度はカプリコルムの方を見回れってぇ、アンドロマリウスさんがぁ……」
警邏の任務に出るという事は、嫌でも尊の傍を離れなければならない。
それが嫌でたまらないと言いたげに、目元の涙をハンカチで拭うハルファス。
「おー、よしよし。ほら、いい子だから泣いちゃ駄目だって」
「あっ……ふぁっ……!? ミコト様が、私の頭を……!?」
大変な役目を任せている事への負い目もあってか、尊がハルファスの頭を撫でる手付きは普段よりも丁寧で、深い慈しみに満ち溢れている。
そんな温もりを敏感に感じ取ったハルファスの瞳からは、とっくに涙など消え失せており……むしろ感動と興奮から、ツゥーッと一筋の鼻血が滴り落ちる始末。
「きゅ、きゅふふふっ……!! これはもう、私とミコト様が結ばれたと思って差し支えないですよねぇっ!? 私を正妻に選んでくださったんですよねぇっ!?」
「へっ? いや、別にそういうわけじゃ……」
「きゅっふー!! 勝ちましたぁっ!! 私こそが勝利者ですぅ!!」
舞い上がって尊の否定の言葉すら耳に入らず、ハルファスは声高らかに見当違いの勝利宣言を行う。
「ああんっ、ダーリン! 今こそ熱いキスを!! むちゅぅぅぅ……!!」
そして、その勝利に対する当然の報酬を受け取らんとばかりに、彼女は艶やかな唇を目一杯に尖らせ、尊にキスを迫ろうとした……のだが。
「ちゅぅぅぅぅ……ぶびぇっ!?」
「はいはい、そこまでー。お邪魔虫の登場だよー」
突如として、尊の後方から飛来してきた少女の飛び蹴りが、なんとハルファスの顔面にクリーンヒット。ゴキンッと嫌な音を鳴らし、あらぬ方向へと首を曲げたハルファスは……その勢いのまま、ぶっ飛ばされてしまった。
「はいっ、着地っと! じゃーん! ボク、参上!!」
ハルファスを蹴り飛ばし、空中でくるりと一回転した少女は見事な着地を決めて、体操選手のようにポーズを決める。
「やぁ、新マスター君! 昨日ぶりだね! 今日も会えて嬉しいよ!」
緑色のショートヘアーが特徴的な彼女の名前は、魔神ラウム。
チューブトップにホットパンツというラフな格好の彼女は、発展途上で膨らみかけの体付きを尊に評価されている……ボーイッシュタイプの魔神少女だ。
「お、おう。俺も会えて嬉しいよ。でも、後ろのハルるんが……」
「んー? ああ、いいよいよ。ハルファスはこれくらいじゃ死なないから」
「ラウムさぁんっ!! そういう問題じゃありませんよぉっ!!」
関節の可動限界を大きく超えて曲がった首の位置をゴキゴキと元に戻しながら、ラウムに詰め寄ってくるハルファス。
腐っても魔神。ラウムの言う通り、首が折れた程度では命に別状は無いらしい。
「私とダーリンの逢瀬を邪魔するなんてぇ!! いくら大切なお仲間といえども、万死に値する愚行なんですからぁ!! 反省してくださいねぇっ!?」
「反省も何も、ボクには君が暴走して、新マスター君の唇を勝手に奪おうとしているように見えたけどね」
「うっ!? で、でもぉ……アレはイケそうな流れでしたしぃ……」
先走ってしまった自覚があるのか、ハルファスはラウムの正論を受けて、しどろもどろになる。外見は幼さの残るラウムだが、時折見せる冷静で大人びた態度が生み出すギャップで……これまた着々と尊からの好感度を稼いでいるのであった。
「助けて貰った事は嬉しいけど、いくらなんでも顔面に飛び蹴りはやりすぎだ。ドレアなら喜ぶだろうけどさ」
「あー、ごめんね。今度からはもうちょっと、軽めのツッコミにするよ!」
だからこの話はもう終わり、と、強引に話を畳んだラウムは、すかさず尊の傍に近付いて腕を組む。嬉しそうに目を細め、尊の肩に頭を預けている姿は、彼氏に甘える可愛らしい彼女のように見えなくもないが……
「がきぐぐげぐごげげげごごごっ!? ラウムさぁんっ!? 何という羨まけしからない狼藉を働いちゃったり、やらかしちゃったりしてるんですかぁっ!?」
「アハハハッ! 全く意味が分からないね。少し落ち着きなよ、ハルファス」
ハルファスに見せつけるようにグリグリと、尊の体に未成熟の肉体を押し当てるラウム。ここのところ、豊満な肉体を持つ美少女達の猛アプローチばかりを受けてきた尊にとって、この新鮮な刺激はかなりの破壊力を与えたらしい。
にへらにへらと、だらしのない顔でラウムの肉体の感触を堪能している今の尊に、ハルファスを気遣う余裕は微塵も存在していなかった。
「私だってダーリンにスリスリしたいですぅ!! 匂いを嗅いで、できれば味も確かめて……あんなところやこんなところは、きっと濃厚で芳醇な――」
「君が何を言いたいのかは理解できないし、する気もないけどさ。新マスター君とイチャイチャしたいなら、早いところ仕事に行くべきじゃないかなぁ?」
「…………え? ラウムさん、今なんてぇ?」
「イチャイチャしたいなら、仕事をすればいいんだよ。君だってさっき、昨日の仕事のご褒美に、頭を撫でて貰っていたじゃないか」
「ハッ!? そ、そういえばそうですねぇっ!!」
「ボクは昨晩から今朝まで見回りをしてきたから、こんな風にスリスリさせて貰っているんだ。だから君も早く、カプリコルムに行くべきだと――」
「手柄は全て私のモノですぅっ!! あぁぁぁぁぁんっ!! 愛しいダーリィィィンッ!! 私は、誰よりも頑張ってみせますからねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
まんまとラウムの口車に乗せられたハルファスは、話もまだ途中だというのに猛然と全力疾走を開始。またしても爆音と土煙を巻き上げながら、遥か地平の奥へと消えて行ってしまった。
「うごぉっ!? ぴぎぃぃぃぃっ!?」
「あっ、やばっ! フルカス!! 後ろからハルファスが……あっ」
「むふ……? ふんぎゃぁーっ!!」
その道中、地面に転がっていたアンドレアルフスを力強く踏み付け、用水路を掘っていたフルカスを吹き飛ばしてしまったのだが……尊からのご褒美に目が眩んだハルファスの足は、一瞬たりとも止まらなかったらしい。
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