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50話 絶望降臨


「あー、うん。じゃあ、ベリトの事はこれからGちゃんって呼べばいいかな?」


 Gとそのまま呼び捨てると例の虫を連想してしまう為、俺は苦肉の策としてそう提案してみた。他にもGっち、とか、Gたんとかも考えてはみたが、しっくりくるのはやはりGちゃんだろう。


「うぇひぃっ! Gちゃん!! ああっ! なんて美しい響きなのかしら!!」


 これで彼女が気に入らなければ他の案も考えたが、ご覧のように大層喜んでいるようだし……ひとまず彼女のあだ名は、Gちゃんで良いか。


「どこが美しい響きなのよ。爺ちゃんみたいで、おかしいじゃない」


「ベリトが……Gちゃん? むむむむ? どうしてそうなるんですか?」

 

「まぁ、大事なのは【なんて呼ぶか】じゃなくて、【どう呼ぶか】だからさ」


 愛情たっぷりに名前を呼び、呼ばれ合う関係になれればそれでいい。

 最終的には、長年連れ添った熟年夫婦みたいに、名前を呼ばずとも心から通じ合えるようになる事が俺の目標でもあるしな。


「あやや、ベリト氏の感性がアレなのは今に始まった事ではありませんからね」


「むぅん、全くだ。そんな暇があれば、腹筋を一万回した方が有意義だぞ」


「……なんだかとっても失礼な事を言われている気がしますけれど、大目に見ますわ。なにせ今夜のワタクシは、とーっても幸せなんですもの!」


 呆れた顔でドレアとキミィが両肩を竦め、それを受けたGちゃんが一瞬不機嫌そうに眉を顰めるも……すぐに破顔し、朗らかな笑顔の花を咲かせる。


「ぷっ、くくっ、あっはははは! 何よ、そのアホ面? バッカみたい!」


「くすくすくす、なんだかよく分からないですけど! 楽しいですー!」


「あやーはっはっ! ベリト氏が普通に笑う姿なんて初めて見ましたよ! いつもは気持ち悪い笑い声を発していて、その美貌が台無しとなっていたものですが!」


「フハハハッ! 良い事を言うな、ベリト。だが、幸せなのは吾らとて同じだ!」


 そんな彼女の表情に毒気を抜かれたのか、他の魔神少女達もつられたように次々と笑い始め、月明かりに照らされた黄金のステージは一段と活気を増していく。

 笑いすぎて目尻に涙を浮かべたり、苦しそうにお腹を抱えたり。

 それぞれが、他愛の無い話で笑い合い、仲睦まじく話す光景はまさしく、俺がいずれ作り上げようとしているハーレムの原型――その雛形だと言えよう。


「……あれ? ヴァサゴ?」


 しかし、現状を俺の理想だと形容するには、未だ重大な欠陥が存在していた。

 

「…………元、マスター」


 せり上がった黄金の床の端に立ち、輪の中に入ろうとはしないヴァサゴ。

 彼女は先程、アスタロトが変貌した理由の考察を口にした後から一切言葉を発さずに、抱き抱えているアスタロトの寝顔をじぃっと見つめていた。

 そんな彼女が俺に名前を呼ばれた瞬間、またしても悲痛そうな顔で俺に視線を送ってきたものだから……俺はますます、彼女を放っておけなくなる。


「そんな隅にいないで、お前もこっちに来いよ」


 彼女が俺達と距離を置く理由がパッと思い浮かばなかったので、ひとまずは一歩足を踏み出して彼女に優しく声をかけてみた。

 だが、そんな俺の行動は逆効果だったようで――


「……近付かないでください! 元マスター……!」


 両の目に涙を滲ませながら、鋭い目付きで声を張り上げるヴァサゴ。

 そのあまりの迫力に俺はすっかりたじろぎ、思わず足を止めてしまった。


「え? あっ、それはちょっと……いや、かなり、心にクるなぁ」


 かつて、元の世界で学校に通っていた頃。

 俺が女子に近付こうとすると、よくこんな風に拒絶の意思を示されたものだが、今のヴァサゴの態度は、そんな俺の苦い記憶を呼び覚ますものだった。


「違う……そうじゃ、ないっ!! ヴァサゴは、ヴァサゴは……っ!!」


 ガックリと項垂れた俺に、ヴァサゴは必死な態度で何かを告げようとしている。

そんな彼女の必死な訴えを受けて、俺が頭を上げた……その刹那。


「なんだか楽しそうね。妾も、仲間に入れて貰えないかしら?」


「……っ!?」


 聞き慣れない少女の声が、どこからともなく聞こえてくる。

声質自体は、まるで鈴を鳴らしたように軽やかで華やかなものであったが……不思議な事に、俺は全身を襲う異常なまでの不快感に身を震わせてしまった。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……まぁ、凄い。こんなに大勢の魔神が集まっているなんて、昔を思い出して嬉しくなっちゃうわ」


 その少女はまるで、最初からそこに存在していたかのように何気なく、ひょっこりと――アスタロトを抱き抱えるヴァサゴの背後から、姿を現した。

 両肩に手を乗せて、プリクラを撮る時に女子がよくやるポーズに近い体勢で……ニコニコと微笑んでいるその少女が何者なのかは、分からない。


「あ、ぁぁ……っ、どうし、て……アナタ様が、ここに?」


「あらあら? みんなして、急に震え始めてどうしちゃったの? こんな風に夜風に当たっているから、寒くなっちゃったのかしら?」


 だけどこれだけは言える。

 かつて、ユーディリア城にマルファスとヴァサゴが唐突に姿を現した時でさえ、俺は彼女達を敵だとは認識しなかったし……今もなお、さっさと同盟を結んで彼女達と一刻も早くイチャイチャしたいと思っている。

 しかし、外見はまず間違いなく、これまでに出会った女の子達の中でも指折りの美貌を持つ、この目の前の少女に対しては――そうじゃない。


「あっ、妾ったらいけないわ。久しぶりの再会を喜ぶよりも、まずは初めましてのご挨拶をしなくちゃいけなかったわね!」


 明るげな表情も、声も、態度も、その全てが彼女の美しさを引き立てており、本来の俺ならばすぐにでも、彼女を口説きにかかる筈だというのに――


「初めまして、新たなソロモン様。妾の名前は――」


 目には見えなくても、本能で感じ取ってしまうドス黒く邪悪なオーラ。

 俺の前に立っている彼女は、美少女であって美少女ではない。

 そんな風に俺の胸の奥で、何かが警鐘を鳴らしたせいだろう。


「始まりの魔神。そう言えば、思い出してくださる?」


「お前が……バエルか」


 この時、俺は生まれて初めて美少女に対し……負の感情を抱いてしまった。


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