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43話 俺に良い考えがある


「俺が……死ぬ、だって?」


 アスタロトの体を元に戻す為、彼女と契約を交わそうとした矢先。

 そんな俺を引きとめるかのように立ち塞がったのはフェニスであった。


「むふがぁー! フェニス! ミコト様が死ぬなんて、縁起でもない事を言わないでくださいっ! また串刺しにしちゃいますよ!?」


「馬鹿二号は黙ってなさい。ミコト、お願いだからアタシの話を聞いて」


「フェニス……ああ、分かったよ」


 フェニスがなぜこんなにも、必死に俺を引き止めるのか。

 まずはしっかりと、その言い分を聞くところから始めよう。


「ベリトの言っている事は、恐らく間違っていないわ。アンタがアスタロトと契約を交わせれば、あの子が元に戻れる可能性は高いわよ」


「ええ、そうですわ。ですから、早く契約を――」


「契約を交わす為には呪文による契約か、魔神に紋章に触れる直接契約のどちらかしかないわ。でも、呪文契約はミコトには出来ないし……そもそも、今のアスタロトには呪文契約の際に必要な誓いを立てられないでしょ?」


 そういえば、俺は今までずっと直接契約でしか魔神と契約を交わして来なかったけど……本来なら、呪文を使った契約を行うんだっけ。

 でも、その事が今の状況とどう関係するのだろうか?


「つまり、ミコトがアスタロトと契約を交わすにはあの子の体のどこかにある紋章に直接触らないといけないのよ」


「むふー? それくらいなら、簡単に……あっ! ああああああっ!!」


 ルカが何かに気が付いたように叫んだのと同時に、俺も理解した。

 今のアスタロトと直接契約を交わす事の困難さに。


「こんな事はあまり言いたくないけど、現状のアスタロトはぐちゃぐちゃの肉塊状態よ。肌も腐敗して変色しているし、紋章の位置を見つけるには、あの肉塊の全身をくまなく撫で回さないといけなくなるでしょうね」


 そうだ。人の形を失ったアスタロトの体は、その殆どが黒ずんだ紫色になっており、とてもじゃないが紋章の位置を肉眼で確認する事は不可能だ。

 かといって、彼女が自分の紋章の位置を口頭で説明できるとも思えない

 となれば、フェニスの言うように俺がこの手でアスタロトの全身の中から紋章の位置をしらみ潰しで見つける他に道は無いだろう。


「だけど、アスタロトの体からは絶えず毒の瘴気が出ているのよ。いくらあの子が抑えてくれていたとしても、生身の人間であるミコトが触れれば……」

 

「だっ、駄目ですっ! ミコト様が死ぬなんて、あってはならない事です!」


 フェニスの話を聞いて考えを改めたのか、バタバタと走り寄ってきて俺の腰に抱き着いてくるルカ。契約による制約のせいか、その力はとても弱々しい。


「はぁ。何を言い出すかと思えば……フェニックス、アナタには心底ガッカリでしてよ。このワタクシが、そんな当然の事を危惧していなかったとでも?」


 一方、俺にアスタロトとの契約を促したベリトは全く動じていなかった。

 というよりはむしろ、フェニスの話に呆れているといった感じだ。


「あ? 何よそれ。何か良い考えでもあるってわけ?」


「うぇーひっひっひ! 無論ですわ! その為の試練でしてよ! 今世のソロモンはここに辿り着くまでに、アンドレアルフス達の試練を乗り越えていますのよ」


「え? ドレアとキミィの試練……?」


 ドレアの試練は体のどこかにある紋章を見つけ出す事で、キミィは強い精神力を試す試練だった。今思えば、それらの試練はもしかすると――


「アンドレアルフスは少し手違いがあったようですけれど、特に重要なのはキマリスの試練の方でしたの。勇気を完全に失った状態から立ち上がれたアナタなら、きっと想像を絶する程の痛みと苦しみにも耐えられると信じていますわ」


「むーふー!? あの試練って、そういう意図で行っていたんですか!?」


 なるほど。ドレアの試練は特におかしいとは思っていたけど、全ては俺がアスタロトを救う実力を持っているかを試す為の試練だったわけか。 


「……随分と回りくどい真似をしてくれるじゃない」


「うぇーひっひっひっ!! なんとでも言うがいいですわ。ワタクシは、あの美しいアスタロトを救う為なら……鬼にも悪魔にもなりましてよ!」


「あややや、謀るつもりなどは無かったのですが。結果的にそのような結果になってしまった事をここで謝罪致します。しかしそれは全て、ミコト氏ならば手前め達の試練を無事に乗り越えると信じていたからでして――」


「むぅぅぅぅんっ!! 勇士よ、罰ならば後でいくらでも受けよう! だから、なんとしてもアスタロトだけは救ってくれ!」


「いやいや、だからそれはもういいって。全然気にしてないからさ」


 優雅に口元を扇子で覆い隠して笑うベリトはともかく、ドレアとキミィに頭を下げられるのは非常に心苦しい。

 そもそも、彼女達に悪いところなんて何も無いんだ。アスタロトを救う為に、その資格と実力が俺にあるのかどうか、確認しようとしただけなんだから。


「それでもやっぱりダメよ。アンドレアルフスの試練の時もそうだったけど、ミコトには紋章の位置を当てる力なんて無いのよ」


「……そうだな。正直、一発で当てるなんて無理かも」


「いいえ、それだけじゃない。仮に一発で当てられたとしても……その瞬間にアンタはあの世行きよ。ただの人間であるアンタに、この毒を耐え切る事は不可能だわ」


 そもそも、俺がアスタロトに触れる事自体が不可能。

 もしも触れてしまえば、俺の体はあの毒に侵され、確実に死ぬ。

 結局のところ、一発で位置を当てられようと……意味が無いのかもしれない。


「ベリト。アンタ、勿論そんな当然の事は危惧していたのよね?」


「うぇーっひっひっひっ!! 考えていませんでしたわ!!」


「アンタには心底ガッカリよ」


 額から冷や汗を流しながら高笑いするベリトと、呆れ果てた様子のフェニス。

 さっきとは立場の変わったやり取りを横目に、俺は考える。

 どうすれば俺は、アスタロトを救えるのか。

 彼女の体に触れれば、俺は死ぬ。それで彼女の命を救えるならば本望だが、その一回のチャンスで成功するかどうかは定かではない。

 だから俺の取れる方法はやっぱり、アレしかない。

 

「むふぅ。ミコト様、アスタロトは可哀想ですけど、ここは……」


「大丈夫だよ、ルカ。俺に良い考えがある」


 心配そうに俺の声を掛けてきたルカに笑顔で手を振り返し、俺は睨み合うフェニスとベリトの間に割って入る。


「あら、今世のソロモン。良い考え、ですの?」


「ああ。きっとこれなら、アスタロトを助け出せる。その為には、俺の大切な不死鳥さんに協力して貰う必要があるけど」


「不死鳥って……アンタ、まさか!?」


 俺が何を言いたいのかを察したのか、フェニスの顔が驚愕に彩られる。

 やっぱり、このアイデアはちょっと無謀過ぎたかな?


「俺がフェニスを魔神憑依して、アスタロトに触るんだ」


 魔神憑依。契約を交わした魔神を俺の体に宿して、その本来の力を引き出す力の事だ。ちなみに俺が今までに魔神憑依を使用したのは、ルカが最初で最後である。


「フェニックスを憑依……あっ! 不死の力をミコト様に宿せば、どれだけ死んだとしても生き返れます! それなら契約ができますね!!」


「そういう事。この方法を使えば、一回で成功しなくても虱潰しに紋章の位置を捜す事ができるから……絶対にアスタロトを救えるぞ」


 契約してハーレムに加える事ばかりを考えて、うっかり忘れそうになっていたけど……俺がその気になれば、魔神の女の子達の特殊な能力を扱えるんだ。

 その力を駆使して、俺はアスタロトを救ってみせる。


いつもご覧頂いたり、ブクマ登録をしてくださっている方は本当にありがとうございます。

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