23話 一番可愛いのは?
魔神でさえ無事ではいられない程の猛毒に汚染された、毒湿原カプリコルム。
本来なら一歩たりとも足を踏み入れる事の叶わない魔境の中を、俺達は身を寄せ合うようにして歩いている。
「むふぅ、ミコト様。毒に触れないように、気を付けてくださいね!」
俺と腕を組みながら、俺の肩に頭を載せているルカ。
ウェーブがかった彼女の柔らかな銀髪が首元に当たり、少しくすぐったいが、その心地よさはクセになってしまいそうだ。
彼女の頭部に生えた角が時々、俺の顎を突くのは痛いから気になるけど。
「それにしても、狭い道よね。どうせなら、もっと広くしてくれればいいのに」
一方、俺の後方で少し離れて歩いていたフェニスは不満の言葉を口にする。
頭だけ回して後ろを振り返ってみると、口をへの字にした赤髪の少女……フェニスが忌々しげにルカを睨んでいる姿が見えた。
俺とルカがくっついている事に、ヤキモチを焼いているのかもしれない。
「大体、ここあっついのよ。熱いのはいいけど、暑いのは嫌いだわ」
俺と視線が合ったフェニスは、炎の翼を器用にはためかせながら自分の顔をパタパタと仰ぐ。湿原特有のじっとりとした湿度のせいもあり、フェニスのTシャツは汗で濡れて肌にピッタリと張り付いていた。
ああっ、ノーブラTシャツが透けて……これはエロい。
「……ふふんっ」
俺が鼻の下を伸ばしたのを見て、フェニスは満足そうに口元を歪める。
そんな当てこすりのような態度を受けて、俺の隣のルカが黙っている筈もなく。
「むぅっ! ミコト様、私だって汗だくですからね!!」
ルカは自分の胸当てをぐいっと引っ張り、その大きな胸の谷間を俺に見せつけてくる。そこに広がるのは、白い肌の上を汗の粒が滑り落ちていく光景。
ムチムチな巨乳に、むわっとした濃厚な汗のデコレーション。
この谷間に顔を突っ込み、深呼吸できたなら……一体どれだけ幸せな事か。
「むふふ……どやぁ」
「余分な脂肪をわざわざ見せびらかすんじゃないわよ……!」
「俺はおっきいおっぱいも、ちっちゃいおっぱいも好きなんだけどなぁ」
互いに対抗心を燃やし合うのはいいけれど、そこだけは勘違いしないで欲しい。
汗だくムレムレな巨乳も、スケスケTシャツの貧乳も。それぞれが崇高な芸術品である事に違いはないのだ。ああ、なぜ世界からは争いが無くならないのだろう?
「……話の内容に、ついていけません」
俺が世界平和について頭を悩ませていると、今度は前方から悩める少女の呟きが聞こえてきた。その正体は、先程からこちらの会話に混ざらず、少し先を進んでいたアリエータの魔神……普乳のヴァサゴである。
「先程の元マスターと、今の元マスター。まるで、別人」
じぃーっと、ヴァサゴの長い前髪の間から覗く……漆黒色の瞳。
吸い込まれそうなその瞳の中には、だらしのない間抜け面の男が映っていた。
「フッ……二面性のある男は嫌いかい?」
「言葉の真意が、分かりかねます」
咄嗟に髪をかきあげて格好つけてみるも、残念ながらヴァサゴには通じない。
というよりも、本気で俺のアプローチの意味が分かっていない様子だ。
「馬鹿ね、ミコト。ヴァサゴは真面目ちゃんだから、口説いても無駄よ」
「……みたいだな。こんなにも可愛いのに、勿体無い」
特徴的な紅いマフラーとダボダボのローブは少々子供っぽい装いだが、彼女自身の容姿はとても美しく、魅力に満ち溢れている。
その美貌を無駄にしない為にも、いずれは俺が愛を教えてあげよう。
可愛い美少女が恋を知らずにいるなんて、世界にとっても大きな損失だからな。
「元マスター……ヴァサゴは、可愛いですか?」
振り返り、俺を見つめているヴァサゴの瞳がスッと細められる。
どこに疑問の余地があるのかは分からないが、ここは素直に答えるとしよう。
「美醜の判断基準は人によるんだろうけど……少なくとも俺は君を可愛いと感じているし、早く契約してイチャイチャしたいよ」
「そう、ですか。ヴァサゴは……世界で一番、誰よりも可愛いと」
俺の返答を聞いたヴァサゴは、顔の向きを前方に戻してからボソリと呟く。
更に続けて右腕をゆるゆると高く突き上げると、伸ばした人差し指で天を指す。
それはまさに、自分が一番なのだと見せつける……挑発行為であった。
「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! ミコトはそこまで言ってないでしょ!!」
「むーふぅー!! そうですそうです!! ミコト様の一番はこの私です!」
「違う。可愛いと言われたのは、ヴァサゴ。だから、一番可愛いのはヴァサゴ」
案の定、ヴァサゴの挑発に釣られたフェニスとルカが走り出し、ヴァサゴもまたそんな二人から逃げるようにして駆け出していく。
一時休戦中とはいえ、つい最近まで争っていた関係だというのに……
「危機感の足りぬ連中じゃな。敵地の前で騒ぐとは」
そんな彼女達を微笑ましく見ていると、俺の頭上のベリアルが話しかけてくる。
ヴァサゴが離れたので、話しかけても問題ないと判断したのだろう。
「いいじゃないか。まだ、敵の姿すら見えないわけだし」
「愚か者め。相手が並以下の魔神ならばそれでも対処できるじゃろうが、相手はアスタロトを捕らえておる魔神なのじゃぞ。油断しておったら、すぐにお陀仏じゃ」
ペシペシと頬を叩かれながら、俺はヴァサゴの説明を思い返す。
アスタロトは確か、序列第29位の公爵クラスだった。公爵クラスは上から数えて2番目に強い魔神の階位だから――
「相手は最低でも公爵クラス。最悪の場合、最高位の支配者クラスって事か」
「うむ。相手の魔神にもよるが、今回はあくまでもアスタロトの救出を優先し、無用な衝突は避けるべきじゃ」
敵に見つかることなく、秘密裏にアスタロトだけを連れ出して逃げる。
リスクを冒さずに目的を達成するには、これが一番の得策だな。
「了解。いざって時には、頼りにしているからな」
「任せておくがいい。何があろうとも、儂はお前の味方じゃ」
嬉しい事を言ってくれるベリアルの頭をポンポンと叩いてから、俺は先に進んだルカ達を追いかけるようにして歩みを早める。
こんなにも暗く、ジメジメとした場所で置いてきぼりにされたのではたまったものじゃない。早くまた、ルカと腕を組んだり……ん?
「あれ、どうしたんだ? そんな場所で立ち止まったりして」
「「「…………」」」
俺が早歩きから駆け足へと移行しようとしたところで、前方で立ち止まっているルカ達へと追い付いてしまった。
あの勢いで駆け出していったものだから、てっきりずっと先に進んだものとばかり思っていたのに……こんな近くで待っていてくれたのか?
「みんな? おーい、聞こえてるか?」
しかし、よく見るとみんなの様子がどこかおかしい。
3柱とも唖然とした様子で放心しながら、遠くの何かを見つめているようだ。
「一体、何を見ているんだ?」
俺はそんな彼女達の間を割って入るように通り抜けながら、彼女達が足を止めた原因となっている何かを……己の視界の中に入れた。
「もしかして敵が……って、なんじゃありゃああああああっ!?」
そこに在ったモノは――金、金、金。
暗く澱んだ毒湿原には不釣り合いな輝きを放つ、巨大な黄金の塊であった。
「金色の、屋敷……?」
紫色の毒の瘴気に囲まれる中に屹立するソレは、よく目を凝らして見てみると立派な屋敷である事が分かる。
形状自体は西洋風の屋敷で、至って普通の建物と比べても遜色の無いものであるのだが……やはり問題は、その屋敷を構成している素材だろう。
「これじゃあ、流石の金閣寺も真っ青だな」
壁も、窓も、屋根も、扉も。それら全てが例外なく、金色をしているのだ。
まさかとは思うけど、この屋敷はもしかして……金で出来ている、のか?
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