58話 ただし、アナタだけは
美少女に優劣は無し。
可愛い系、綺麗系、貧乳、普乳、巨乳、爆乳。
ロングヘアー、ショートヘアー。
美少女を形容する要素はあまりにも多すぎるし、その組み合わせも含めれば、星の数程の美少女が存在する事になる。
だからこそ俺は、美少女であればどんな属性の持ち主であろうとも、全員を平等に愛そうと……物心が付いた頃から決めていた。
「うむうむ、やはり儂が一番か。そうじゃろう、そうじゃろう」
しかし、そんな俺のポリシーを揺るがす女が目の前に現れてしまった。
今までに出会った、どんな美少女よりも……俺の心を惹き付ける女が。
「いやいや、悠長な事を言ってる場合じゃ無いんだけどさ」
ルカ達が敗れ去り、その無事も確認できていない今、みんなを束ねる身である俺が浮かれるわけにはいかない。
だけどそれでも、そこにいる美少女はとてつもなく魅力的なわけで。
ぬいぐるみの時と変わらず、頭頂部から伸びる雄々しい二本の山羊角。赤と黒の対比が半々なメッシュ状のストレートヘアーは、膝裏辺りで切り揃えられている。
顔立ちは凛々しくも幼さが少し残っており、パッチリとした赤い瞳、高い鼻、桜色の肉厚な唇と……パーツの一つ一つが、どれも欠ける事なくハイレベルだ。
ぬいぐるみであった時の反動か、服装はボロボロの布切れで胸と腰元を際どく覆い隠している程度。しかしそんな格好でも、大きくて張りのある巨乳は深い谷間を作っているし、細いくびれのラインに続くプリプリのヒップは肉付きが良い。
更に尾てい骨辺りからは、ワニや恐竜を思わせる太めの尻尾が伸びており、先程から上機嫌そうにブンブンと左右に揺れている。
彼女の身長自体は俺と同じくらいではあるものの、スラッとモデルのように伸びた美脚を見ると、実際の身長よりも高く見えてしまう。
ああ……くそっ! 何から何まで、俺の好みドストライクだなコイツ!
「……夢みたいです。また、ベリアル様のお姿を見られる、なんて」
「むー、それはそうですけど。なんだか、私が元の姿に戻った時よりも、アナタ様のリアクションが大きい事が気になります」
「そうむくれるではない、アスタロト。全員平等を謳うミコトにも、多少の好みの差があっただけの事じゃ。明日には、お前が一番になっておるかもしれんぞ?」
「何を言ってるのよベリアル!! ミコトの一番がアンタだなんて、誰も認めちゃいないわよ!! 普通に考えれば、お古の服を貰ったアタシが……!!」
「フェニックス、お前はもうツンデレじゃなくデレデレじゃのう」
俺を間に挟んで、繰り広げられる魔神少女達の姦しいトーク。
俺の視点からは、ベリアルの後方で終始真顔のバエルが見えているので、あまりにも激しい空気の温度差で……風邪を引いてしまいそうだ。
「なるほど。まさか、ソロモン様の成長に伴ってアナタが力を取り戻していくなんて……随分と小狡い復活方法を用意していたものね」
「なんとでも言うがいい、バエル。儂はこやつを守る為に、出来うる限りの事を成しただけじゃ。のう、ミコトよ!」
「わぷっ!?」
グイッと肩を強く引かれ、俺はベリアルの胸の谷間に顔を埋める形になる。
弾力がありながらも、俺の顔全体を優しく包み込む感触は……もう一生、この中で過ごしたいと思わせる程の、強烈な中毒性があった。
「どうじゃ? いくらお前でも、本気の儂とやり合おうとは思わんじゃろう?」
「……そうねぇ。全盛期のアナタと戦うなんて、できる事ならパスしたいけど」
引くか、戦うか。顎に人差し指を当てて、思案を巡らせるバエル。
俺はベリアルの胸の感触を堪能しながら、バエルがおとなしくアスタロトを諦めてくれる事を……必死に祈っていたのだが。
「うふふふっ、嘘が下手ねベリアル。もしも本当に力が戻っているのなら、アナタはとっくに妾を倒そうとしている筈よ」
「ぬぅっ……バレてしまったか」
「「「「えっ!?」」」」
簡単にブラフを見抜くバエルと、アッサリとそれを認めるベリアル。そのあまりにも淡々とした会話の流れに、俺達は声を揃えて驚いてしまった。
「うおーい!! ベリアル!? ちょっと話が違うんじゃないか!?」
「隠しても、すぐにバレるんじゃから、仕方ないじゃろ」
胸の谷間から抜け出して吠える俺に、ベリアルは肩を竦めながら返事を返す。
「そもそも儂の今の力は、全部で72柱の魔神の中で……お前が既に契約を交わした7柱分。つまり、大体十分の一くらいしか力が戻っていないのじゃぞ」
「……十分の一でも、アタシ達よりは強いくせに。ホント、ムカつく」
「しかし、バエルとの差は圧倒的ですよ。これはもしや、期待させるだけさせて、最後はガッカリさせる残念パターンというものなのですか?」
「危機、未だ……去らず」
やいのやいのと、後ろから野次が飛んでくるが、当のベリアルはどこ吹く風で、丸出しのお腹をポリポリと掻いている。
コイツがこうして余裕の態度を崩していないという事は、少なくともこの状況を乗り切るだけの策がある筈なんだけど……
「そう案ずるな、お前達。バエルは傲慢じゃが、愚か者ではない。この状態の儂を相手にすれば、勝ちはすれども、無傷では済まない事を理解しておる」
なぁ、そうじゃろう? と、ベリアルはバエルへと目配せを行う。
宵闇の中でも、一際目立つ真紅の双眸に見つめられた白い美少女は……ここに来て初めて、自嘲じみた笑いを見せた。
「ふふっ……アナタには負けたわ、ベリアル」
手にした杖をスッと消し去った後、両手を上げて降参のポーズを取るバエル。
同時に、俺達に重く伸し掛っていたプレッシャーも綺麗さっぱり無くなったので、俺達は緊張の糸が切れたように、ホッと胸をなで下ろした。
「今は北のシトリーとも揉めているし、アナタに腕一本でも持っていかれると面倒なのよ。だから今しばらく、アスタロトはソロモン様に預けておく事にするわ」
「預けておく? 悪いが俺は、この子を一生手放すつもりはないぞ」
いつでもアスタロトを取り戻せるようなバエルの言い方にカチンと来た俺は、一切臆する事無く、真っ向から反論の言葉を返す。
相手が誰であろうとも、俺のハーレムを脅かす存在は許してはおけないし、俺の大切な女の子達を怯えさせるような奴も、許すわけにはいかないんだ。
「アナタ様……そのように男らしい告白をされては、私、恥ずかしいです」
赤くなった頬に両手を当てて、いやんいやんと首を振るアスタロト。
そういう意図があったわけじゃないが、喜んで貰えたのなら俺も嬉しいな。
「……幸せそうね、アスタロト。今しばらくは、その仮初の幸せを享受しているといいわ。いつかきっと、妾の元を離れた事を後悔するでしょうけど」
お手上げの姿勢から手を下ろし、バエルはパチパチと乾いた拍手を鳴らす。
台詞自体は負け惜しみじみたものであったが、それを口にするバエルの顔は意外にも、慈愛と暖かさに満ち溢れていた。
「でも、ね」
だから、俺達は油断してしまったのだろう。
これから先ずっと……後悔する事になる、一瞬の気の緩み。
「ヴァサゴ、アナタだけは駄目よ?」
「っ!?」
俺達の前で微笑みを携えていたバエルの姿が、ほんの僅かにブレたと思うと。
次の瞬間には、その白く細い腕を伸ばして……ヴァサゴの腕を引き、自らの胸の中へと抱き寄せていた。
「ヴァサゴ!?」
「むっ!? いかんっ!!」
「やはり全盛期には程遠いのね、ベリアル。油断大敵よ」
すかさずベリアルが手刀を繰り出すも、既にバエルは天高く跳躍して回避済み。
ヴァサゴを腕で抱いたまま、俺達の遥か頭上でフワフワと佇んでいる。
「バエル!! ヴァサゴを離せっ!!」
「あら、怖い。妾が見ない間に随分と気に入られたみたいね、ヴァサゴ」
「マスター……」
抵抗は無駄と諦めているのか、ヴァサゴはバエルの元から逃がれようとはしていない。ただ、またあの時と同じ……悲しみに満ちた瞳で、俺の事を見つめていた。
「残念だけど、この子の能力にはまだ利用価値があるの。今ここで、失うわけにはいかないわ」
「利用価値……?」
ヴァサゴが持つ魔神装具、隠捜盤チェラレコンパスの能力は【隠されたものを見つけ出す】というものだ。その力を利用したいという事は、バエルはヴァサゴに何かを見つけ出させようとしている事になるが……
「ふざけんな!! 女の子に利用価値とか言うんじゃねぇよ!!」
アイツにどんな目的があるかなんて、正直どうだっていい。
俺が許せないのは、バエルがヴァサゴの事を道具みたいに扱っている事だ。
「落ち着きなさいよ、ミコト。アンタが吠えたところで、事態は好転しないわ」
「アナタ様、私も同感です。どうか、お気を鎮めてください」
「だけど!! ヴァサゴが……!!」
憤る俺を、両脇からしがみついてきて引き止めるフェニスとアスタロト。バエルはそんな俺の姿を見下ろしながら、なおも嘲笑に似た笑みを浮かべている。
俺はそれを見て、再び全身の血液が沸騰しかけるも――
「マスター。ヴァサゴは、このまま連れて行かれても……構いません」
「……ヴァサゴ?」
バエルの腕の中に囚われているヴァサゴの声に、ハッと我に返る。
視線をバエルから横にずらして見ると……さっきまでの悲しげな表情から、強い意志を秘めた険しい面持ちへと表情を変えたヴァサゴがそこにいた。
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