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47話 ファーストキスのチャンス


「さて、と。それじゃあ改めて……もう一回、しっかり挨拶しておこうか」


「はいっ! アナタ様!」


 俺が向き直ったのを見て、アスタロトもまた同じように立ち上がって俺の方へと体を向けてくれる。ギリシャ神話の女神を思わせる、純白の布を巻き付けただけみたいな、あの格好(名称はよく知らない)を着こなすその姿は、これまでの魔神少女達とは美のベクトル……どこか恐れ多さを感じさせる美貌だ。

 肉付きはちょうどいい塩梅で、巨乳ではなく美乳タイプといった感じか。


「助けるのが遅くなって、ごめんな。俺の名前は根来尊。好きなものは可愛い女の子で、夢は可愛い女の子がいっぱいのハーレムを作る事。当面の目標はソロモンの魔神全員と契約&いちゃいちゃして、この世界を平和にするってところかな」


 アスタロトの分析もほどほどに、俺はざっくばらんに自己紹介を行う。

 いつもならこの辺りで、頭上のベリアルに髪を引っ張られたりするけど、幸いにも今のアイツはフェニスに抱き抱えられている。

 

「ご丁寧に、ありがとうございますアナタ様。魔神の多くは反対しそうではありますが、私は男らしくて素敵な夢だと思いますよ」


「おおっ! 分かってくれるのか!?」


「はい。ソロモンの魔神序列第29位、公爵クラスの魔神アスタロト……これからはアナタ様の為に命を尽くし、生涯の伴侶となる事をここに誓います」


 そう言って、アスタロトは俺の胸元に寄りかかるようにして飛び込んでくる。

 これほどの絶世の美女に、こんな事を言って貰える日が来るなんて……


「……ここ、なのか?」


 そしてふと、とある考えが俺の脳裏によぎる。

 命を賭けたアスタロトの救出作戦に成功し、涙混じりの彼女に俺のハーレムプランを受け入れて貰う事ができたこの瞬間こそ!

 念願のファーストキスを行うに相応しい、ムードではないだろうか!?


「うっ……」


「……アナタ様?」


 上目遣いに顔をあげて、潤んだ瞳のまま小首を傾げるアスタロト。

 一秒か、それとも十秒か。

 永遠にも感じられる数秒の沈黙の後、アスタロトはスッと瞳を閉じた。


「っ!?」


 そんなアスタロトのキス待ち表情を目にした瞬間、俺は決意を固めた。

 ここで俺は、大人の階段へと足を踏み入れるのだと。


「アスタロト……っ!」


 その華奢な両肩に手を置き、俺は少しずつ顔をアスタロトに近付ける。

 外野からは、絶叫にも似た悲鳴が聞こえるような気もするが……今の俺にはもう、アスタロトとのキスしか頭に入ってこない。

 この桜色で艶やかな唇に、俺は……俺は――!!


「くかー」


「……へぁっ!?」


 残り数センチで、俺とアスタロトの唇が重なり合おうとしたその時。

 突然、アスタロトがその口を僅かに開いていびきをかいたものだから、俺はびっくりして思わず仰け反ってしまった。


「すぅ……すぅ……すぴー」


「え? えええっ!?」


 更にそれから、アスタロトは俺の体に体重を預けたままズルズルと、力なく床の上へと滑り落ちていく。一応、体をぶつけないように支えて、ゆっくりと床の上に寝かせてはあげたのだが。


「むーふー? アスタロトがおネムしちゃいましたよ?」


「あやややー。きっと、お疲れだったのでしょう。それに、ようやくこうしてゆっくりと休める体に戻れたのですから、気が緩んでしまうのも仕方ありませんね」


「あー……良いムードだったけど、そういう事ならしょうがないか」


 格好のファーストキス機会を逃した事を惜しみつつも、可愛らしく寝息を立てながら気持ちよさそうに眠るアスタロトの頬を軽く撫でる。

 彼女が誰のせいであんな姿になったのかはまだ聞けていないが、こうして俺と契約を交わした以上は……これからは俺が、この愛らしい寝顔を守らないとな。


「っと、そういえば! フェニスとの魔神憑依はいつの間に解けたんだ?」


 アスタロトが眠りに就いた後、こちらへと近付いてきた少女達の中で唯一不機嫌そうにふくれっ面をしているフェニスの顔を見て……俺は疑問を抱いた。

 俺がクローズと唱えない限り、魔神憑依は解けない筈なのに。


「アンタが気を失ったからよ。アンタの力でアンタの体の中に入っているんだから、アンタの意識を失えば、そりゃあ憑依も解けるわ」


「ほう、そうなのか。今後の事も考えて一度、魔神憑依についてちゃんと勉強する必要がありそうだな」


 魔神の力を借りて、その真価を引き出す魔神憑依。

 その制約や効能をしっかりと抑えておけば、それはきっと大きな武器になる。

 ハーレム作成は勿論、セフィロートを統一する為にも、俺はもっともっと強く、立派な男に成長する必要があるのだ。


「ま、そういう系の話は追々でいいか。焦る必要も無いし」


「好きにすれば? 少なくともアタシは、もう二度とアンタに憑依するのなんて嫌だからね。ちゃんと、覚えておきなさいよ」


 フェニスはそう愚痴りながら、ずっと抱き抱えていた赤いぬいぐるみを俺の前に差し出してくる。心なしか、そのぬいぐるみの表情はいつもより明るい。


「よいしょっと。ほら、お前専用の特等席だぞ」


 受け取ったぬいぐるみ――ベリアルを、ポイッと投げて頭の上に乗せる。

すると、その定位置に戻る事を待ち望んでいたらしい彼女は……


「……フフフ。やはり、今の儂にはこの場所が一番じゃのぅ」


 鼓膜の奥まで蕩けさせるような甘ったるい声で、喜びの言葉を漏らした。


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