44話 死んでも助ける
「それじゃあ、フェニス! 早速、魔神憑依しようぜ!」
「お断りよ」
「えええええええええっ!?」
この流れから断られるとは思っていなかったのに、返事はまさかのお断り。
フェニスめ、こんな時までツンデレを発揮しなくてもいいじゃないか。
「……何を勘違いしているか分からないけど、別にアンタとの魔神憑依が嫌なだけじゃないわよ。アスタロトの命が掛かっているのに、我儘なんて言わないわ」
「それなら、どうして断るんだよ?」
「当たり前っちゃ当たり前だけど、一度も死んだ事の無いアンタに忠告してあげるわ。死の淵から生き返るというのは、そう簡単なもんじゃないの」
先程から、いつになく真剣な声色のフェニスだったが……ここに来て更にその声に重みが増したように感じる。
有無を言わさぬ迫力があるというか、説得力があるというか。
「アタシはすっかり死に慣れているけど、アンタはそうじゃない。命が尽きて死に向かっていく感覚を何度も繰り返すなんて……普通の人間なら、精神が壊れて廃人になりかねないわ」
「そ、そんなに酷いのか?」
「そうよ。それにいくら再生できるとは言っても、致命傷となる毒のダメージそのものを無効化しているわけじゃないから、その激しい痛みや苦しみは絶えずアンタを襲い続ける事になるのよ」
フェニスの忠告の言葉で脳裏に思い浮かぶのは、少し前にカプリコルムの瘴気で苦しんだ時の記憶。ほんのちょっぴり、瘴気を吸い込んだだけであのザマだ。
もし、直に瘴気に触れたとしたら……その痛みは一体どれ程のものなのか。
「悪い事は言わないわ。もっと他の方法を……」
この方法は最善ではない。
前世の俺ならきっと、簡単に紋章の位置を当てて、魔法陣を使った契約でアスタロトを助け出してみせたのかもしれない。
でも俺は、ソロモンじゃなくて根来尊だ。
そんな方法は使えないし、そもそも……今この瞬間。苦しんでいる女の子を前にして、ただ手ぐすね引いているわけにはいかないんだ。
「なぁ、フェニス。俺はやっぱり、アスタロトを救いたい」
結局のところ、根来尊が導き出す結論はこれしか無い。
「だから俺は、アスタロトを救う為なら何度だって死んでやるよ。ううん、アスタロトだけじゃない。俺の大切なお前達を守る為なら、俺はなんだって耐えてやる」
たとえそれがどれほど苦しい道であったとしても、俺はこの選択を選ぶ。
目の前の美少女を、俺のハーレムに加わる……大切な女の子を。
「ごめんな。お前が俺を凄く心配してくれている気持ちはすげぇ嬉しいんだけど」
「は、はぁっ!? 別に、誰もアンタの事を心配なんてしないわ!! アンタをいつかぶっ殺すのはアタシだから、ここで死なれたら困るだけよ!!」
「フェニス……」
「だから、その……絶対に、耐えてみせなさいよね。そうしたらいつか絶対に、アタシがアンタをぶっ殺してあげるんだから」
「おう。任せておけ……ゴエティア!」
これこそまさに、王道と言わんばかりのツンデレを披露するフェニスの可愛さに心癒されながら……俺は右手にゴエティアを出現させた。
「ええっと、ここから魔神憑依するには……っと」
俺はゴエティアの中に記されている魔神フェニックスのページを見つけ出して開くと、そこに指を這わせて、憑依の為に必要となる呪文を唱える。
「フェニックス、オープン! 汝の力を我が物とせよ!!」
「あーあ。まさかこんなに早く、アンタに憑依する事になんてね」
俺が呪文を唱えてなお、ぶつくさと文句を垂れていたフェニスであったが、その体はすぐに眩い光の粒子となって消えていく。
そうして発生した光は、まるで俺の体に溶け込むように吸い込まれ――
「おっ、おっ? おおおおおっ!」
フェニスを憑依した直後、俺の背中がポカポカと温かくなる。首を回して三見てみると、フェニスのものとよく似た形状の炎の翼が背中から生えていた。
少し違うのは、紅い炎に混ざって金色の光がバチバチと迸り、両翼に模様のようなものが浮かび上がっているところだろうか。
「むふぅー!! ミコト様!! なんだかすっごくイケてます!!」
「うぇ、うぇひひひひっ!! 金色の炎の翼、なんて美しいんですのぉ……!」
俺が翼の具合を確かめていると、後ろから興奮した様子のルカがぴょんぴょんと跳ねて、ベリトの方はカサカサと左右に反復横跳びをしていた。
残るドレアとキミィは感嘆しているように無言で拍手を。そして、アスタロトの姿が顕になってから一言も喋らなくなったヴァサゴは……
「元マスターの、無事を……祈っています」
俯き続けていた顔を上げ、光を失った瞳で俺を見つめてくる。
本当なら、すぐにでもその理由を訊ね、詳しい話を聞きたくてしょうがない。
だけど今はまだ、他に優先させるべき事があった。
(ちょっと! いつまでボーッとしてんのよ!! アンタの中に憑依するなんて最こ……じゃなくて、最悪なんだから! さっさと終わらせるわよ!)
「ああ、ごめん。アスタロトをいつまでも、待たせておけないよな」
俺と一心同体となっているフェニスが、体の内側から急かしてくる。
彼女の言う通り、急いで終わらせよう。そうすれば、アスタロトもすぐに楽になるし、ヴァサゴの抱えている悩みについて訊ねる機会が早くなるからな。
「そんじゃ、行ってくるよ」
俺はルカ達に一度視線を投げてから、背中の翼をはたかめかせて宙に浮く。
翼を使って飛んだ事は一度も無いのに、不思議にも飛び方は頭の中に入っていた。
「よう、待たせちゃってごめんな。アスタロト」
「…………」
宙に浮かんだままアスタロトに近付き、話しかけてみるが、アスタロトからの返事は無い。恐らく、自分が何か話す度に吹き出す瘴気の事を考えて、無言を貫く事を決めたのだろう。
「これからお前の体をサワサワしちゃうけど、勘弁してくれよ」
一応の断りを入れると、微かにだがアスタロトの体がピクリと揺れる。
俺はそれを了承の合図と受け取ると、翼を畳んで彼女の傍に膝を下ろした。
(ここからは気合を入れなさいよ、ミコト。油断しているとあっという間に意識を持って行かれちゃうんだから)
「女の子の体に触るのに、気合が入らないわけが無いだろ」
頭の中で語りかけるフェニスに対して気丈に答えるも、俺の右手は少し震えていた。そんな俺を見かねたのか、頭上のアイツがペチペチと俺の頬を叩く。
「案ずる事は無い。儂が付いている限りはな」
「へぇ、そいつは期待してよさそうだ」
小さな司令塔に励まされ、俺は開いた手のひらをアスタロトに向けてかざす。
ここで俺が凄まじい痛みでもがき苦しもうが、それがなんだって言うんだ。
九百年近くも俺を待ち続けて、辛い日々を耐え忍んできたアスタロトに比べれば、全然大した事じゃない。
「よし。まずは……ここから失礼して」
ゆっくりと、ぬらぬらと紫色に光るアスタロトの体に右手を近付ける。
そうして遂に、俺の指先がアスタロトに触れた瞬間――
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