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41話 高まる期待


 夢の中で、俺に救いを求めてきた魔神少女――アスタロト。

 彼女が捕われている黄金の屋敷へと突入した俺達は今、番人であるドレアとキミィを制し……アスタロトとベリトが待つ、最上階へと辿り着いた。

 物質を黄金に変える能力を持ち、黄金をこよなく愛するベリトの屋敷は外観こそ黄金一色ではあったものの、内装は至って普通の洋館と変わらない。

 しかし流石に、ベリトが待ち受ける最上階だけは黄金に塗れているのではないか。

 最上階へと続く階段を上っている時までは、そう思っていたのだが。


「うぇひひひ……ようこそ、今世のソロモン。お待ちしていましたわ」


 相変わらずシャンデリアや燭台などに、煌びやかな金色の装飾を施されてこそいるものの……床、天井、壁。それら全てが下階のものとなんら変わらない。

 ただ唯一、違う部分があるとすれば。

 紅いドレスに身を包み、虫の触角のようなアホ毛をぴこぴこと動かしながら俺を待ち受けていた美少女――ベリトが背中を預けている、謎の物体である。


「まさか本当に、そこの二名の試練を乗り越えるなんて。アナタはワタクシが思っていた通り……もしくは、それ以上の力を有しているのかしら?」


 その物体について簡単に説明するならば、黄金の立方体と言うべきだろう。

 かなり大きく、安いアパートの一室くらいのサイズはありそうな立方体は、この最上階のど真ん中の位置に置かれていた。

 アレは一体、なんなのだろうか?


「さぁ、ベリト。いよいよ、年貢の納め時だぞ。ドレア達はもう俺のモノになったから、残っているのはお前だけだ」


 黄金の立方体の正体が気にはなったものの、一旦は胸の奥にしまいこんで、俺はベリトと正面から向かい合う事にした。

 そんな俺の背中には、既に契約を交わしている4柱の魔神達と、同盟を結ぼうとしている1柱の魔神。そして、俺の頭の上にも……欠かせない仲間が乗っている。


「ええ、そのようですわね。アナタが約束を守ってくださった以上、ワタクシの方もキチンと約束を果たすつもりでしてよ」


 どこか固い印象を受ける表情から一転し、柔らかな微笑みを浮かべたベリトは、ドレスの左肩口をスルリとはだけさせ、そこに記された紋章を俺に見せてきた。

 その白く透き通る肌を目の当たりにして思わず生唾を飲み込むも、俺は努めて平静を装う。いつまでも、女の子の体に興奮してばかりでは進歩が無いからな。


「ちょっと待ってください、ベリト! 契約よりも先に、アスタロトの無事を確認する事の方が先ですよ!」


「そうね。アタシ達はそれが目的で、はるばるやってきたのよ。アンタの契約なんか、オマケよオマケ。分かったらさっさと、アスタロトを出しなさい!」


 ベリトと俺が契約を交わす事が面白くないのか、口を挟んでくるルカ達。

 先程まで階下で行われていた乱闘によって随分とズタボロになってはいるが、まだまだ元気は有り余っているらしい。


「……外野のモブ共が騒がしいですわね。ワタクシとしては先に約束を守りたかったのですけれど……仕方ありませんわ」


「うがぁー!! 誰がモブですかぁ! 私は永遠にミコト様のヒロインです!」


「ふざけんじゃないわ! アタシがモブなら、アンタなんて路傍の石ころよ!」


 外野のモブ、というベリトの言葉により一層激しさを増すルカ達の怒声。

 しかしベリトは相変わらず涼しい顔のままで、まともに取り合おうとはしない。


「アンドレアルフス、キマリス。アスタロトを解放する前に、もう一度確認しておきましてよ。本当に今世のソロモンは、試練を乗り越えましたのね?」


 そして、騒ぎ立てる2柱を無視したまま、彼女達の傍らに立つドレア達に向けて問いかける。なんだか、思っていたよりも用心深いというか……慎重な子だな。



「あやややっ! 正直にお話しすると、ミコト氏は紋章の位置を言い当てる力を持っていらっしゃりません。しかしミコト氏が行う、手前めの心の欲望を見透かしたような言葉責めと、ぬるいながらも要点を抑えたドSな虐めっぷりは、以前のソロモン氏には無かったスキルですね! この実力は確実に本物です!!」


「むぅん! アンドレアルフスの試練はともかく、吾の出した試練は完璧に乗り越えたと言えよう! 勇士は、類まれな心の強さを有しているぞ!」


「そう。アンドレアルフスには、後でお仕置きをするとして。キマリス、アナタの試練を乗り越えたのならば……あの惨憺たる光景にも、耐えられますわね」


 恍惚とした表情で語るドレアに呆れた素振りを見せながらも、キマリスの返答には満足したらしく……ベリトは深く頷いている。


「納得してくれたのなら嬉しいけど、惨憺たる光景って……何の話だ?」


「……やはり、そこまでは気付いていませんでしたのね。最初にこの屋敷を訪れた時から、アナタは何か勘違いしていると思っていましたわ」


 やれやれ、といった仕草で両肩を竦めるベリト。

 意味も分からず、キョトンとするしかない俺に、彼女は更に言葉を続けた。


「どうせアナタは、ワタクシがアスタロトを誘拐してこの屋敷に監禁していると思っているのでしょう? しかし実際は、そうではありませんのよ」


「え? それはどういう――」


「むふはぁぁぁぁぁっ!? この期に及んで、言い逃れするつもりですかぁっ!」


「往生際が悪いわね。アンタが無理やり攫わなきゃ、あのアスタロトがこんな趣味の悪い屋敷で、カプリコルムの毒に囲まれた生活を送るわけがないでしょ」


 俺がベリトに訊ね返すよりも先に、怒れる魔神達が真っ向から反論に入る。

 だが、俺にはベリトが嘘を言っているようには見えなかった。話をする彼女から感じ取れるのは悪意ではなく、どちらかと言えば強い悲しみの感情だ。 


「待ってくれ、ルカ、フェニス。気持ちは分かるけど、落ち着いて欲しい」


「「……っ!」」


 片手を上げて、憤る2柱を制し……俺はベリトと視線を重ねる。

 涙こそ浮かんではいないものの、彼女の瞳は濁りの無い綺麗な宝玉のように輝いていた。俺には、こんな眼をした美少女が嘘を吐いているとは思えない。


「なぁ、この屋敷にはアスタロトがいるんじゃないのか? 俺は救いを求めるアスタロトの声を聞いているし、この場所に来られたのも彼女が導いてくれたからだ」


「……アナタは彼女の救いを求める声を聞いていましたのね。それでしたら、もはや口で説明するより、実物をお見せした方が早いですわ」


 ベリトはそう告げるのと同時に、右手を後方の黄金立方体へと差し向けた。

 いつの間にかその手には、青紫色をした派手な扇子が握られていたが、アレはきっと【物質を黄金に変えて自在に操る】という彼女の魔神装具なのだろう。


「アスタロトは、私が作り出したこの黄金の箱の中にいますの。今から、この箱を開いて……アスタロトの現在の姿を、アナタ達に曝け出しますわよ」


 なるほど。アスタロトの姿がどこに見られないとは思っていたけど、あの不自然に巨大な黄金の立方体がアスタロトを閉じ込めている檻だったとは。


「むふふー! 久々にアスタロトに会えるんですね! あの綺麗な金髪をまた見られるなんて、とっても楽しみです!」


「ま、ようやく長かったお使いも終わりってところかしら」


 浮かれるルカの声と、一安心といった様子のフェニスの呟きが背後から聞こえる。

 アスタロトを救出する事が目的であった彼女達からすれば、当然の反応。

 だが、俺がずっと気になっているのは……この部屋に来る直前から、一言も喋らずに顔を青ざめているヴァサゴの存在だった。


「あやややや。遂に、この時が来たのですね」


「むぅん。勇士ならばきっと、大丈夫であろう」


「……っ」


 ドレアとキミィが何やら意味深な言葉を発しても、ヴァサゴはその隣で静かに金色の箱を見つめていたようだが……


「ご覧なさい、今世のソロモン。かつてのアナタがいなくなった後に、ワタクシ達魔神の間に何が起きてしまったのかを――」


 箱の前に立つベリトが、その手に持つ扇子を振るおうとした瞬間。


「だ、駄目、ですっ! その箱は、開けては……いけないっ!」


 喉の奥から必死に絞り出したかのように掠れた声で、ヴァサゴが叫ぶ。

 しかし、今更なんと叫ぼうとも……動き出したベリトの腕は止まらない。


「もしも本気で、新たなソロモンとして魔神達を束ねようというのなら! どうか、どうかアナタの力で……! 彼女を救ってくださいまし!」


 ベリトの扇子が振るわれたのと同時に、金色の箱に変化が訪れる。

 黄金の箱はまるで粘土みたいにグニャグニャと動き出し……箱の頂点の方から花の蕾が開くようにして、その内部を顕にしていく。

 それにより、俺達がようやく目にした念願のアスタロトの姿は――


「っ!? 嘘……だろ?」


 とても、信じられないものだった。


いつもご覧頂いたり、ブクマ登録をしてくださっている方は本当にありがとうございます。

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