57話 最高の女
「できる事なら、お前とは二度と顔を合わせたくなかったものじゃが……」
「あら、アナタもソロモン様と同じで、つれない事を言うのね。久しぶりの再会なんだから、もっと言い方ってものがあるじゃない」
圧倒的なバエルの力によって、ルカ、キミィ、Gちゃんが敗れ去り、絶体絶命の危機に陥ったその時、俺達を守る為にバエルの前に立ち塞がったのは、常に俺の頭上にしがみついているぬいぐるみ――ベリアルだった。
「なっ……!! ベリアル、様……!?」
「ああっ、なんて事でしょうか! 私、ちっとも気付きませんでした!」
小さな体ながらも堂々たる態度でフンスと構えるベリアルを見て、驚きの声を上げたのは、ベリアルの存在を知らされていなかったヴァサゴとアスタロトだ。
特にヴァサゴに至っては、以前ベリアルの事を魔神の鑑だとベタ褒めしていたくらいだから、そんな彼女が近くにいた事実は大きな衝撃だろう。
「ベリアル様、とても、可愛らしい……驚きです」
「お久しぶりですね、ベリアル。まさかアナタに、私の愛され系魔神としての地位を脅かされる事になるなんて……!」
「おーおー、すぐに正体を明かさずに、すまなかったのぅお前達。色々と訳あって、素性を隠しておきたかったのじゃ」
元々の姿と今のぬいぐるみ姿に、よほどのギャップがあるのか。今までは彼女の正体を知った女の子の殆どが大きなリアクションを見せたけど、ヴァサゴとアスタロトはいつも通りのマイペースというか……受け入れるのが実に早い。
「特に、こういう奴に儂の生存を悟られると、厄介じゃからな」
「そうね。序列68位、支配者クラス――最高の魔神ベリアル。この妾を差し置いて、最高と呼ばれた魔神は……後にも先にも、アナタだけだったわ」
「そりゃあそうじゃろう。なにせ儂は、他のどの魔神よりも強く美しく、むちむちぼでぃーで、えろえろな、最高最良最優の魔神じゃったからな!!」
「……そうなの?」
あまりにも過剰すぎる表現に、俺は疑惑の眼差しヴァサゴ達へと向ける。
すると意外にも、ヴァサゴとアスタロトは何度もコクコクと深く頷き、フェニスに至っては実際に過去を思い出したのか、笑いを堪えるようにお腹を抑えていた。
「口が減らないのは変わらないのね。アナタはいつだってそう。15柱の支配者クラスの中でも……アナタだけが特に、ソロモン様に気に入られていたわ」
「それも当然じゃ。お前達はどいつもこいつも、性格がキツすぎる。全員揃って、ソロモンが持て余したのも仕方ないぞ」
「…………言ってくれるわね」
ベリアルが正体を明らかにしてからというもの、間違いなくバエルの顔から余裕が消えている。もし本当に、ベリアルがそんなにも凄い力を秘めているのなら、バエルを倒して契約を交わす事も……実現できるかもしれない。
「ふふっ、だけどその余裕はいつまで続くのかしら? さっきから虚勢を張ってはいるけど、今のアナタには全部過去の話じゃない」
この先の展開に、俺が希望を抱きかけたちょうどその時。
再び、怒りの蝋燭に炎を灯したバエルが、ドス黒く、重たいプレッシャーを放ち始める。それも、先程までとは比較にならない程の……
「過去のアナタがどんなに凄い魔神であっても、今は非力で惨めな姿。あの方を想って取った行動が、結果として自分の首を絞めるなんて……可哀想に」
やはり、過去にどれほど凄い魔神であったとしても、現在の姿がぬいぐるみでは抑止力になりえないらしい。バエルは一向に引き下がる気配は見せず、それどころか今にでも俺達を捻り潰してしまいそうだ。
「ベリアル、なんだか危うげな空気だけど……本当に大丈夫なのか?」
「ミコトよ、情けない顔をするな。この世界を治める王たる者は、常にドンと構えておればよい。それがお前の仕事じゃ」
俺の不安を見透かしたのか、ベリアルは優しい声で俺を勇気付けてくれた。
そしてその後、バエルの顔を見上げて睨み付けながら……彼女は告げる。
「確かに儂は、元の体を失ってしまった。魔力も持たない仮初の体のままでは、かつての力を引き出す事もできぬ」
固唾を飲んで成り行きを見守る俺達の前で、赤く小さなぬいぐるみの体がゆっくり――ポテポテと音を立てて、歩みを進めていく。
「しかし、たった一つだけ、儂がかつての力を取り戻していく方法があるのじゃ」
小刻みな足音は、バエルの元へと近付くにつれて、その間隔を広げていく。
それはまさに、小さな歩幅が成長に連れて大きなものに変わるように。
「儂と魂で繋がった、底無しにスケベで間抜けな男がおってのぅ。そやつが主として成長……即ち、従える魔神の数を増やしていくに従って――」
土を踏む音に、重みが増していく。
下に向けていた俺達の視線が、徐々に上向いていく。
一陣の風が、赤と黒が入り混じる長髪を揺らす。
雲の切れ間から覗く満月の光が、その美しい肢体を照らす。
「儂はこうして僅かな間だけ、元の体に戻る事ができるのじゃ」
言葉にならなかった。
この世界に来る前に出会い、この世界にやって来てからは殆どずっと一緒に過ごしてきた小憎らしいぬいぐるみが、まさか本当に――
「っと! 残り時間は少ないが、まずはお前に言っておかんとのぅ!」
「えっ!?」
驚きと感動のあまり、開いた口が塞がらずにいる俺のすぐ傍に、軽快なステップで詰め寄ってくるベリアル。
彼女はニコニコと満面の笑顔を顔に浮かべると、何もかもがぬいぐるみの時とは異なる扇情的な体をくねくねと揺らし、えっちぃ動きを見せつけてくる。
「ほれほれ。ミコトよ、儂本来の姿はどうじゃ? 前にも言った通り、乳房はばいんばいんで、くびれはきゅーっとしておるじゃろう?」
得意げに、満足げに、したりげに。
俺へのアピールがようやくできて嬉しい、といった様子のベリアルを見て……俺は高鳴る胸の鼓動を自覚する。
「……ああ。確かにお前は、最高の女だったみたいだ」
こんなの反則だ。
男なら誰でも、落とされちまうに決まってるじゃないか。
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