46話 幸せな目覚め
「……んっ?」
俺はつい先程、アスタロトを救う決意を新たに……全ての余力を振り絞った。
何度死のうとも、耐え難い苦しみを味わおうとも、絶対に諦めない。
確かにそう誓った筈なのに、またしても俺の視界は真っ暗な闇に閉ざされている。
「んんっ?」
どれだけ待ってみても、なかなか元の世界へと戻らない。
という事は、遂に蘇生の力が追いつかなくなったという事だろうか。
「ふざけんな! 冗談じゃねぇぞ!」
俺の心はまだまだ、折れちゃいないんだ。
こんな場所で、何もできずに終わるなんて認められるか!
「俺は必ず、アスタロトを救うんだ!! さっさと元の世界に戻るんだ!!」
この憤りを誰にぶつけていいのかも分からず、ただ闇雲に声を荒らげる。
そんな叫びをどれほど繰り返した後だろうか。俺はふと、違和感に気が付いた。
「はぁっ、はぁっ……待てよ? 何かおかしいぞ」
アスタロトが放つ毒の瘴気で死の淵を彷徨えば、筆舌に尽くしがたい胸の痛みや、耐え難い程の寒さによって苦しむ事になる筈だ。
しかし、さっきからそういった嫌な感覚を一切感じない。
それどころかむしろ、心地の良いポカポカとした暖かさが俺を包み込んでいる。
「……違う。ここは、あの世なんかじゃない」
ああ、そうか。思い出した。
俺はアスタロトを救う為に無理をし過ぎて、今は――
「ふふっ、お目覚めですか?」
「ああ。今までに無いほど、幸せな目覚めだよ」
暗く閉ざされ、朦朧としていた意識から覚醒し、俺はゆっくりと瞼を開いた。
それから段々と、自分に何が起きたのかを順々に思い出していく。
なんとかアスタロトの紋章を見つけ出し、そこに触れて契約を交わしたまでは良かったものの――俺は力を使い果たしたせいで、倒れてしまったのだ。
そしてここからは推測だが、倒れた俺を気遣い、膝枕をしながら介抱してくれていたのが……俺の眼前で微笑みを携える彼女なのだろう。
「アスタロト。噂通り、君はとっても美人だね」
俺の顔を覗きもうとして長く垂れ下がったアスタロトの美しい金髪が、俺の鼻先をくすぐる。
その美しさは、ベリトが惚れ込むのも当然なレベルであり、更には苺のように甘い香りまで漂わせている。
アスタロト自身も当然、その金髪を持つに相応しい絶世の美少女であり、優しさを感じさせる垂れ目にはスカイブルーの瞳が活力に溢れて輝きを放っていた。
「なんとも、勿体無いお言葉……嬉しく思います。そして何より、私の為に身を挺して下さったアナタ様をとても愛おしく感じます」
桜色の頬の上に涙を流しながら、アスタロトは俺の右手を両手で包む。
既に再生こそしているものの、一時はドロドロに腐り落ちかけていた俺とアスタロトの手が、今はこうしてしっかりと握り合える。
そんなアスタロトの白くて細い手から伝わる温もりが、ギュッと俺の手を掴む力の強さが……俺が彼女を救い出せた事の、何よりの証拠であった。
「なぁ、アスタロト。君は――」
「みぃぃぃぃぃこぉぉぉぉぉとぉぉぉぉぉさぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁっ!!」
俺が再度アスタロトに声を掛けようとした矢先。
耳を劈く程の大声を張り上げ、俺とアスタロトの顔の間に頭をニュッと割り込ませてきたのは……涙と鼻水で顔をずぶ濡れにしたデジャブ感満載のルカであった。
「むふぅー!! むふふぅぅぅ!! むぅぅぅぅぅふぅぅぅぅぅっ!!」
「おー、よしよし。どうしたどうした? お前、また泣いてるのか?」
俺の胸に顔を押し付けるようにして抱き着いてきたルカの頭を、俺は撫でる。
ルカは頭を……特に角を優しく撫でられるのが好きみたいだからな。
「ずびばっ、ぜんっ! ずびぃっ! でもぉ、今度ばかりは本当に心配で……!」
顔を上げたルカは、なおも酷い表情であったが、彼女の愛らしさはその程度で損なわれるものじゃない。相変わらずの、愛くるしい子だ。
「んふー……ですから、もっともっと私の頭を撫でてくださいねー?」
「あややややっ!! いけませんよ、フルカス氏!! 今はアスタロト氏とミコト氏の感動の再会シーンなんですから! 邪魔をしては駄目でしょう!?」
「むぅんっ! 吾らと共に、隅で様子を見守ると話し合ったではないか!?」
「んぐぁっ!? ちょまっ! はーなーしーてーくーだーさーいー!!」
俺に頭を撫でられ、すっかり気分を良くしていた様子のルカだが、すぐに駆け付けてきたドレアとキミィによって引きずられていく。
それにつられて視線を横に向けてみれば、そこには満面の笑みでドバドバと鼻血を垂れ流しているベリトと、不愉快そうな表情でベリアルを抱き抱えているフェニス。そして、真顔のままこちらを見つめているヴァサゴの姿もあった。
「うぇひっ、ひひひひひひっ、ひっ、ひひーっ……うぇひひひひひひっ!!」
「アタシだって頑張ったのに、結局美味しいところは他の子が持っていくのよね」
「……元、マスター。良かった」
それぞれ何やら呟いてはいるものの、ドレア達の言う通りアスタロトに遠慮しているのか、こちらへ近付いてくる気配は無い。
まぁ、約一名はそういう次元とは別の領域に到達している気がしなくもないが。
「皆さん、お気を遣って頂かなくても構いませんのに。私がこうして無事でいられるのは、アナタ方のお陰でもあるのですから」
全て本心からの言葉なのだろう、アスタロトの表情には感謝の笑みが浮かんでいる。俺はその愛らしい笑みに見惚れつつも、ひとまずは立ち上がる事にした。
「よっこらしょっと。まだ少し腕が痺れているけど、大丈夫そうだな」
ちょっとだけ体の事が気になり、手をグー、パーと開いて感触を確かめてみるが、問題なく動く事を確認。いやー、しばらく感覚を失っていたせいか、こうして自由に全身を動かせるのは気持ちいい。
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