40話 契約(筋肉)
「やめろ、キミィ。どうしても死にたいのなら、俺の話を聞いてからにしてくれ」
「ぬぅっ? 勇士……?」
床に背を付け、仰向けの体勢で暴れるキミィへと語りかける為に、俺は中腰になって彼女の眼前へと顔を近付ける。酷く取り乱していた彼女だが、俺と視線が合う事でようやくその動きを止めてくれた。
「俺はお前やドレアの行いを責めるつもりなんて無いし、特に不快に感じてもいないよ。だから、お前がそうやって気に病む必要は無いんだ」
「し、しかしっ! 吾が勇士に無礼を働いた事は事実で――!」
「あのな。俺はお前も含めて、72柱の魔神全員を俺の嫁……ハーレムにしたいと思ってるんだ。だからお前に死なれる事の方が、俺にとっては困るんだよ」
食い下がってくるキミィの頭の上に、俺は優しく手を乗せた。そして、牛のように伸びる二本の角の間で手を滑らせ、その頭を撫でながら……俺は告げる。
「それにさ、お前の美しい腹筋に傷が付くなんて見過ごせないからな」
「う、美しいっ……? わ、吾の腹筋が……?」
「切腹するくらいなら、その鍛え抜かれた芸術品ごと――俺のモノになってくれ」
元の世界にいた頃は、成功率0%だった愛の告白。
セフィロートに来てから色んな女の子達と出会って、交流を深めてきた事で俺も自信が付いてきたのか……歯の浮くようなセリフがスラスラと飛び出してくる。
ちょっとやりすぎたかも、と。内心では少し焦ったものだが。
「……ゆ、ゆゆっ! 勇士ぃっ!」
「「ぶふぇーっ!!」」
キミィには効果抜群であったらしく。
喜色満面といった様子の彼女はルカとフェニスを豪快に弾き飛ばして飛び上がると、俺の首へとすかさず両腕を回してきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ! そのような事を吾に言ってくださったのは、勇士が初めてだ! 吾は今、猛烈に感動しているぞぉっ!」
「そうなのか? 前世の俺の目は、どれだけ節穴だったんだよ」
前世の俺って、魔神達に慕われてはいたようだけど……みんなから話を聞いていると、割とドライな奴だったような印象を感じる。
72柱の美少女魔神達に囲まれておきながら、なんとも贅沢な奴だ。
「むむむぅん! 勇士の言うハーレムとやらに、是非とも吾も加えてくれ! この身、この心は今この瞬間から全て! 勇士の所有物となろう!」
そう宣言し、キミィは俺に背を向けて……背中を隠すように垂れ下がっていた大房の長いポニーテールを右手で横にズラす。
すると、ちょうど右の肩甲骨の位置にあった紋章が顕となった。
「……ここだったかぁ。俺としては、腹筋に触りたかったんだけど」
まぁ、キミィはこれから俺のモノになるんだ。腹筋だけではなく、彼女の体のいたる部分に触れる機会はこれから沢山訪れるであろう。
そう自ら納得した俺は、ソロモンの指輪を嵌めた右手の人差し指をすぅーっと、彼女の逞しい背中の上を……紋章へと向かってじっくりと這わせていく。
「はぅっ!? ふぁっ……!? んっ、んん……ふ、ふぅ、んぅ……」
なまじ体を鍛えている分、忍耐力が高いのか。
ルカ達のような激しいリアクションとは違い、快感を押し殺すように我慢した反応を見せるキミィ。これはこれで、なんともえっちな反応である。
「んんんんんんんっ~~~~!!」
しかし、とうとう我慢の限界が訪れたのか。
両手で口元を押さえ、声を漏らさないように堪えていたキミィは……ガクガクと足腰を痙攣させながらその場にへたり込んでしまった。
「あやぁ、キマリス氏は凄いですねぇ。手前めの場合は、あまりの快感によって着替えが必要になりそうな程でしたが。見事に、耐え切ってみせましたね」
「くっ、んふぅ……はぁ、はぁっ……当然、だ」
ドレアの言葉に息も絶え絶えで答えながら、フラフラと立ち上がるキミィ。
そんな彼女を、背後から睨み付けているのは、ご存知あの2柱である。
「むふがぁーっ! よくも突き飛ばしてくれましたねー!」
「アンタなんか本当に腹を切っちゃえばいいのよ! この脳筋女!」
「……むぅん、騒々しいな。勇士と契約を交わし、良い気分が台無しだぞ」
「はぁぁぁぁ!? 誰のせいだと思ってるんですかぁーっ!!」
「ちょっとミコトに褒められたからって、図に乗ってんじゃないの!?」
「あやや、何やら殺伐とした雰囲気! 手前めは巻き込まれないよう、距離を取っておく事にしま……あっぢゃっ! なぜですかフェニックス氏ぃっ!?」
「さっきの借りを忘れたとは言わせないわよ! アンドレアルフス!!」
試練と契約も終わり、全員の気も緩んだのか。
攻撃こそ飛び交うものの、騒がしくも楽しげな雰囲気が場を包み始める。
一部の子は、少しやりすぎている気がしなくもないが。
「…………」
「ヴァサゴ? お前はあの中に参加しないのか?」
遠巻きに成り行きを見守っていると、沈黙を貫いたままボーッと立ち尽くしているヴァサゴの姿が視界に入った。
そこで俺は、そんな彼女の肩を叩きながら話しかけてみたのだが……
「……っ!」
肩に乗せた俺の手を振り払い、ヴァサゴは俺の顔を見上げてくる。
そんな彼女の双眸にはいつの間にか、溢れんばかりの涙が滲んでいた。
「え? ああ、勝手に触ってごめ……」
「いいえ、悪いのは……ヴァサゴ。ヴァサゴは、とても、悪い子です」
どこか力の無い足取りで、俺の前から駆け去っていくヴァサゴ。
俺が体に触った事を嫌がっている……といった感じでもなさそうだが。
「もう少しで、全部終わるっていうのに……」
ベリトから課された試練を無事に乗り越え、後は最上階へと進むだけ。
そこでアスタロトを救い出しさえすれば、ユーディリアとアリエータの同盟を結ぶ事が出来る。そうなる事を、彼女も望んでいる筈なのに――
「どうしてお前は、そんなに悲しそうな顔をしているんだよ」
赤いマフラーで口元を覆い隠し、喧騒から外れた位置で孤独に佇む少女。
罵声や攻撃が飛び交う一室に再び平穏が訪れるまでの間。
憂いを秘めた彼女の横顔を、俺はただ静かに見守っていた。
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