28話 第一の試練
「……馬鹿者め、お前まで術に掛かってどうする」
「いだっ!!」
ブチィッと何本かの髪の毛を頭上のぬいぐるみに引き抜かれ、俺はハッとする。
まだ少ししか話していないというのに、俺は今……彼女がまるで、もう自分の仲間になっているかのように思考が動き始めていた。
「……あややや? もう少しで完全に堕とせそうだったのですが、流石はソロモン氏。この程度の口撃では、そう簡単には決められませんか。少し、本命以外にサービスしすぎましたかね」
そう言って、クスッと笑ったアンドレアルフスの顔を見て……俺は確信する。
この子は、フェニスをおだてるついでに俺を引き込もうとしたんじゃない。俺の関心と興味を引き、好感を抱かせる伏線として、フェニスを褒めちぎったのだと。
「おいおい。一体、どこから……?」
もしかすると、最初にフェニスを挑発するような言動で攻撃を受けたところから、この一連の流れに至るところまでを目論んでいたのか?
だとすれば、彼女の口論や議論で負けないという力は俺の想像以上に凄い。
「……なるほどね。やってくれるじゃない、アンドレアルフス。このアタシを利用してミコトに媚を売るなんてさ」
「あやあやあや。こちら側に堕とせこそしませんでしたが、多少なりとも手前めの事を知って頂き……問答無用で手前めを倒して二階へ上がろう、という考えはお捨てになられましたよね? それだけで十分な収穫です」
俺が彼女に対して、僅かでも情を抱けばいい。
その時点で彼女にとっては間違いなくプラスに働くのだから、今回の一件は完璧にアンドレアルフスの勝利と言って差し支えないだろう。
「ミコト、先に確認しておくけど。アイツを完膚なきまでにボコってから先へと進むってアイデアは――」
「勿論、却下。どういう思惑であれ、悪い子じゃない事はよく伝わったし」
「……ぐぬぬぬぬっ!!」
自分がまんまとアンドレアルフスの策に利用された事を知り、再び怒りの炎を灯すフェニス。彼女には悪いと思うが、今回はアンドレアルフスが一枚上だったのだから、仕方ない。
「……アンドレアルフス。なぜアナタはそこまでして、ベリト側に? そもそも、彼女と行動を共にしている理由が……理解できない」
「これはこれは、ヴァサゴ氏。相変わらずアナタは、ストレートな話し方がお好きなようですね。ええ、いいでしょう。先にご説明しておきましょう」
フェニスが悔しさで歯噛みする隣で淡々と、アンドレアルフスに質問をぶつけるヴァサゴ。色んな意味で、ヴァサゴと彼女はタイプが正反対だな。
「手前めは争い事が嫌いですので、同じ志を持ったベリト氏に追従しただけの話でございます。他の魔神は物騒な方々ばかりですし、この手前めの力を悪用しようとする方もいらっしゃると思いまして、この地にずっと隠れ住んでおりました」
「確かにこの場所は、身を隠すのに……最適」
「ええ。最初からそうであったわけではありませんが、今やカプリコルムは強力な毒の瘴気によって……外界から隔離されてしまいましたからね。しかし、まともに外にも出る事もできずにベリト氏と共同生活を行うのは大変な日々でしたよ。さっきの寝袋だって、アレを着ていないと、いつベリト氏に金粉を塗りたくられるか分かったものじゃないですから」
なるほど。嫌われ者だったというベリトと行動を共にしているのは、そういった経緯だったわけか。
それは分かったけど、今何か少し引っかかる事を言ったような……?
「えっと、アンドレアルフス。君は……」
「あやあや、ソロモン氏。手前めをフルネームで呼ぶのは大変でしょうし、遠慮なくドレアとお呼びください。72柱の魔神の中でも、手前めとアンドロマリウスとアムドゥスキアスとグラシャラボラスは名前が長い事で有名ですので。それに手前め達の名前って大体似ていますしね。途中にラ行が付いて、スで終わる感じが……」
「……うん、分かった。これからはドレアって呼ぶ事にするよ」
長いのは名前だけじゃなくて話も、と思ったがぐっと堪える。こちらからバンバン本題を振っていかないと、比喩じゃなく本当に日が暮れてしまいそうだからな。
「あやぁ。先程ベリト氏から話をお伺いして半信半疑ではありましたが、新たなソロモン氏は随分とフランクなお方なのですね。お世辞ではなく手前めは以前のソロモン氏よりも今のソロモン氏の方がいくらか好みでございます」
「むーふぅーっ!! ですよね、ですよね!! 昔のソロモン様も優しかったですけど、ミコト様は優しい上に面白いんです! あと、かなりえっちですよ!!」
俺が褒められて自分の事のように喜び跳ねるルカであったが、一方のドレアの表情に笑みは見られない。それどころか、軽快で飄々とした口回しにはそぐわない程の鋭い眼差しで、俺の顔を真っ直ぐに見据えていた。
「……しかし、だからといって容赦は致しませんよ。アスタロト氏を助けたいのであれば、まずは一階の番人である手前めを制してから上へとお進みください」
「やっぱり、そう来るのか? 君なら、争わずに契約できそうだと思ったのに」
「あややぁ。先程も申したでしょう? 手前めは、自身の能力を悪用されたくは無いのですよ。仕える相手が、その能力を振るうに足る人物であるか、そして……手前めの能力を正しく理解し、使いこなせるかどうか。それを確かめずに契約を交わすなど出来ません!」
なるほどな。ドレアの言い分はつまり、今朝のアンドロマリウスの話と似たような内容だ。契約による束縛が絶対であるが故に、契約を交わす相手が自分の信頼出来る相手であるかを確かめる事は……彼女達の持つ当然の権利なわけだ。
「むがぁー! どいつもこいつも、ミコト様のお力を疑うなんて!」
「そう怒るなよ、ルカ。アンドロマリウスの時も言ったけど、最初から認められる必要は無いんだ。これからじっくりと、俺の事を知って貰えばいいさ」
憤るルカの頭を撫でる事で宥めながら、俺はドレアと再び視線を合わせる。
「安心してくれ。俺は絶対に、君が納得する形でしか契約を交わさないよ」
「あややや、素晴らしい! それでこそ、偉大なるソロモン王の生まれ変わりというものです。ではでは、ご納得も頂けたようですし……早速ではありますが、第一の試練を行いましょう!」
これまではずっと、のほほんとした空気の中にいたが、今からは違う。アスタロトを救う為にも、俺はドレアの試練を乗り越えて、上の階へと進まねばならない。
「あなたが手前め……延いては72柱の魔神達を束ねる資格を持つに足りるお方であるか。それを試す為の試練――その名は!!」
果たしてドレアは、俺にどのような試練を出してくるのか。
対峙する俺達全員に僅かな緊張が走り、気を引き締めたのも束の間。
ドレアはその両腕を鳥の羽のように広げながら――
「チキチキ! 手前めの紋章はど~こだ!? クーイズ!」
耳を疑うような発言を、口にするのであった。
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