45話 繰り返される死の苦痛
「~~~~~っ!?」
痛い!
痛い、痛い、痛い、痛い!!
「っくぁぁぁぁ……!」
炎に焼かれているかのような痛みが、指の先から一気に肩まで押し迫ってくる。
その想像を絶する痛みに、思わず腕を跳ね上げそうになるものの……俺の右腕は俺の意思に従う事はない。というより、動かしたくても動かないのだ。
(ミコト! 苦しんでいる暇は無いわよ!!)
「くっ、うぅ……!! 分かって……るさ!!」
痛みで意識が朦朧としかけるも、脳内に響くフェニスの声だけはハッキリとしている。俺は歯を食いしばりながら、残った左腕で動かなくなった右腕を掴む。
「いっ、けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
左腕で右腕を操り、俺はアスタロトの体の上で手のひらを滑らせる。
もはや痛みのあまり、俺の手がアスタロトに触れているかどうかの感覚を感じ取る余裕は無い。しかし、それでも俺はこのまま――
「……あっ」
その時、突然プツンと。
視界全てが真っ暗になる。
「なんだ……これ?」
何が起きているのか、理解が追いつかない。
ついさっきまで、激しい痛みを堪えながらアスタロトを救おうとしていたのに、俺はいつの間にか何もない空間に立っていた。
「……寒い」
状況を認識しようとするが、いきなり全身を包む異常な寒さに襲われる。
いや、これは周りが寒いというよりは……俺の体温がどんどん、下がっているような感じだ。冷たいプールから上がった後の、体が冷える感覚に近い。
「くそっ! くそっ……!」
更に追い打ちをかけるように、胸の奥から大きな不安感がこみ上げてくる。
寂しさ、切なさ、悲しさ。それらがグチャグチャに混ざったような感情は、さっきまでアスタロトを救おうと決意していた俺の熱意を急速に冷ましていく。
「まさか、これが……」
力なく膝を折り、震えを止める為に両肩を抱いたところで理解する。
俺は今、死に向かって……?
(ミコト!! 何をやってんのよ!! まだ一回目でしょうが!!)
「はっ!? はぁっ、はぁっ……!!」
脳内に響くフェニスの怒声で、俺は我に返る。
暗闇の世界から一転。元の世界へと意識を取り戻した俺を待っていたのは、絶え間なく走る右腕の激痛と、鼻をもぎたくなる程の悪臭。
(腕が止まってるわ!! 次の死まで時間が無いんだから、早く手を動かして!)
「わ、分かった……!」
見れば、肩口まで腐敗が進行していた俺の右腕が再び綺麗な状態に戻っていた。
どうやら、瘴気の影響で俺は一度死にかけ……再生の炎の力で、死の淵から舞い戻ったらしい。そして、その治った傍からまたも、俺は死へ向かい始めている。
「ぐぅっ、ぁぁぁぁ……!!」
歯を食いしばっていなければ、あっという間に気を失いそうになる程の痛み。
奥歯がギリギリと軋む音を立てるのと、腐りかけている俺の右腕を無理やり動かす左腕の指先がブチュリとローブ越しに肉を押し潰したのは……ほぼ同時。
「……え?」
またも、俺は暗闇の世界にいた。
瞬きすらしていないほんの一瞬の間に、いとも容易く、呆気なく、俺は死んだ。
正確にはまだ死んでいないのだろうが、それでも仮死状態なのは間違いない。
そして恐らくここは、死んだ人間が行き着く先の手前。
日本風に言うなれば、三途の川の手前ってところだろうか?
(ミコト!! 頑張りなさい!!)
「っぁ!? うぐぁ、はぁ……っ!!」
そして、またすぐに俺は元の世界――アスタロトの目の前に戻される。
切り替えに一切の段階が無いので、俺の意識は振り回されっぱなしだ。
「何度、でもっ! 生き返ってぇ……やらぁっ……!!」
額には滝汗が浮かび、いつしか髪の毛は風呂上りのようにビシャビシャ。
相変わらず、激しい痛みは和らぐ事なく俺を苛むが、この苦しみから解放されるにはアスタロトを救うしか方法は無い。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
力を篭める。必死に、何回も、原型を失ったアスタロトの体を撫でる為に。
しかし、これだけ頑張っても、痛みに耐えても……俺が触れた部分は未だ、全体の二十分の一にも満たないだろう。その事を考えれば、この行為が終わりを迎える時は、気が遠くなる程に遠いように思えて仕方ない。
「ぉぉぉぉぉ……ぉぉぉ、ぉ、ぉ……」
腐っていく右腕を左腕で無理やり動かし。
毒が全身に回り、仮死状態となって死後の世界へ意識が飛ばされる。
そこから再生が発動し、元の世界へと意識が戻ってくる。
こんな工程を、どれほど繰り返しただろうか。
「ぉ……ぉ」
百回か。千回か。
いいや、きっと未だ十回にも満たない筈だ。
それなのに、俺の心はすっかり摩耗し、疲弊し、呆気ない程に折れかけていた。
(まだよ、まだ諦めちゃダメよ。もう少しなんだから!!)
「………」
フェニスの励ましの声が、ギリギリで俺の理性を繋ぎ止めている。
もし、それが無ければ、俺はとっくにアスタロトを見捨てていたかもしれない。
そう確信してしまうくらい、この痛みは、苦しみは、常軌を逸していた。
「…………もう、無理、なのか、な」
意識を朦朧とさせながら、俺は思う。
ベリトは、キミィの試練を乗り越えたのなら、この苦痛に耐えられる筈だと言っていた。しかし、こうして実際に体験している俺には……とてもそうは思えない。
確かに、死後の世界の感覚は、キミィによって勇気を失った時に感じた孤独感や喪失感、無力感などに似ている。正直、二度と体験したくないものだ。
だけど、何度も死んで生き返り、死後の世界とこの世を行き来するうちに、俺は気付いてしまった。
この世界に戻ってきたら痛みがある。でも、あっちの世界では痛みが無い。
「ごめん、俺は……やっぱり」
よく、映画や漫画なんかで……死にかけている敵に、楽にしてやると言ってトドメを刺す事がある。ようするに、アレと全く同じなんだ。
(ちょっと!? 再生力が弱まってるわよ! アンタの精神が能力の原動力なんだから、これ以上弱気になったら再生が追いつけなくなるわ!!)
俺が生き返る事をやめてしまえば、もう苦しみを味わう必要も無くなる。
だからこれ以上は、もう頑張らなくても――
「頑張ってくださいミコト様ぁっ!!」
「……?」
声が聞こえる。
体の内から響く、フェニスの声とはまた違う声。
「ル、カ……?」
もう何度目になるか分からない蘇生を経て、磨り減った俺の精神は、かろうじてその声の主を判別する事ができた。
そして、溢れる涙で滲む視界の端に……俺は、彼女達の姿を捉える。
「あややややっ! ミコト氏ならば、必ずやり遂げられます!!」
「ぬぅぅぅんっ! せめて、吾の旗で勇士に力を貸そう!!」
「……今世のソロモン。ワタクシは、アナタを信じていますわ」
「元マスター……負けちゃ、駄目」
心配そうに、不安げに、俺への応援を投げかけてくる美少女達。
そうだ。この世界には、この子達がいる。
痛みも苦しさも、どんな辛い事だって……この子達の為なら耐えられる。
俺は、そういう人間じゃないか。
「……当たり前、だ」
キミィの旗の力のお陰か、それとも俺のくだらない野望が勇気をくれたのか。
どちらにせよ、俺の折れかけていた心に闘志の炎が再び灯った。
「綺麗な金髪……見せて、くれよ。すっげぇ楽しみに、してるんだぞ……っ!」
もはや、右腕だけじゃなく……全身の感覚が無い。
それでも、俺の体はアスタロトを救う為に動く。
精神力や心の力を超えた、俺の胸の奥で滾る美少女への想いが、魂が。
「早く元に戻って!! 俺とイチャイチャしてくれぇぇぇぇぇっ!!」
奇跡を起こす、その瞬間まで。
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