表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/134

42話 予想外の対面


 ベリトの力により、黄金の箱の幽閉から解き放たれたアスタロト。

 72柱の魔神の中で最も美しい金髪を持つとされる彼女との対面を、俺は心待ちにしていた。

 永遠のように長い時間、囚われの身になっていた彼女を救い出す事で、運命的な出会いはやがて熱々な恋愛関係を生む。

 そんな能天気な考えを、浮かべていたというのに。

 彼女の姿を初めて目にした瞬間に、俺が取った行動は――


「うぷっ、うぅ……くぅっ……」


 吐き気を堪えながら視線を背けるという、最低のものだった。


「……無理もありませんわ。ですが、あまり褒められた態度ではなくてよ?」


 俺の反応を見て、抑揚の無い冷たい声を漏らすベリト。

 そんな事は、俺が一番よく分かっている。

 分かっているのに、それでも……俺の体は彼女の姿を視界に入れる事を拒む。


「えっ? はっ???? アレが……??」


「どういう、事? アレは一体、何なのよ!?」


 視線を逸らした先では、ルカ達が顔を青くしながら取り乱している。

 嫌悪感と動揺に満ちたその表情は、きっと今の俺と同じものなのだろう。


「あややや。アレも何も、彼女はアスタロトですよ。手前め達がかつて、嫉妬すら覚えた美貌の持ち主だった……あのアスタロトです」


「嘘よ! そんなわけないじゃないっ! だって、だってあんなの……!」


「むぅん。吾らも最初は、認めたくは無かった。だが、そこにいるのは間違いなくアスタロトなのだ。その現実は、いくら否定しようとも決して変わらぬ」


 フェニスを宥めるキミィの言葉を耳にして、俺は我に返る。

 そうだ。どれだけ認めたくない光景でも、それを否定したところで事態が好転するわけではない。俺はまず、受け入れる事から始めなければならないんだ。


「目を逸らさずに、彼女を見てあげて欲しいですわ。それとも、アナタにとって今の彼女は――見るに値しない存在なんですの?」


「ふぅ……ごめん。少し、気が動転しちゃって」


 呼吸を整え、俺はベリトに言われた通り、アスタロトへと視線を戻す。

 大丈夫。慌てる必要なんて、どこにもない。


「やぁ、アスタロト。初めまして、でいいのかな?」


 たとえ彼女が、人の姿を既に失い……ドロドロに腐って溶けたようなゼリー状の肉塊となっていたとしても。

 ところどころに、元は人型であった名残の部位が散りばめられ、そんなバラバラの手足や、口、目玉がもぞもぞと蠢いている……奇っ怪な姿であっても。

 

「こぷっ、ぷぉ、ぉ、ぷすぅ、うぇらぁぅ、ぉほもん、まぁ……」


「……っ!?」


 俺の呼びかけに答えようとしてくれたのか、アスタロトは口を微かに動かして声を発する。だが、それと同時にグチャグチャな肉体に空いた幾つかの穴からブシュゥッと紫色の気体が勢いよく吹き出してきた。

 その気体は立ち所に室内に充満し、とてつもない刺激臭を漂わせる。

 

「くっ……! これは、もしかして……?」


 咄嗟に鼻を押さえても、鼻腔と喉に鋭い痛みを与える刺激臭。その臭いの酷さは呼吸すら困難にさせる程の凄まじさだが……俺はこの臭いに覚えがあった。


「ええ、そうですわ。このカプリコルムを包んでいる毒の瘴気――その正体こそ、このアスタロトの体から溢れ出るモノでしたの」


 大昔は綺麗な湿地帯だったというカプリコルムを、魔神すらも立ち寄れない程の毒で満たした存在。その正体がアスタロトである事を、ベリトは明らかにする。


「今からおよそ千年前。当時のソロモンが姿を消し、多くの魔神達がユーディリアを去っていったあの頃。魔神同士の野蛮な争いに巻き込まれず、ただ穏やかに金を愛で続けたいと願ったワタクシは……このカプリコルムで身を隠していましたわ」


「その為に建てたのが、この屋敷って事か」


「ええ。そして、ワタクシと同じように争いを嫌うアンドレアルフスと、人知れず己を高めたいと修行の場を求めていたキマリスも居候する事になりましたの」


 前世の俺がいなくなった事で、散り散りとなった72柱の魔神達。そんな魔神達が巻き起こす争いから逃れる為に、彼女達は手を取り合ったのだろう。


「そうして、前世のソロモンがいなくなってからしばらくは平穏に暮らしていましたワタクシ達ですけれど……ある日、大きな変化が起きましたの」


 当時の光景を思い出しているのか、辛そうに目を伏せながら話すベリト。

 高飛車な話し方をする彼女だが、その心根はとても優しく、繊細である事がよく感じ取れる……そんな仕草であった。


「この屋敷に隠れ住んでから、百年近い時が経った頃でしたわ。ある嵐の夜、この屋敷へとやってきたのがアスタロトですの。全身を雨に濡らし、息も絶え絶えな彼女は……苦しそうに右腕を押さえながら言いましたわ。ソロモン様が戻られる日まで、どうか自分を匿って欲しい――と」


「匿って欲しい、ですって? アスタロトは誰かに追われていたの!?」


 黙って話を聞いている事に耐えられなくなり、疑問の声を上げるフェニス。


「当然、手前め達も事情を訊ねました。しかしアスタロト氏は、その事を告げた瞬間に倒れてしまい……それ以降、人の姿で目を覚ます事は無かったのです」


 そんな彼女の問いに対して、口惜しそうな声で答えるドレアの表情は暗い。

 見れば、ドレアの隣に並ぶキマリスも……拳を強く握り、やり場の無い怒りに身を震わせているようだった。


「気を失った彼女の腕は、先程ご覧頂いたように酷い有様でした。皮膚が紫色に変色し、グズグズに溶け始めていたんですからね。そしてその腐敗は刻一刻と体を蝕んでいき、あの美しい姿を一晩で……あんな異形の姿に変えてしまったのですよ」


「むぅんっ……! 必死に手当を施そうとはしたが、吾らの中に治療や回復の術に長けている者はいなかったのだ! なんという不甲斐なさっ!!」


「こぷぉっ、うぇおぅる……ぴぇらふぁぱらはりへっ……」


 キマリスの自虐を含んだ叫びに呼応するかのように、言葉になっていない声を漏らすアスタロト。もしかすると彼女は、キマリスを慰めているのだろうか。


「……不幸中の幸いだったのは、アスタロトの体から放たれる毒の瘴気がカプリコルムを天然の要塞へと変えてくれた事ですわ。それによって今まで、ワタクシ達は誰からも襲われる事なく……ソロモンの帰りを待ち続けられたんですもの」


「うぅ、確かにこの毒沼には誰も近寄れませんからね。ユーディリアに残った私達からしても、このカプリコルムのお陰でセフィロート南部からの侵略に備える必要が無くなって助かっていたくらいです」


 魔神ですら足を踏み入れたら死を免れない毒の瘴気。

 ルカの言うように、カプリコルムの毒はユーディリアにとっても、アスタロトを何者かの魔の手から匿うベリトにとっても都合が良かった事は間違いない。


「もっとも、アスタロトの毒は当然ワタクシ達にとっても有害ですわ。ですから不本意ながら、彼女の体はワタクシの黄金キューブの中に閉じ込め……溢れ出る毒は屋敷の敷地外へと排出していましたの」


「それに加えてアスタロト氏は、手前め達の為にこの毒の瘴気をコントロールしてくれていたのでしょうね。そうでなければ、いかに瘴気を外に排出しようとも、手前め達が暮らすこの屋敷が無事である筈がありませんから」


「ああ、それは間違いないよ。だってアスタロトは、俺達をここに呼び寄せる為に毒の瘴気を一時的に避けてくれたんだ。きっと普段から、お前達を守る為にその力を使っていたんじゃないかな」


 あの優しい声を持つ、アスタロトの事だ。

 自分を匿ってくれたベリト達を危険に晒すような真似はしないだろう。

 だが逆に言えば、そういった力を使っていた為に……俺と心で会話した時の彼女は余力を殆ど失い、弱りきっていたのかもしれない。


「なんにせよ、これで話は繋がったわね。カプリコルムの変貌の謎と、アスタロトの失踪が絡んでいたのは驚きだけど……」


「むふぅーっ! とにかく今は急いで、彼女を元に戻してあげるべきです! こんなの、とっても可哀想ですよ! ミコト様、なんとかしてあげてください!」


「ああ、勿論だよルカ。だけど、俺は何をすればいいんだ?」


 この場にいる全員が望んでいる事。

 それは当然、俺がアスタロトを元の姿へと治してあげる事だ。しかし、俺はソロモンの生まれ変わりであっても、何か特別な魔法を扱えるわけじゃない。


「俺に出来る事なんて、契約くらいしか――」


「それで構いませんのよ! むしろ、それこそがワタクシの狙いですわ!」


 言いかける俺の言葉を遮り、ベリトはツカツカとヒールの音を鳴らして俺との距離を一気に詰めてくる。そして、俺の右腕を掴みあげると、その手の先に嵌めてあるソロモンの指輪を見つめ……ウットリした表情を浮かべる。


「うぇひひっ……コレですの。魔神の真の力を引き出し、眩い黄金の輝きを与える指輪。これさえあれば、きっとアスタロトは再び美しさを取り戻しますわ!」


「理屈はよく分からないけど、とにかくアスタロトと契約すればいいのか?」


 俺としては、アスタロトを元に戻してから契約を交わすつもりだったので、契約で彼女を元に戻せるというのなら断る理由はどこにも無い。


「よしっ! それじゃあ、いっちょやりますか!!」


 悲しい過去の話で、場の空気が鬱屈としてしまったが……俺がここにいる以上、これ以上はもうみんなを悲しませたりはしないぞ。

 ここは颯爽と格好よく、アスタロトとの契約を済ませて、彼女を救い出そう。

 俺はそう意気込んで、アスタロトの元へ足を踏み出そうとしたが――


「待ちなさい!! 駄目よ、ミコト!」


 バサバサと翼が羽ばたく音と共に、炎の両翼を広げたフェニスが俺の前へと素早く飛んできて、その行く手を阻んでくる。

 

「フェニス、血相を変えてどうしたんだ?」


「この馬鹿っ! 少しは後先の事を考えて行動しなさいっ!」


 俺とアスタロトとの間に割って入ったフェニスは、真剣な眼差しで俺の顔を見つめていた。そんな彼女の目尻には、僅かではあるが涙の粒が浮かんでいた。

 そして、その涙の粒がやがて……重力に負けるように頬を伝った瞬間。


「今のままだと、アンタは死んじゃうのよ……」


 フェニスは、物悲しげな声で――そう訴えてきた。


いつもご覧頂いたり、ブクマ登録をしてくださっている方は本当にありがとうございます。

ブクマが増える度にニヤニヤしながらモチベーション高く執筆に励んでおります!

美少女の涙に弱いという方は是非、ブクマやポイント評価などお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ