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21話 森へお帰り、トカゲさん


 ユーディリアとアリエータの同盟を結ぶ為の条件。

 魔神アスタロトを捜し出して、アリエータの聖女バエルの元に連れ戻す。

 その条件を成し遂げるべく、俺達はユーディリア城から一時間以上も歩き続けて、毒湿原の異名を持つカプリコルムという場所を目指している。

 そうして差し掛かったのは、人気はおろか、野生の動物や虫一匹の気配すら感じさせない林道。不気味な程に静かすぎるその林道には、俺達が地面を踏みしめる足音と……時折交わされる些細な会話だけがこだましていた。


「むぅ、なんとかミコト様のお昼ご飯を捕まえたいんですが……見つかりません」


 地面や周囲をキョロキョロと見渡し、残念そうに呟くルカ。

 俺の前を犬のように四つん這いで進みながら、その小ぶりなお尻をフリフリと揺らすその姿はなんとも可愛らしく、蠱惑的であった。


「一日くらい、何も食べなくても死にはしないわよ。いい加減うざったいから、ちゃんと立って歩いてくれない?」


 そんなルカの行動をうんざりとした様子で見下ろしているのは、炎の両翼を広げて宙に浮かんでいるフェニス。彼女はここに至るまで、何度もルカに立ち上がるように促しているのだが、その効果は今のところ全く現れていない。


「でも、ミコト様はさっきから何度もお腹を鳴らしているんですよ!!」


「……ああ、そっちもかなりうざいんだったわ」


「うっ……俺だって、悪いとは思っているんだけどさ」


 そう。何もルカは、フェニスに嫌がらせをしたくて食料探しをやめないのではない。ただ単に、空腹で腹を鳴らす俺の為を思って行動してくれているのだ。

 フェニスの言うように、一日くらい空腹を我慢したって死にはしないのだから、できれば我慢をしたい。でも、悲しい事に生粋の現代人である俺に……一日の絶食は辛いモノがある。一日三食が普通の生活から、急に朝昼の食事を抜く。

 たとえ精神が耐えられても、体が勝手に鳴き声を上げてしまうのであった。


「だからさぁ。お腹が空いてるんなら、ウチが持ってきたジャムパンを食べればいいじゃん。こんな太りそうなもん、一口食べたらいらないしぃ」

 

 ルカ達の口論に挟まれて気まずい思いをしていると、俺達と少し離れた距離で歩いていたJK風の美少女魔神……マルファスが、魅力的な提案を口にした。

 その手の先でユラユラと揺れるのは、先程から俺が喉を鳴らして欲しがっている齧りかけのジャムパン。齧られた箇所からはみ出す赤い色はきっと、よく知り馴染んだ、あのゲロ甘いイチゴ味のジャムなのだろう。

 アレを一口食べさえすれば、俺の腹の虫は一体どれだけ満足する事か……

 

「ダメですぅ!! ダーリン!! あんな売女の食べかけなんて、ぜぇったいに口にしちゃいけませんからねぇっ!! 変な病気を伝染されますよぉ!!」


 しかし、俺がマルファスからパンを受け取る事は許されない。

 俺の右腕にしがみついている桃色の髪の少女……ハルるんが、華やかなドレス姿には似合わない鬼のような表情で、俺とマルファスの接触を邪魔するからだ。


「きゃはははははっ!! というわけだからぁ、ごめんねソロモンちゃん!」


 あまりに必死すぎる姉の反応と、目の前の美味しそうなパンを食べられない俺の絶望の顔を見る事ができて、マルファスはさぞかし気持ちいいに違いない。

 意地の悪そうな笑顔の花を満開に咲かせたマルファスは、両手を後ろ手に回してスキップを踏んでいた。 


「マルファス。貴女は、ヴァサゴ達に同行、しなくていい筈……」


 一方、マルファスの隣を歩くヴァサゴの顔は暗い。その様子からは、一秒でも早くマルファスと別れたいという彼女の内心が透けて見えている。

 事実、能力で捜し出したアスタロトの居場所を案内する為、俺達に同行する必要があるヴァサゴとは異なり、マルファスがこの場にいる必要性は薄い。


「うんうん。ウチの役目ってばぁ、交渉役のアンタをソロモンちゃんの前に送り届ける事とぉ、交渉の結果をバエル様へ報告しに戻る事だかんねー」


「だったら、早く帰って。早急に報告……すべき」


「えぇー? でもでも、ここでウチが帰ったら、出来損ないのアンタが、そこの雑魚共に袋叩きにされちゃうかもしんないじゃん」


 そう言って、四つん這いのルカと宙に浮くフェニス、俺と腕を組むハルるんを順繰りに指差してくるマルファス。確かに、彼女がいなくなってしまえば三対一の状況となり、ヴァサゴが一気に不利な状況と化すのは確実だ。


「そもそも、そこのビッチおねぇは見回りを任されていたんじゃなかったぁ? 一体いつまでウチらに付いてくるつもりなわけぇ?」


「確かに、ハルるんもずっと付いてきているな」


 マルファスの指摘は、俺も思っていた事である。

 今回、俺がアスタロト救出作戦のメンバーとして選んだのはルカとフェニス、それと俺の頭の上でぬいぐるみのフリをしているベリアルだ。ハルるんには、負傷してしまったラウムとビフロンスに代わり、警邏の担当をお願いしていた筈だが。

 

「だってぇ、納得がいかないんですぅ!! ルカさん達よりも私の方がお役に立てるのにぃ、どうして私を選んでくださらないんですかぁ?」


「それはほら、ハルるんがみんなの中で一番強いって聞いたからだよ」


 大きな胸で俺の右腕を挟み込んでくるハルるん。初は興奮しっぱなしだったこの幸せな状況も、時間が経って少しは慣れてきている。

 俺はハルるんの頭を左手で撫でてあげながら、優しい声で彼女を諭した。


「ラウムとビフロンスが負傷しているから、城に誰か1柱は残さないといけないし、 それに加えて国境付近の警邏も1柱は必要になる」


 ラウム達が目を覚ますまで、城を守る役目を任せたのはアンドロマリウス。

 ハルるんではなく、彼女に警邏を任せても良かったのだが、本来2柱で行う警邏を1柱のみに任せるのであれば……より強い方の魔神が適任だ。

 そう考えて、みんなから話を聞いてみた結果。彼女達の中で一番の武闘派がハルるんだと判明した。となれば、彼女に警邏を任せるのは当然の決断だと言えよう。


「ま、回復能力を持つアタシを旅のお供に選ぶのは当然ね。ただドンパチやるだけしか能のないアンタじゃ、コイツのお供は荷が重いわよ」


 ここぞとばかりに、ドヤ顔でハルるんを煽り始めるフェニス。

 なんだかんだ愚痴っている割には、お供に選ばれて嬉しいのかもしれないな。 


「分かりましたぁっ! ダーリンはこの私を誰よりも信頼してくださっているんですねぇ! 最愛の私と離れるのは身を引き裂かれるように苦しいでしょうにぃ!」


 しかし、ご機嫌なフェニスの煽りはハルるんの耳には届かなかったようだ。

 それどころか彼女の瞳はハートマークの形で、爛々と輝いていた。


「任された役目は立派に果たさせて頂きますぅ!! ダーリンが辛いお気持ちを耐えるならぁ!! 私だってこの胸の痛みを耐え抜いてみせますからぁぁぁっ!!」


 俺の言葉が琴線に触れたのか、ハルるんはようやく俺の腕から離れる。

 そしてそのまま、瞳を潤ませて元来た道を凄まじい速さで引き返していった。

 俺が誤解を解く間も、他のみんながツッコミを入れる隙さえも与えずに――


「あんなのが実の姉とか、マジで笑えないんですけどぉ……激萎えってカンジ」


 暴走していった姉の後ろ姿をしばらく見つめていたマルファスだったが、その背中が見えなくなった所で、ポツリと小さな声を漏らす。

 それから何を思ったのか、見事にセットされた髪をガシガシと掻き毟り……先程まで浮かべていた微笑を消し去ってしまう。


「……ウチも、もう帰る。なんだか、おねぇのせいで白けちゃったしぃ」


「あ、おい! マルファス!?」


「宮殿に帰ったら下僕どもにパフェでも作らせよーっと。そんじゃねー、ソロモンちゃん。お互いに生きていられたら、また会えるかもねー」


 姉の後に続くようにして、マルファスも来た道を引き返していく。

 その速度はハルるんに比べればかなり遅く思えるが、早くこの場を立ち去りたいという感情を悟らせるには十分な足取りであった。


「……えっ? 結局、いなくなっちゃうのか?」


 警邏に向かったハルるんはともかく、マルファスまでいなくなってしまったのは完全に予想外であった。

 いる必要が無い事が分かっていても、美少女はいくらでも多いに限る。

性格に難有りの子だとしても、いなくなっちゃうのは悲しいぞ。


「これでようやく、静かになる」


「いつも思うんだけど、どうして騒がしい奴らってこうも自分勝手なのかしらね」


 一方、現仲間であるヴァサゴと元仲間であるフェニスの反応ときたら、それはもう淡白で冷ややかなものだ。

 

「むふふぅっ! やりましたぁ! 美味しそうなトカゲを捕まえましたよぉっ!」


 食料探しに夢中なルカに至っては、2柱がいなくなった事に気付いてすらいないご様子。あと、その手に握る青紫色のトカゲは逃がしてあげて欲しいなぁ。


「さぁさぁミコト様! 踊り食いにします? それともフェニックスに焼いて貰いますか!? 私は断然、踊り食い派でして!!」


「う、うーん? どうしよっかなー……」


 眩しい笑顔で俺の眼前に毒々しい色のトカゲを差し出してくれるルカ。

 ご主人様の為に狩った獲物を喜々として差し出す可愛いペットみたいで、股間にはグッとくるのだけど……このトカゲを口にする勇気は俺にはありません。


「……ゲルトカゲ。猛毒の中で生まれ、全身に強力な猛毒を宿しておるトカゲじゃな。人間のお前が一口でも食えば、あっという間に人生をやり直す事になるぞ」


「わぁ、見た目通りなんだぁ」


 流石にこれは見過ごせないと判断したのか。ぬいぐるみのフリをしているベリアルが、俺の耳元でこっそりと忠告の言葉を囁く。

 人生をやり直すって、即死コースって事じゃないですかー! やだー!!


「ふぅ……やっぱり、フルカスは馬鹿ね。ソイツはカプリコルムの周辺にしか生息しない猛毒トカゲなの。そんな物を食べさせたら、ミコトが死んじゃうわよ」


「うぇぁっ!? そ、そうなんですか!?」


「そうらしいし、その子は野生に返してあげようね」


「はーい!! 美味しそうなトカゲ……食べてあげられなくてごめんなさい!」


 フェニスの説明を聞いたフルカスは、名残惜しげにゲルトカゲを地面へと下ろす。

ゲルトカゲは地面に降りた後、数歩だけ歩き、チラリと頭上のルカを見た。

 じぃーっと目を合わせ、ゲルトカゲはその青い顔を少しだけ赤らめてから、雑木林の中へと消えていく。おい、ルカは俺のモンだぞ! 勝手に惚れるな!!


「ゲルトカゲがいるという事は……カプリコルムが、近い」


「ええ、残り数分ってところかしら。随分と景色も様変わりしてきたし」


 俺がトカゲに嫉妬している隣で、ヴァサゴとフェニスが何やら話している。

景色が様変わりって……そういや、周囲の緑が少し減ってきたような?


「ここから先は、カプリコルムの毒による影響で自然が殆ど枯れ果てた状態になっているのよ。本当なら、この辺りで人間にも悪影響が出始めるんだけど……」


「俺は全然へっちゃらだぞ? 気分が悪いとか、そういうのも無いし」


「ローブのお陰ね。その服が無かったら、アンタは今頃無事じゃいられないわよ」


 なるほど。このローブは今この瞬間も、魔法の力で俺を守ってくれているのか。

 今朝、これを用意してくれたアンドロマリウスにはちゃんと感謝しておこう。


「……しかし、妙じゃな」


 魔法のローブの効力に感動していると、不意に俺の頭上のベリアルが呟いた。

 ヴァサゴ達にバレないよう、しばらく喋らないと言っていた割には、ちょくちょく話しかけてくるな。


「儂が知る頃のカプリコルムは、美しい湿原が広がるばかりで……決して毒の湿原などでは無かった。それがこれ程までに、強力な毒に汚染されているとは」


「ふぅん……? 千年前とは、まるで違うって事か」


 徐々に緑を失い始める林道を歩きながら、俺とベリアルはヒソヒソと話す。

 俺の少し前を歩くヴァサゴは隣を歩くフェニスと話しているせいか、こちらに気付く様子も無い。


いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。

好感度マックスなヤンデレ風美少女がお好きな方は是非、ブクマや評価をお願いします!

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