34話 契約には勝てなかったよ……
「あや、やぁ……ありがとうございましゅ、ソロモンしぃ……けぇやきゅしゅんごいでしゅねぇ……てまえめ、けぇやきゅできてしゃぁわしぇでしゅ」
「俺も幸せだよ。あ、そうそう。これからはミコトって呼んでくれないかな?」
「は、はいっ! ミコト氏! この手前めは、これから一生……もがぁっ!」
「いつまで甘えてんのよ! この新入り!!!」
潤んだ瞳のドレアが俺の首に両手を回そうとするよりも早く、フェニスが床から拾い上げた青い飴玉をドレアの口の中へと捩じ込んだ。
あーあー、そんな風に突っ込んだら痛いだろうに。
「あへやぁ……んぅー……ふふふっ。あまぁーいですねぇ」
しかし、そこは流石のM。この仕打ちも、快楽へと変換したらしい。
「……思えば、アンドレアルフスは昔から、他の魔神による暴力で黙らせられる事が多かったですもんね。あれらが積み重なって、今の変態さんに……」
「ああ、なるほど。そういうバックボーンがあったのか」
ルカはたまにだけど、鋭く核心を突く時があるよな。
普段はあまり賢くない言動をしているけど、洞察力は意外と高いのかも。
「さっさと自力で立ちなさいよ! それでも魔神のつもり? 情けないわね!
「……あやあやあや、ミコト氏にもっと甘えていたいところですが、このままではフェニックス氏に命を奪われかねません。ですからミコト氏、この手前めから手をお離しください。所詮、手前めは一度ユーディリアを去った身。ミコト氏からの寵愛を受ける資格など持てない、裏切り者の魔神なのですから」
フェニスの剣幕に負けたのか。ドレアは瞳を伏せながらボソボソと声を漏らす。
そのあまりにも悲痛な声に、言葉に……俺は、彼女を慰めたいと強く思う。
「おいおい。そんな言い方するなよ、過去は過去なんだからさ。それに俺は別に、このままドレアをお姫様抱っこしていても構わないと思っているし」
「あや? それではミコト氏のお墨付きも頂いたので、このままという事で」
俺がそう言った途端、ケロッと表情を変えてしがみついてくるドレア。
どうやら、俺はまんまと彼女の能力に乗せられてしまったらしい。
「ふぐぎぎぎぎぎぎっ!!」
「あやぁ? どうしたんですかぁ、フェニックス氏? 先程までは随分と威勢が良かったのに、そのように悔しそうな顔をなさって。なんでしたら、貴女もミコト氏にお姫様抱っこをして頂いては……? あ、いえ、すみません。貴女のように立派な魔神は、ちゃーんと自力で立てるに決まっていますね」
これまでの仕返しと言わんばかりに、フェニスを煽りに煽るドレア。
フェニスはすぐにでもドレアを攻撃したいのだろうが、俺が彼女を抱っこしている以上は、こちらに向けて攻撃を放つ事はできない。
契約を交わした魔神は絶対に、契約主に危害を与えられないというルールを盾にしたドレアの戦法……恐るべし。
「あーやっやっやっ! いくらMだと言っても、ずっと殴られっぱなしのサンドバッグだと思ったら大間違いですよフェニックス氏! 快楽を感じようとも、攻撃を受けた事に対する恨みは抱いておりますので、お忘れなく! あややややっ! ですが、ミコト氏からの攻撃や暴力なら……それはもう愛情の裏返しだと理解しておりますゆえ、感謝する事はあれども恨む事などありえませんよ!」
「……フェニックス、我慢ですよ。いつか絶対、仕返しのタイミングがきます」
「ふぅーっ、ふぅーっ……!! ええ、分かっているわ。アタシは冷静よ……!」
真顔のルカに羽交い締めされつつも、血走った眼で息を荒くしているフェニス。
やれやれ。どうして魔神の子達って、すぐにお互い煽り合ったり喧嘩したりするのだろうか。みんなで仲良くイチャイチャすれば、全員ハッピーになれるのに。
「茶番は、もういい。それよりも、二階にいる魔神の情報を……教えて」
「あやぁー。ヴァサゴ氏は相変わらず、表情筋が死んでおられるドライっぷり。ですが、時折見せる表情の変化や天然ボケがマニア受けするという事を、この手前めも聞き及んでおります。現に千年前は、姉のアガレス氏よりも密かな人気があったとか、無かったとか――」
「……………………姉様より? そんな事が、あるわけ……」
「いえいえいえ! そんな事がございましたとも! かつて城下町が賑わっていた頃、酒場では貴女の肖像画が高値で取引されていたとも聞きます。いやー! 優れた妹をお持ちで、アガレス氏も鼻が高いでしょうね!」
「姉様が……うん。そうだった、かも。ヴァサゴは、人気者」
一流セールスマンも真っ青の口上で、ヴァサゴをおだてるドレア。それにすっかり気分を良くしたのか、ヴァサゴは照れた様子で頭をクシクシと掻いていた。
「騙されてるんじゃないわよ!! そんなの、嘘に決まってるでしょ!」
「ハッ……!? ヴァサゴとした事が、不覚」
「あやあやや。少し、からかい過ぎてしまいましたかね」
落ち込むヴァサゴの様子を見て反省したのか、ドレアは俺の腕の中から降りる。
そうして、少し乱れた服装を乱してから……ニッコリと微笑んだ。
「あやっやや、ミコト氏。二階でお待ちの魔神の事でしたら、手前めがあれこれ言うよりも、ご自身の目で確かめられた方が早いと思いますよ」
「……俺の目で?」
「この手前め、自らの能力の悪用を防ぎつつ、あわよくばベリト氏に苛められて快感を得ようと、カプリコルムで隠遁生活を続けて九百年近く。彼女とは何度も顔を合わせて話してきましたが、その思考スタイルは未だに解読不能でして」
そう言ってドレアは、両手の人差し指を自らの眉の端に押し当てる。
「序列第66位。侯爵クラスの魔神、キマリス氏」
そしてそのまま指をぐいっと上げ、鋭く尖った眉を作り出すと――
「彼女に認められる為には、熱いハートが必要となるでしょうね」
唐突に、熱血スポコンアニメのようなセリフを吐き捨てるのだった。
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