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53話 今明かされる衝撃の真実ゥ


「……は?」


「九百年くらい前にね、妾の元を離れたいって言うからお仕置きのつもりでね。ただ殺すだけじゃつまらないし、ちょっと懲らしめてやろうと思っていたんだけど」


「おい……?」


「まさか、あんなにも強い毒を発するようになってしまうなんて、妾にも予想外だったのよ。お陰で、この子が腐敗した哀れな姿を見る事ができなかったわ」


「ちょっと……黙ってくれ」


「あっ、そうそう! 一体どんな惨めな姿だったのか、後で妾にも教え……」


「黙れっ!!」


 自分でも驚く程に大きな罵声が、喉の奥から溢れ出した。

 怒りで頭が真っ白になり、握り締めた拳はギチギチと音を立てて、ぬるりとした血の雫を滴せる。

 それ程までに、バエルが口にした言葉の内容……そして、それを語る彼女の楽しげな表情、声色、態度の全てが俺の神経を逆撫でしていたのだ。


「教えて欲しいと言うから、答えてあげたのに……酷いわ。ねぇ、ヴァサゴ?」


「ヴァサゴは……ヴァサゴは、その」


 まるで自分に非が無いとでも言いたげに、両肩を竦めるバエル。そんな彼女に話を振られたヴァサゴは、困ったように言葉を詰まらせるばかりだった。


「なんという……っ!! なんという事を!! 絶対に許しませんわっ!!」


「あや、ややや。薄々、そういった事態も有り得るのではと思ってはいましたけれど、こうも面と向かって言われると……ドン引きですよ」


「ぬぅんっ……!! 非道な!!」


 明かされた衝撃の事実を前に、激怒しているのは俺だけではない。

 バエルに問いかけたGちゃんは勿論、硬直の解けていなかったドレアとキミィも臨戦態勢を取って、俺の傍らへと駆け寄ってくる。

 

「バエル、アタシを騙していたのね。五百六十四年前、アンタの勢力に加わったアタシに話した事は……全て嘘だったんじゃない」


 そして、残るフェニスもまた恐れよりも怒りが勝ったのだろう。彼女は背中の炎の翼を激しく燃え上がらせながら、鋭い眼光をバエルにぶつけていた。

 

「嘘? 妾は、姿を消したアスタロトを捜して欲しいとお願いしただけよ。その際に、今は何者かに囚われている筈だとは言ったけど……事実だったでしょう?」


「ああ、そうよね。アンタはそういう奴だって分かっていたのに、騙されていたアタシが大馬鹿だったわ!」


 バエルの配下として、五百年以上も過ごしていたフェニス。

 素直じゃない彼女の事だ。表向きは渋々と従いつつも、内心ではアスタロトを案じて、必死に救い出そうとしていたに違いない。


「理解できないわ。妾が、妾の所有物に何をしようと勝手でしょう? そもそも、アナタ達如きに文句を言われる筋合いは無いと思うの」


 真っ向から俺達の怒りを否定し、あくまでも非を認めようとはしないバエル。

 それどころかむしろ、穏やかだった彼女の口調の端々には少しずつ、苛立ちの色が見え始めていた。


「でも、いいのよ。もしもアナタ達が本気で妾を怒らせたいと言うのなら、お望み通り……惨たらしく殺してあげるから」


 瞬間、俺達は一斉に床の上へと崩れ落ちる。

 まるで、この場の重力が何十倍にもなったかのように、重たい空気が俺達を包み込み……その膝を容赦なく折ったのだ。


「なっ……!?」


 俺には分かる。バエルがほんの僅かばかりの敵意を俺達に向けただけで、これ程までに凄まじいプレッシャーを……くぅっ!


「お、お待ちください! アスタロトはここに、います! ですから、元マスター達と争う必要は……ありません!」


 俺達がバエルのプレッシャーに押し潰されそうになっている姿を見かねたのか、バエルを制止しようと、大声で嘆願を行うヴァサゴ。

 対するバエルは、そんなヴァサゴの悲痛な訴えを聞き、珍しく驚いた様子で目を丸くしていた。


「アスタロトを、バエル様に差し出せば……アリエータと、ユーディリアは同盟を結ぶ、約束……です、よね?」


 元を辿れば、俺達がこうしてカプリコルムまでやってくる発端となったのは、バエルが治める国アリエータからの同盟の申し出だった。

 何者かによって連れ去られたアスタロトを、バエルの元まで連れ戻せば……アリエータは食糧難に悩むユーディリアに、多大な援助を行ってくれるという。


「……そうね。約束は約束だし、反故にするのはよくないわ」

 

 同盟の条件を満たしたのだから、わざわざ争う必要は無い。

 そう訴えるヴァサゴの言葉に納得し、俺達に向けていた莫大なプレッシャーを解いてみせるバエル。


「この子も九百年近く苦しんで、馬鹿な考えを捨てているでしょうし。ああ、早く宮殿に戻って……彼女から謝罪の言葉を聞きたいものね」


 その後、バエルはまたしても眠りに落ちているアスタロトの頬に手を伸ばす。

 アスタロトの気持ちを一切省みていない主張もそうだが、何よりも許せないのはバエルがアスタロトを自分の物として連れて帰ろうとしている事だ。

 既にアスタロトと契約を交わし……いや、たとえ契約を交わしていなかったとしても、こんな奴にアスタロトを渡すなんて認めるわけにはいかなかった。


「待てっ!! 誰がお前なんかに――!!」


「元マスター!!」


 バエルに食ってかかろうとした俺の怒声を掻き消すように、ヴァサゴが吠える。

 それ以上、余計な事を言ってはいけない。そんな風に訴えかける真剣な眼差しをこちらに向けて、ヴァサゴはいつになく、たどたどしい口調で言葉を続けた。


「……お気持ちは、分かりますが、アスタロトをバエル様にお渡しすれば、アナタも、アナタの傍にいる者達も……ユーディリアの民さえも、幸せになれるんです」


「ヴァサゴ……」


 悲しそうに……あるいは悔しそうに、俺を聡すヴァサゴ。

 そんな彼女の悲痛な姿を見て、俺はようやく気が付いた。

 これまで時折、ヴァサゴの様子がおかしいとは感じる事はあったが、それらは恐らく……彼女が己の使命と良心の間で苦しんでいた事が原因だったのだろう。

 

「アスタロトは、死ぬわけではありません。バエル様の恋人として、元の暮らしに戻れば……彼女も、きっと……幸せに、なれる、筈ですから」


 ヴァサゴは、アスタロトを異形の姿に変えた犯人がバエルだと最初から知っていた。そして、仮にアスタロトを救い出せたとしても、最終的には犯人であるバエルの元へ連れて行かねばならない役目の重圧に……苦しんでいたんだ。

 

「なんだか、歯切れが悪いのが少し気になるけど、概ねその通りね。アスタロトがもう一度妾のモノになれば、ユーディリアとアリエータが同盟を結んで……みんなが幸せになれるわ」


「同盟を組めば……みんなが、幸せに?」


 争いや貧困の絶えない苦しい生活を千年近くも続けながら、俺の帰りを待ち続けていたユーディリアの魔神少女や国民達。

 もしも、このままアスタロトを引き渡せば……強国であるアリエータの支援を受けて、ユーディリアの生活は豊かなものとなる。

 数少ない戦力で必死に城を守り続けたルカ、ハルるん、アンドロマリウス、ラウム、ビフロンス……彼女達にもようやく、楽をさせてあげられるかもしれない。


「でも、俺は……!」


 ヴァサゴの叫びで心を乱されたせいか、俺は決断を下せずにいた。

 相手は支配者クラスとはいえ、たったの1柱。配下のヴァサゴがいるとはいえ、こちらが全員でかかればアスタロトを渡さずに済むかもしれない。

 だがその決断は、この場にいるみんなを危険に晒す事になるし、ここを乗り越えられとしても……その後はアリエータとの全面戦争が待っている。

 間違いなく、現状のユーディリアに戦争に耐えうるだけの余力は無いだろう。

 だとしたら、ここはヴァサゴの言う通りに、アスタロトだけの犠牲で――


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