59話 あの日見た悲しい笑顔を俺は忘れない
「これでいいんです。マスター」
「これでいいわけないだろ!? だって、お前も……!!」
Gちゃんの屋敷を訪れるまでに、色々と繰り広げた会話劇。
表情の変化は決して豊富とは言えない子ではあったが、それでも様々な言動で感情を表現してくれた。楽しそうに、俺達と一緒に過ごしてくれていたんだ
「俺は、お前と――うぷっ!?」
「よせ、ミコト。ヴァサゴの気持ちが分からぬのか?」
ヴァサゴへ呼びかけようとした俺の声は、しゅるしゅると口元に巻き付いてきたベリアルの尻尾で封じ込められてしまう。
生暖かい鱗の感触はギュッとキツく締まり、俺の両腕がフェニス達に押さえられている事もあって、そう簡単には振り解けそうに無かった。
「むーっ!! むーむーっ!!」
「……すまぬな、ヴァサゴ。儂の力が足りぬばかりに、苦労をかける」
そうして俺を黙らせたまま、ヴァサゴに向けて謝罪を行うベリアル。
こちらからだと顔は見えないが、俺の口を塞ぐ尻尾が微かに震えている事を考えれば……その表情がどんなものかも、容易に想像が付く。
「いえ。ヴァサゴの気持ちを、汲んでくださり……お礼を、申し上げます」
ベリアルに対して感謝の言葉を口にしたヴァサゴは、自身の首に巻いている赤くて長いマフラーに手を伸ばし、ゆるゆるとそれを解き始める。
「あらあら、ヴァサゴ。そのマフラーは、同じ顔を持つ姉に恐れ多いと、自ら顔を隠す為に用意したものじゃなくて?」
「はい。ですが、もうヴァサゴには必要の無いものですから――」
バエルの意地の悪い質問にも動じる事なく、ヴァサゴは解き終えたマフラーの片端を俺達の前にまで垂れ下がらせる。
「よろしければこれを、マスターへ……お渡しください」
マフラーが無くなり、俺はヴァサゴの素顔を初めて目にした。
鼻から上だけでも、彼女がとても可愛い事は分かりきっていたけど……やっぱりこうして実際に見るのが一番だと思う。
でも、今の彼女の表情は――
「うむ。少しの間じゃが、辛抱して待っておれ。儂が責任を持って、こやつを鍛え上げ……近いうちに必ず、お前を連れ戻してやろう」
ベリアルはヴァサゴが垂らしたマフラーの端を握り締めて受け取ると、尻尾の拘束を緩めて、俺の口を解放する。
俺は自由になった口で思い切り息を吸うと、堪らずに大声で叫んだ。
「ヴァサゴ!! 俺は!! お前のそんな笑顔なんか見たくないぞ!!」
「マス、ター……」
ヴァサゴの可愛い素顔が見られた事は実に喜ばしい。だけどその表情が、あんなにも辛そうで苦しげな笑顔なのだとしたら……ちっとも嬉しくなんてない。
「いつか!! いつか絶対に!! 一緒に笑い合おう!! 楽しい事や、面白い話もいっぱいして!! 俺とイチャイチャするんだ!!」
「っく、ぅう……ぅぅぅ……」
「だから!! 少しだけ待ってろ!! 必ず迎えに行くからな!!」
「ぐすっ……ひっく、うぇぇぇっ……」
ヴァサゴが流す涙の雫が滴り落ちてきて、俺の頬に当たる。
この冷たさを、胸の痛みを――俺は絶対に忘れはしない。
「ふふふっ……なんて泣けるシーンなのかしら」
「……バエル!!」
「でもね、妾は思うの。どれだけ感動的な話でも、最後がハッピーエンドではつまらない。バッドエンドでこそ、人々は悲しみで美しい涙を流すものよ」
無情にも、ヴァサゴを抱えたまま高度を上げていくバエル。
ヴァサゴとベリアルの間でたわんでいた赤いマフラーは、段々とまっすぐに伸びていき……そしてとうとう、ヴァサゴの手から離れ落ちた。
「また会いましょう、ソロモン様。アナタがいずれ、この妾を倒せる事を……陰ながら応援しているわ」
ヒラヒラと、空を舞うヴァサゴのマフラーが俺の視界を遮った直後。
一方的に別れの言葉を残し、バエルはヴァサゴと共に……その姿を完全に消してしまった。
「……っ」
夜空には、真円から僅かに欠けた月だけが残されていて、今も変わらずに、呆然と立ち尽くす俺達を照らし続けている。
「ああ、行っちまったのか……」
あまりにも呆気なさすぎる別れのせいだろうか。俺は未だに、ヴァサゴを連れ去られてしまった事実を受け止めきれずにいた。
「ほれ、ミコトよ。これはお前が身に付けるのが良いじゃろう」
しかしベリアルは、俺に現実逃避を許さないと言わんばかりに……ヴァサゴが残していったマフラーを、俺の首にそっと巻き付けてきた。
するとすぐに、花のような良い香りがふわりと俺の鼻腔をくすぐって。
じわりじわりと、俺の胸に鈍い痛みが広がっていく。
「……アンタは悪くないわよ。あそこは、ああするしか無かったんだから」
「私が言うのもなんですけれど、フェニックスの言う通りですよアナタ様」
自分では見えないが、きっと今の俺は酷い顔をしているのだろう。
俺を気遣い、励ましの声を掛けてくれるフェニス達の酷く落ち込んだ表情が、その事を如実に物語っていた。
「……大丈夫だよ。落ち込んでいたって、何も変わらないからな」
いつまで経っても、やっぱり俺は馬鹿のままだ。
ヴァサゴを救えなかっただけじゃなく、その後の態度で他の女の子達に心配を掛けるなんて……ハーレムの主として失格だ。
「一日でも早く、俺はアイツを迎えに行きたい。だからベリアル、その為に……」
「みなまで言わなくてもよい。それに、こんな時くらい……素直に泣け」
ベリアルは両腕を広げて、またしても俺の頭を自分の胸の谷間に埋めさせる。
さっきはバエルと対峙していたし、初めて見るベリアルの本来の姿にドギマギしていて気が付く余裕が無かったが……こうしていると、心地よいリズムを刻むベリアルの心臓の音が凄く近くに聞こえてくる。
「……っく、ぅ」
「お前は必ず強くなれる。この儂が見込んだ男じゃからの」
思い返してみれば、捨て子だった俺がこんな風に誰かの胸で甘える機会なんてまるで無かった。だからかな、気を緩めると、勝手に涙が、溢れて……
「ありがとな、ベリアル……」
「うむうむ。存分に、儂のぱふぱふで癒されるがいい」
「ううん、気持ちは嬉しいけど……それよりも今は、ルカ達を捜さないと」
バエルとの交戦中、アイツの攻撃によって散り散りに吹き飛ばされてしまったルカ、Gちゃん、キミィ。既にドレアに捜索を頼んでいるとはいえ、俺達も手が空いた今……すぐにでも、彼女達を捜しに行くべきだ。
「ああ、そうでしたね! 早く皆さんを見つけて、手当てをしないと!」
「別に、そんな必要は無いんじゃない?」
「まぁ! フェニックス、アナタは炎の翼をもっていらっしゃるのに、なんて冷たい方なのでしょう!」
「いや、だって。わざわざ捜しに行かなくても……ほら」
アスタロトに詰め寄られたフェニスは、少し困ったような顔になりつつも、俺の腕を掴んでいた手を離し……周囲に生える木々の一角を指差した。
「やかましい声が聞こえるじゃない」
つられて、俺達は揃ってフェニスの指さした方角へと視線を向ける。
まさに、ちょうどその時だった。
「あややーっ!! ミコト氏ぃーっ! 無事に全員、回収して参りましたよー!」
「うぅ……不覚の至りです……」
「このワタクシとした事が、なんという醜態を……!!」
「まだまだ鍛錬が足らぬ。もっと鍛えなくてはなるまい……」
生い茂る木々をガサガサと掻き分け、連れ立って歩いてくるドレア達。
ルカ、Gちゃん、キミィはところどころ傷を負っていたり、木の枝や葉っぱを付けていたりするものの……目立った外傷も、深刻なダメージも無さそうだ。
「むふぇぇぇぇぇっ!? ベリアル様がおっきくなっちゃってますぅ!?」
「うぇひぃぃっ!? どうしてここにベリアルがいますのぉっ!?」
「むぅん!? ベリアルだとぉ!?」
「あやややーっ!? バエル氏の次はベリアル氏と戦わなければならないのでしょうか!? いやはや、これはまた一難去ってまた一難どころの騒ぎではありませんね!! しかしこの手前め、命を賭けてミコト氏をお守りしますよ!!」
「……あれほど手酷くやられたというのに、やかましい奴らじゃのぅ」
俺の元に戻ってきたルカ達はベリアルの姿を見て、それぞれが異なる理由で慌てふためき、やいのやいのと騒ぎ始める。
ルカはともかく、他の子達はベリアルが俺の頭に乗っていたぬいぐるみだという事すら知らないからな。あれだけ驚いてしまうのも、無理もないか。
「はははっ……でも俺はやっぱり、こんな風に賑やかな方が好きだな」
この後はきっと、みんなで騒々しく色々な話を交わして……夜が明けて。
朝になったらユーディリアに戻り、城で待っているアンドロマリウス達にもこの場所での経緯を説明して……仲間が増えた城内はより一層騒がしくなるのだろう。
「だから、もっともっと。沢山の美少女達とお近付きになって……!」
泣き腫れた瞼をローブの袖で何度も擦り、俺はできる限り精一杯の笑顔を作る。
もう誰にも、心配をかけないように。
俺の傍にいる大切な女の子達が、俺と一緒にいて楽しくなれるように。
「史上最高のハーレムを築き上げてみせる!!」
俺はこれからも、ただひたすらに……前を向いて行くんだ。
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