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35話 ああ、素晴らしい筋肉美! 


 突然だが、俺は筋肉というものが嫌いだ。

 生きる為に不可欠な組織である事は理解しているし、俺も昔は女子にモテる為に筋トレを重ねていた時期があった。

 しかしそれでも、筋肉に対しては形容し難い抵抗感を覚えてしまう。

 中でも、ボディビルダーのようにムキムキと発達した筋肉をテレビや雑誌で目にした際には……胃の中から酸っぱい物がこみ上げてくるのを堪えられずにいた。

 だけど、勘違いはしないで欲しい。

 これらはあくまで、俺と同じ性別。つまりは男のマッチョに対する感想である。

 相手が女の子であった場合、俺の反応はどうなってしまうのか。

 常々気にはなっていたものの、それを確かめる機会には中々恵まれなかった。

 だが、このセフィロートという異世界にやってきて。

 遂に俺は、マッチョ美少女とめぐり合う機会を得たのである。


「さぁさぁさぁ! 到着しましたよ、到達しましたよ、第二の試練! この手前めが担っていた第一の試練に続くは、魔神の中でも屈指の熱血戦士! クラスは侯爵、序列は66位! その名も、キマリス氏でーすっ!!」


 ドンドンパフパフと、効果音が聞こえてきそうなドレアの実況。

 だけどそんな騒がしいBGMも、俺の脳内には半分程しか入ってきてはいない。

 なぜならば、俺の意識は全て……目の前の少女へと注がれていたからだ。


「この子が……キマリス?」


ドレアを制して、次なる試練へと向かう為に屋敷の二階へと足を進めてきた俺達。

そこでいきなり俺の視界に入り、その意識を根こそぎ奪い去ったのが彼女だ。


「……ふんっ、ふんっ! ふんっ! ふぅぅぅんっ!」


 最初に俺が目を奪われたのは、一人の少女が気合の篭った鼻息混じりに、床で寝そべって腹筋運動の光景。頭部には牛に似た長い角を生やしており、その頭から伸びる乳白色のポニーテールを揺らしながら、一心不乱に上体を上げては下げて、上げては下げてと繰り返している。

 そんな彼女は、少し前にドレアが教えてくれたようにキリッとした目付きと、太ましい眉毛を持つ……凛々しい系の美少女であった。

 服装はどこかの部族が着ている衣裳みたいな、そこらの水着よりも布面積が少ないもので……申し訳程度に乳首と股間部分を隠すのみのえっちぃ格好。

 しかも結構なサイズの胸をお持ちであるが為、腹筋を繰り返す度にばるんばるんと揺れる乳房が、いつ溢れ落ちてもおかしくは無い。

 更に更には、その肌色が褐色と来ては……そのエロ指数は鰻登りというもの。

 だがしかし、彼女の体において一番魅力的な部位はどこかと聞かれれば、俺は迷わずにこう答えるだろう。


「なんて美しい、腹筋なんだ」


 現在進行形で負荷を与えられ、鍛え抜かれている腹筋。

 くびれのある引き締まったシックスパックが、腹筋運動を繰り返す度にヒクつき、躍動する光景は不覚にも、俺の股間への熱を集めてしまう。

 いや、腹筋だけではない。頭の裏に回された両手と、それを支える腕もまた、ハッキリとした筋肉の筋を浮かび上がらせており……まるで芸術品のようだ。

 美少女であれば、どんな体型であってもこよなく愛する事を誓っている俺だが、流石にこれほどのマッスルボディに心惹かれるのは始めての経験だった。


「ミコト! ミコト! アンタ、またボーッとしてるわよ!」


「元マスターの意識、まだ戻らない」


「むふぅ……ミコト様、しっかりしてくださーい!」


「……ハッ!? 俺は今まで、一体何を?」


 フェニス達の呼び声により、俺はようやく我に返る。

 なんだか、随分とキマリスの肉体美について思考を巡らせていたような気もするが……まぁ、それはおいおい思い出すとして。


「わ、悪かった。もう大丈夫だから、安心してくれ」


 自分の頬を両手でパンパンと叩いて喝を入れると、俺は気を引き締め直す。

 初対面の美少女を前にすると、すぐに品定めを行ってしまうのが俺の悪い癖だ。


「むっ……!?」


 今までは腹筋に夢中で眼中に入っていなかったのか、俺が頬を叩く音に反応を示したキマリスがピタリと動きを止める。そして、汗で濡れて艶やかな肌から湯気を放ちつつ、彼女はゆっくりとその体を起こす。


「よくぞ参られたっ!! 吾が認めし勇士の生まれ変わりよ!!」


「うぉうっ!?」


 立ち上がるのと同時に、室内の空気を震わせる程の大声で吠えるキマリス。

 そのあまりの迫力と覇気の強さを受けて、俺は思わず面食らってしまった。


「つくづく進歩の無い子ねぇ。暑苦しい上に、汗臭いし」


「うるさい。耳にキンキンと、響く声……不愉快」


「むふー。キマリスも、千年前からまるで変わっていないです」


 呆気に取られる俺とは裏腹に、随分と慣れた反応を見せるフェニス達。

 顔見知りの相手とはいえ、あの気迫を前にして怯まないのは見事だな。


「そうでしょう、そうですとも。手前達は変わる事が嫌で、ここに引き篭ったようなものなのですからね。変わってしまっては、意味が無いのですよ。手前めも、キマリス氏も、ベリト氏も。皆、あの頃のままでして!」


「むん? おぉ、アンドレアルフス! 勇士達が吾の前に現れたという事は、貴公は既に敗れてしまったのだな? そうなのであろう?」


 お世辞にも好意的とは思えない態度のフェニス達とは異なり、ニコニコと嬉しそうに話すドレア。そんな彼女を見て、キマリスもまた同じように笑みを見せる。


「おっしゃる通りですよ、キマリス氏。ここにおわすミコト氏は、それはもう完璧に手前めを打倒したのです。あんなにも激しい責めを受けてしまった以上、手前めはミコト氏にメロメロ! 絶対の服従を誓わざるを得ません!」


「それはつまり! 勇士の生まれ変わりもまた、勇士であるという事だな!? 滾る、滾るぞぉっ! むぅぅぅんっ! 燃えてきたぞっ!」


 そうして、笑顔のキマリスはまたもや大きな声で叫び始める。

 見た目に違わず、彼女は豪快な性格の持ち主という事なのだろうか。


「そんなに燃えるのが好きなら、物理的に燃やしてあげるわよ」


「あれ? 口よりも先に手が出るフェニスらしくないな」


 不機嫌そうなフェニスの事だ。てっきり、ドレアの時と同じように問答無用で炎を投げ放つと思いきや……不満を漏らすだけで、随分と大人しい。


「むふふ。アンドレアルフスとは違って、キマリスは強いですからね。いくら血の気が多いフェニックスでも、そう簡単に喧嘩は吹っかけられないんですよ」


「失礼ね! アタシがあんな脳筋女にビビってるって言いたいの!?」


「ビビっているかどうかは、ともかく。確かに、キマリスは……強い」


「フェニックス氏や手前めと同じ侯爵クラスではありますが、彼女は戦闘タイプ寄りの魔神ですからね。単純な肉弾戦なら、総裁クラスにも並ぶかと存じます」


 ルカ達の補足を受けて、俺は再びキマリスへと視線を戻す。

 雄叫びの如き声を張り上げながら、フンスフンスとヒンズースクワットを始めた彼女の肉体は、その強さを疑う余地が見られない。

 しかしそれにしても、そんな際どい格好でスクワットだなんて。彼女はこの手の熱血キャラにありがちな、性的な恥じらいを感じないタイプなのだろうか?

 

「えっと。君はキマリスだからキーマ……いや、キミィって呼べばいいかな?」


「むっ! キミィ……だと!?」


 アンドレアルフスの時のように、キマリスにもあだ名を付けて読んでみる。

 すると彼女は、一番キツそうな中腰の体勢で静止し、その目をカッと見開いた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 叫び声と共に、キミィの右手には赤い色をした長棒が出現する。

 その棒はよく見れば、先端部が鋭い槍のように尖っており、バタバタとたなびく布が付いていた。スポーツの大会で見かける優勝旗、と言えば分かりやすいか。


「吾の名をそんなにも可愛らしく呼ぶとは面白い! 気に入ったぞ!」


 空気椅子のまま、手に持った旗をブンブンと振り回して見せるキミィ。

 淡いピンク色の旗が高速で描く回転の軌跡は、さながら桜吹雪のようで美しいと思うが……巻き起こる突風によって、俺は立っているのもやっとの状態だ。


「しかしっ! ここを通りたくば、吾の出す試練を乗り越えて貰わねばならぬのだ! 勇士の生まれ変わりよ、その覚悟はあるか!?」


「っ!?」


 俺への問いかけと共に、ズガァンッと床に突き立てられる旗。屋敷全体を揺るがす程の衝撃を前にして、俺はつい、怯んでしまいそうになるが――


「むふがぁぁぁぁぁぁぁっ! 勿論! あるに決まっていますっ!」


 俺の後ろにいたルカが怒りの声を荒らげながら、突如として俺の前へと飛び出してきた。しかもその手には、彼女の魔神装具……クトゥアスタムが握られている。


いつもご覧頂いて、誠にありがとうございます。

腹筋割れてる系褐色美少女がお好きな方は是非、ブクマや評価などお願いします!

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