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32話 いえすですぅ


「むふぅー!! 流石はミコト様です!! これでもう、私達は二階に進む事ができるというわけですね!?」


「いや、そうじゃないよ。だってドレアにはまだ、自分の紋章の位置を俺達に教える理由が無いんだから」


 俺が彼女の能力の特性を見破ったからといって、そう簡単に彼女が自分の紋章を明らかにしてくれるとは思えない。

 だからこそ、大事になってくるのは……これから俺が取るべき行動なわけで。


「そうかしら? この期に及んで、アタシ達に袋叩きに遭うような選択をコイツが選ぶとは思えないんだけど」


「だといいんだけど、心配な事もあってね。念の為に、俺はこれから【ドレアと一緒に負ける引き分け】じゃなくて【一緒に勝ちに行く引き分け】を狙うよ」


「「「一緒に勝ちに行く?」」」


「ああ、そうだ。むしろ俺は、最初からこれが狙いだからな」


 綺麗に重なるルカ達の疑問の声に、俺は頷いて答える。

 一方、すっかり縮こまってしまったドレアだが、俺が勝ちに行く引き分けを狙うと口にした瞬間……その瞳に強い光が浮かび上がった事を、俺は見逃さない。


「俺にとっての勝ちは勿論、ドレアに認められて契約を交わす事だ。そうすれば俺のハーレムに新たな美少女が加わるし、アスタロトを助けに行く事もできる」


「でもそれだと、アンドレアルフスが負ける事になるわよ。アンタみたいな奴との契約に縛られて、みすみす自分の持ち場を突破されるなんて――」


「そこで大事になってくるのが、コレだよ、コレ」


 もっともな正論をぶつけてくるフェニスに対し、右手の人差し指を一本だけ立てて、自分の唇に当ててみせる。


「目には目を。上手い口撃には、甘い口撃で仕返し……ってね」


「どういう、事ですか? 元、マスター」


「見ていれば、分かるさ」

 

 疑問を浮かべるヴァサゴ達を置いて、俺は再びドレアと向き合う。

 怯えたように震えてこそいるものの、俺には分かる。

 彼女は間違いなく、これから俺がやろうとしている事を待ち望んでいるのだと。


「俺は君を俺のモノにしたい。そしていつかきっと……他の魔神達全員と共に、世界中の誰よりも幸せな日々を過ごせるようにしてみせる。絶対に後悔なんてさせないと、神に誓ったっていい」


「…………っ!!」


 俺がそう口にした途端、ドレアはよろめくようにして後ずさる。

 だが俺はそんな事は意に介さず、更にもう一歩、二歩と足を進めていく。

 その度にドレアもまた後ろへと下がっていくが、そんな抵抗も長くは続かない。


「これは君にとって、魅力的な提案かな? イエス、オア、ノー?」


「あ、あやっ……ちょっと待ってください。あなたはもう、手前めの能力を破っているんですよ? でしたら、もうこんな――」


 徐々に追い詰められていったドレアは、とうとう屋敷の壁に背を付ける。

 逃げ場を失った彼女は、背中を壁に付けたまま横歩きでその場を逃れようとするも……俺は右手を壁に叩きつけ、それを阻止した。


「ちょっと待てよ」


「あややっやぁー!! んっひぃーっ!!」


 元の世界で、何度も夢に見た美少女への壁ドン。俺は気持ち三割増しのイケボで決め台詞を発しつつ、豚のような悲鳴を上げるドレアを腕の中に閉じ込めた。

 当然、この世界でそんな知識の無いドレアは、少女漫画のようなシチュエーションに置かれた事で、完全に茹で上がっている。


「……なっ、何をしてんのよアンタ!? バッカじゃないの!!」


「いいなぁー。ミコト様、後で私にもやってくださいー!」


「……? これは、何を見せられている、のでしょうか」


 俺が取った行動を見て、大騒ぎを始めるフェニス達。

 どうやら彼女達には未だ、俺の真意が伝わっていないみたいだ。

 

「簡単な事だよ。彼女にとって、俺と契約する事こそが一番の勝利だと思って貰えばいい。というかただの事実だから、それを知って貰っただけだな」


 要するに、俺が行ったのはプレゼンテーション。

 彼女と共に勝利する為には、俺達の勝利目的と彼女の勝利目的が同じになればいい。結局のところ、俺と契約する事が得なのだと分からせばいいわけだ。


「そうでしたか。それで元マスターは、あのように奇怪な振る舞いを……」


「き、奇怪じゃないだろ! 効果はちゃんと有るみたいだし!」


 どことなく冷たい目で俺を見つめるヴァサゴの視線に心乱されながらも、俺はなんとか平常心を装う。そしてそのまま再び顔をキリッと引き締め、絶賛壁ドン中である美少女……ドレアを見下ろした。


「こほん。さぁ、ドレア。最後の質問にも、イエスかノーで答えてくれ」


「あ、あやっ……やややややや、やぁ……」


 瞳を潤ませたまま、何度もいやんいやんと首を左右に振り始めるドレア。

 その姿はまるで、もっと虐めて欲しいと哀願するかのようで……俺の中の嗜虐心を昂ぶらせていく。俺はそんな彼女の仕草を見て、これまでずっと気になっていた違和感への解答を得た。

 

「……お前さ。自分の能力を悪用されたくないとか、その為に引き篭ったとか、色々と言っていたけど……その割には、変な行動が多いよな」


 弁が立つ彼女がベリトを言い含めようともせず、金の寝袋に包まっていた事。

 口の上手い筈の彼女が、フェニス達を挑発するような言動を繰り返し、何度も攻撃を受けていた事。

 それがどうしても、俺の頭の片隅で引っかかっていたんだけど……


「なぁ、ドレア」


「はぁ、はぁ……はいぃ……」


 こうして俺に追い詰められながらも、何かを期待するような面持ちで俺の顔を上目遣いで見つめてくる彼女の姿を見て――俺はその事実に気付いた。


「もしかしてお前――マゾなのか?」


 唇が触れ合ってしまいそうな顔の近さで、俺は三度目の質問をぶつける。

 ドレアはその口を何度もパクパクと開いては閉じ、開いて閉じを繰り返し……今までずっと咥えていた飴玉を、ポロリと床に落としてしまう。

 そしてとうとう、その唇をキュッと引き結んだかと思うと――



「あやぁ……い、いえすですぅ……」



 ドロッドロに蕩け切った顔で、俺が望む最高の返事を聞かせてくれた。


いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。

壁際に追いやられて涙目でプルプルしている美少女がお好きな方は是非、ブクマや評価をお願いします!

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