36話 第二の試練
「むーふぅーっ! 私の顔も三度まで! もう我慢なりません!」
「ル、ルカ?」
「ミコト様は帰って来てくださったんです! そして、私のピンチを救うだけではなく、可愛いあだ名も付けてくださって……その上、私達魔神を再び一つにしてくださると約束してくださいました!」
ワナワナと体を震えさせ、叫んでいるルカの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
俺達は、そんな彼女の姿を呆然と見つめる事しかできずにいた。
「それなのに! それほどまでに素晴らしいお方だというのに……! その実力を疑うという無礼だけでは飽き足らず! 面白いぃっ? 気に入ったぁっ? 一体、貴女はどこからモノを言っているんですかっ? ぶち殺しますよっ!!」
高すぎる忠誠心のせいか、ルカは今までずっと、俺が魔神の子に試されるという構図が気に入らない様子だったからな。
それらの不満が、キミィの態度で爆発してしまったのだろう。
「……あや、あやややぁ。これはまた随分と耳に痛い事をおっしゃいますねぇ」
「ヴァサゴは……他の子達とは、違うと、思う」
つい数分前まで、俺に試練を課していた立場であるドレアが鼻の頭を掻くのと同時に、隣に並んで立っていたヴァサゴも視線を逸らす。
そんな中、フェニスは楽しそうにルカの暴走を見つめて笑っていたが……他にも、この状況で笑みを浮かべている子が存在していた。
「むぅん! 随分と猛っているではないか、フルカス! そこまで言うのであれば、そこの男が本物の勇士である事を疑いはしまい!」
その子とは勿論、ルカの殺気を真っ向から受け止めているキミィだ。しかも彼女は、ルカの訴えを肯定する発言をした後に……優しげな表情で頷いている。
その態度はどこか、彼女の強靭な外見には不釣り合いなバブみを感じさせていた。
「先の非礼は詫びよう! しかしフルカスよ! 吾やアンドレアルフスが勇士との契約を快諾しないのは、その実力を疑っているからではないのだ!」
「むふ? ミコト様のお力を疑っていないなら、何が理由なんですか?」
一応はキミィが謝罪を挟んだからか、かなり落ち着きを取り戻した様子のルカ。
俺はホッと胸を撫で下ろしつつも、ルカと同じように、キミィの意味深な発言について詳しく訊ねてみる事にした。
「確かに気になるな。もし良ければ、話してみてくれないか?」
「むぅーんっ! いいだろう! それにはまず、ベリトから聞いた話を――」
「おっとおっとおっとぉー! あややややー! これ以上はいけませーん!」
しかし、俺の質問に対するキミィの返答はドレアによって阻まれる。
そんな予想外の展開に、俺はただ困惑する事しかできなかった。
「駄目ですよぉ、キマリス氏! ベリト氏からも言われたでしょう? この試練はとても大切なモノであり、その秘密を明かすのは彼が試練全てをクリアした場合のみだと。ネタばらしなど、いけませんよぉ! いけません!」
「ドレア? お前、どうして……?」
「あやややや、申し訳ございません。ですがミコト氏、勘違いなさらないでください。これは全て、ミコト氏の為を思っての事なのです。後で罰はいくらでも受けますので、ここは黙って……キマリス氏の試練を受けては頂けませんか?」
そう話すだけ話して、ドレアは俺の足元に跪いて頭を垂れる。
彼女の真意はまだ分からないが、俺を騙そうとしているようには見えないし、今更そんな事をするメリットも無いだろう。
まぁ、仮にそうであったとしても……俺の選択肢は一つしか無いが。
「頭を上げてくれよ、ドレア。どっちにしろ、俺は試練を受けるつもりだからさ」
「あーやーっ! ミコト氏なら、そうおっしゃってくださると信じておりましたとも! というわけで、ほらほら! フルカス氏も魔神装具を収めて、一緒にミコト氏が試練を乗り越えるところを見守ろうではありませんか!」
「むふぇ? え、えっと……」
「調子に乗った彼女への仕置は、ミコト氏にお任せすればいいのですよ。ミコト氏を試される事は気分が良くないでしょうが、試練を突破する格好良いミコト氏を見られる機会なのです。これはもう、見逃せませんよね?」
「むふー……!? 格好良いミコト様! 見たいです! 見たいでーす!!」
ほんの数分前までは、落ち込んだ様相で頭を下げていたくせに、俺が頷くと同時に、凄まじい勢いでルカを丸め込みにかかるドレア。
彼女の持つ巧みな話術は、本当に役に立つのだと感心させられるばかりだ。
「ドレアの力には、これから何度も助けて貰う事になりそうだな」
「……うむ。じゃが、だからといってアンドレアルフスを頼ってばかりもいられんぞ。魔神の中には、話し合いが通じない奴もおる」
俺の頭上で普通のぬいぐるみのフリをしているベリアルが、またしてもグイグイと俺の髪の毛を引っ張りながら耳打ちを入れてくる。
コイツ、自分の存在を俺に忘れられないように、定期的にアピールしてるのか?
こっちとしては、いつかバレてしまうんじゃないかと心配なんだけど。
「話はまとまったようだな! それでは、吾の試練を受けて貰おうではないか!」
ルカがクトゥアスタムを収め、笑顔で飛び跳ねたタイミングを見計らったのか。
じっと黙り込んで様子を見守っていたキミィが、いよいよ声を上げる。
「先に言っておくが、吾の試練はアンドレアルフスのように甘くはないぞっ!!」
逞しくも美しい体躯を躍動させながら、キミィは床に突き刺した旗を引き抜く。
そしてそのまま、その鋭く尖った旗の先端を俺の前へ突き付けて……彼女は更に声のボリュームを増して、こう叫ぶ。
「これから吾は勇士の心を試すっ!! 早速、失礼するぞ!」
直後、ヒラヒラとたなびくピンクの旗が眩い光を纏い始める。
その光を目にした途端、刺されたような痛みが胸の奥を走り抜けた。
「なんっ……あれ……?」
だが、旗の切っ先は俺の体には触れていない。
というよりも、俺の体には外傷なんて全く存在していなかった。
では一体、俺の身に何が起きたのか。
それを確かめようと、キミィと視線を合わせようとした瞬間。
なぜか、俺の口からは勝手に――
「う、うわぁあああああああああああああっ!?」
恐怖に彩られた叫び声が飛び出していた。
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