27話 口先の魔神
食料に困窮するユーディリア国民を救う為、大国であるアリエータとの同盟を結ぶ事に決めた俺達は、その条件として、アリエータを治める魔神バエルの元恋人であるアスタロトを捜し出す事となった。
その後、アスタロトからの導きもあり……魔神ですら生きられない毒湿原カプリコルムの中央部へと、なんとか無事に辿り着く事ができた。
そこで俺達が見つけたのは、全てが黄金によって造られた西洋風の屋敷……それと、その屋根上で黄金を舐める魔神、ベリトであった。
アスタロトを助ける為に、彼女から出された条件は実に単純だ。
この屋敷で待ち受ける魔神2柱による試練を乗り越え、ベリトの待つ最上階まで辿り着くこと。そうすれば、彼女は俺と契約してくれるのだという。
「おぉっ……? 中は思っていたより、普通だ!」
とまぁ、振り返りが少し長くなってしまったけど。
そういった事情もあり、俺と可愛い魔神少女の面々は今こうして……毒の瘴気に囲まれた黄金の屋敷内へと足を踏み入れたのである。
「へぇ? アイツの事だから、中まで真っ金金だと思っていたわ」
「悪趣味、じゃないベリト……とても、不気味」
「むふぅー。昔に比べて、少しは丸くなったのかもしれませんね」
純金製の金ピカ扉を開いて見れば、意外や意外。
その内装はドラマや映画で見かけるレベルの、至って常識的な豪邸であった。
むしろ、この手の屋敷としては最上位の素敵な内装と言ってもいいくらいだ。
「それなりに金製の調度品とかはあるけど、これくらいの量なら気にならないな」
シャンデリアや燭台など、金で作られている物が無くなっているわけではないが、その量は外装の派手さに比べれば些細なもの。
瘴気で枯れ果てた黒い大地の後に見たのが、あの眩しいキラキラ屋敷なのだ。
木製の梁や壁板、階段の手すりを見て癒しを感じてしまうのも無理は無い。
「さて、と。屋敷を観察するのもこれぐらいにして……そろそろ、本題に移るか」
建物の中に入って人心地は付いたけど、俺達の目的はまだ果たされていない。
ベリトと契約してアスタロトを救う為にも、まずはベリトに従うという2柱の魔神と出会う事から始めなければ。
「なぁ、ベリトの仲間の魔神って……多分、アレだよな?」
「むふぅー? そうだと思います」
俺達が今いるのは、正面入口から入ってすぐのエントランスホールだ。
床一面に赤い絨毯が敷き詰められたこの空間には、当然のように二階へと続く階段があるのだが……その階段の途中に、怪しげな物体が存在していた。
「……黄金の寝袋?」
それを例えるなら、キャンプとかで使う寝袋の黄金バージョン。モコモコと膨らんだ黄金に包まれている何かは、遠巻きだと巨大な芋虫みたいにも見える。
実際、俺達が何かを口にする度にその物体は反応してもぞもぞと蠢いていた。
「あや? あやあやあやー? これはこれは皆様、お揃いのようで!」
「おわっ!? びっくりしたっ!!」
警戒しながら観察していると、いきなり芋虫もどきがゴロンと転がり、顔部分のみを露出した部分がこちらへと振り向く。そしてその顔の主――中性的な顔立ちの美少女は俺と目を合わせると、ニコニコと微笑みながら話し始める。
「あやぁ、お久しぶりでございますソロモン氏! 千年前に亡くなられたとお聞きした時には、この手前めはあまりの悲しさに毎日涙を流しては、途方に暮れ、途方に暮れては涙を流し、そんな日々を一、十、百、千年と繰り返し繰り返しでございました! ですがこうして再会できた事を思えば、そんな涙の海も浮かばれるというもの。もう少し再会が遅ければ、今頃手前めは自らの涙で溺死して――」
「うるさい、死ね!」
寝袋少女がペラペラと、あまりに長いセリフを口にしていたせいだろうか。
額に青筋を浮かべたフェニスが、階段で寝転がる寝袋少女へと向けて……右手に出現させた火球を容赦なく投げ放った。
当然、そんな不意打ちを寝袋状態の彼女が避けられる筈もなく。
「ちょまっ! あつっ! ちょっ、あっつい!! これでは手前め、溺死ではなく焼死してしまいますね!! あぢぢぢぃっ! あっつぁっ! いだっ、これ階段やば……あづぁっ、うぇぶぉっ、ほげっ! あぢゃはぁんっ!」
ゴロゴロゴロゴインゴインゴイン。
純金製と思わしき寝袋ごと炎に焼かれながらも、転がって消火を行おうとする寝袋少女。しかし、階段の上でその行動はかなり無茶があるというもの。
一段、二段、三段と、お笑い芸人も真っ青なリアクションで、寝袋少女は階段を転がり落ちてきた。途中でなんか軽口を挟んでいるし、大事には至ってはいないと思うけど……果たして、本当に大丈夫なのだろうか?
「駄目じゃないか、フェニス! いきなり攻撃なんて!」
「仕方ないのよ。アイツ相手には、こうするのが正解なんだから」
不意打ちを咎められても、悪びれるどころか自分が正しいと主張するフェニス。
その意味が分からず俺が困惑していると、横で見ていたヴァサゴが口を開いた。
「侯爵クラス、序列第65位アンドレアルフス。力はさして、強く無い魔神ですが、彼女の持つ能力は……非常に、厄介です」
毎度の事だけど、ヴァサゴの話はまとまっていて実に分かりやすい。
俺が知りたかった情報を、こうも簡潔にまとめてくれるとは……偉いぞー。
「あの子の能力の何が、そんなに厄介なんだ?」
「むふー! アンドレアルフスは口が上手い魔神で、どんな相手であっても口喧嘩や議論で負けない力を持っているんですよ!」
「彼女の、魔神装具の能力には……支配者クラスであっても、抗えません」
「そういう事。だからアイツとまともに会話しようとした時点で、アタシ達に勝ち目は無くなるわけ。そうならない為には、問答無用で攻撃するのが一番なのよ」
「なるほど。そういう事情だったのか」
でもそれにしたって、いきなり火球をぶつけたのはやりすぎじゃないかなぁ、
もっと他に、何かやり方があったと思うんですよ。
「……あやあやあや、酷いですねぇ。手前の大切な睡眠道具がちょっと溶けてしまったではありませんか! フェニックス氏は自分が簡単に蘇生できるからといって、他者の命に対するリスペクトが足りていないですね。そもそも、相手が話している時に攻撃するなんて礼儀がなっていないですよ? いけませんいけません、そのような有様では、貴女が密かに恋焦がれるソロモン氏にも嫌われて――」
「あら? 焼かれ足りないのなら、そう言えばいいのよ?」
消火活動を終わらせたアンドレアルフスは純金製の寝袋を脱ぎ捨てるようにして立ち上がるが、余計な事を口走ったせいでフェニスに睨まれてしまう。
「あっややややっ! あやぁ……冗談ですってばぁ、ただの冗談です!」
もう一発くらっては堪らないと思ったのか、慌てて取り繕うアンドレアルフス。
顔はやはり、中性的なボーイッシュタイプ。髪は黒寄りのグレーで、シャギーがかったショートヘアー。その色合いはルカの銀髪と比べるとかなり濃い。
服装は燕尾服に似た黒のスーツで、モデルのようなシュッとしたスタイルにより完璧に着こなされている。男装の麗人みたいで、これはとても素晴らしいです。
「と言うのも手前め、フェニックス氏に対して強いコンプレックスを抱いているものですから。ほら、このように口先しか取り柄の無い手前めとは違い、フェニックス氏は高い実力に加え、そのあまりにも美しすぎる容姿をお持ちですゆえ」
「……ふんっ。言っておくけど、おだてようとしても無駄だから」
突如として態度を変え、フェニスを褒めちぎるアンドレアルフスだが、それが本心ではない事を承知しているフェニスの表情は曇ったままである。
「いえいえ、ただの事実でございますとも。そもそも、アナタのような素晴らしい魔神が手前めと同じ侯爵クラスだという事がありえないのですよ。能力の希少性と強さは支配者クラスにも並びますし、千年前にソロモン氏が一番重宝されていたのは間違いなくアナタでしょうね」
「……ま、確かに不死の力は唯一無二よね。ソロモンの事も何度も救ってあげたし」
しかし、そんな風に眉間に皺を寄せていたフェニスの表情が、アンドレアルフスの言葉によって少しずつ解きほぐされていく。
更にフェニスはヒクヒクと口元の端を痙攣させて、アンドレアルフスに続きを催促するかのように……腕組をしたまま、その耳を傾けていた。
「ええ、全く! 間違いなく侯爵クラスの中で一番の実力にして、上位魔神にも届きうる力を秘めた魔神……それがアナタなのですよ! そんな方が、またこうして新たなソロモン氏の隣で【右腕】として付いていらっしゃるとは、早くも手前めはにげ出したい気持ちでいっぱいでございます」
「あっはっはっはっ! そうよ!! アンタも中々、分かってるじゃない!」
結局のところ、フェニスは堪えきれずに高笑いを上げる。
傍から見ている俺達からすれば、口車に乗らないと意気込んでいたフェニスがあっという間に乗せられてしまったので……そのあまりにも鮮やかなアンドレアルフスのリップサービスぶりに、唖然とする他に無かった。
「むむむむむぅぅぅっ!! ミコト様の右腕はこの私ですのにぃぃぃっ!」
「残念だったわね、フルカス。でも、腕はもう一本空いているんじゃない?」
「あっ、じゃあ私は左腕でもいいです。わーい! 私はミコト様の左腕ですー!」
勝手に盛り上がっているルカとフェニスはともかくとして、確かにアンドレアルフスの口は上手い。プライドの高いフェニスに対し、へりくだりながらその実力を褒めちぎり……見事に警戒心を解かせる事に成功している。
「なんだか、あの子の声って耳に残るな」
「そういう能力、ですから。頭では分かっていても、反射的に……騙されます。ヴァサゴも、気を抜いたら……危ない」
一流のセールスマンや詐欺師は、軽く話しただけで初対面の人間相手に高額の商品を売りつけるって聞いた事あるけど……まさに、そんな感じかもしれない。
まくし立てるような早い口調の中にも、しっかりと立てるべき部分は強調しているし……何よりも、ハキハキと喋る特徴的な声がズシンと胸に響く。
「あややや、いかがですか? フェニックス氏が相手では歯応えがなさ過ぎて喋りがいが無いというのが本音ですけれども、手前めの力を示すパフォーマンスとしては十分では?」
「ああ、本当に凄いね。その口の上手さ、見習いたいくらいだ」
「あやぁー、そのように褒められると手前めも照れてしまいますね。こう見えても手前め、褒める事には慣れておりますが、褒められ慣れていないものでして」
嬉しそうに頭をかきながら、ニコニコと微笑みを絶やさないアンドレアルフス。
なんだかこうして軽く会話を交わしただけで、この子がとても良い子である事が分かるというか、なんだかとっても……愛着が湧くというか。
これからも、俺の傍にいて欲しいなって――
いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。
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