20話 なんだかんだで惹かれてる
燦々と輝く太陽が、人々の真上に上がる頃。
カーテンが締め切られ、外の明るさとは真逆の薄暗さに包まれた一室のベッドには、緑色の髪をした美少女が横たわっている。
「ん……うぅん? ボクは……あれ? ここは?」
全身に気怠さを感じさせるような微睡みの中、意識を覚醒させたボーイッシュな美少女……ラウムはゆっくりと上体を起こす。
なぜ自分は寝室のベッドで眠っているのか。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、彼女は記憶を遡る。
そうして思い浮かぶのは、見知った仇敵の歪な笑み――
「あああああっ!! よくもやってくれたな!! マルファス!!!」
「そう叫ぶな。傷口が開いてしまうぞ」
自分を倒した相手の顔を思い出し、怒りの声を荒らげるラウム。
そんな彼女の身を案じるように諌めたのは、ベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛ける美しい少女――アンドロマリウスであった。
「アンドロマリウス? もしかして、君がボクを助けてくれたの?」
「……寝室まで運んできたのは私だが、助けたのは私ではない」
「え? じゃあ、どうしてボクは……?」
敵に敗北した自分が無事に生存している理由が分からず、ラウムは不思議そうに首を傾げる。そんな彼女に、アンドロマリウスは丁寧にその理由を語り始めた。
「全てを話せば話が長くなる。悪いが、重要な事だけを簡潔に伝えよう」
「うん。お願いするよ」
「事の発端は、私が主殿を起こすべく、寝室を訪れた所から……」
「うん。そこは飛ばしてくれてもいいかなー」
昨晩、自分と親友が警邏の担当を交代した少女……ハルファス。
彼女と目の前のアンドロマリウスの間にひと悶着が起きたであろう事は、頭の回るラウムには簡単に予想が着いたらしい。
「……そうか。では、その後に食堂で起きた話をするか」
少し残念そうな表情をしながらも、アンドロマリウスは説明を続ける。
今度こそ余計な話は省き、今朝起きたばかりの一件について……しっかりと。
「ええええっ!? ビフロンスもやられちゃってたの!?」
「ああ、隣の部屋で未だ眠っている。お前と同じように、怪我は軽い」
「本当? それなら良かったけどさ……ボク達、なんだか情けないなぁ」
握った拳の先を見つめながら、悔しそうに声を漏らすラウム。自分が荒事に向いていない事を承知している彼女であっても、やはり敗北は堪えたらしい。
「無理もない。マルファスは戦闘タイプの総裁クラスで、ヴァサゴは上位魔神である公爵クラスだ。我々の中で相手になるのは、せいぜいハルファスくらいだろう」
本来ならば上の階級の魔神相手に勝つ事は難しい。しかし、戦闘に長けた能力の下位魔神が、非戦闘タイプの上位魔神に戦闘で勝利する事は可能である。
実際に、最下位の騎士クラスであるフルカスは、ラウムよりも遥かに強い。
「そんな事は分かってるよ。だからこそ、ボク達が敵と交戦した時は……すぐに仲間に救援を求めるって決まりを作ったんじゃないか」
フルカスやハルファスのような武闘派ならばともかく、他の面々は中位以上の魔神と一対一で戦う事は難しいといえる。
それゆえに彼女達は、警邏の最中に敵と遭遇した場合、無理はせずに仲間の元へと退却し、なるべく複数で迎撃する事を義務付けていたのだ。
「……ボクもヤキが回ったのかもね。新マスター君に会えて、気を抜いたりして」
一瞬の気の抜かりから、仲間へ危機を知らせる事も叶わぬままに敗北。
結果として大事に至らなかったから良いものの、危うく全てが台無しになるところだった。ラウムの心を締め付ける後悔の鎖は、そう易々と解けはしない。
「悔しい気持ちは私にも分かる。だが、ここで貴様が歯噛みしたところで、何も変わらん。命を拾えた以上、次の機会で主殿のお役に立てるように努力しろ」
「っ! ああ、そうだね。ボクの力が役に立つのは、荒事じゃないし」
適材適所。戦いが苦手ならば、自分が得意とする分野で役に立てばいいだけ。
アンドロマリウスの慰めを受けて、ラウムは少しだけ気が楽になったように眉間の皺を緩める。しかしその顔はすぐに、再び険しい表情に変わってしまう。
「それより、新マスター君達はどうしているの? まさか、ヴァサゴ達の口車に乗っちゃった……なんて事は、ないよね?」
「……私は反対したんだが、主殿の意思が固くてな」
「うっそー! どうしてそうなっちゃうわけさ!?」
アンドロマリウスが首を横に振ったのを見て、驚愕の叫びを漏らすラウム。
それはつまり、尊がヴァサゴ達の提案に乗った事を意味していたからだ。
「ベリアル殿もご反対されなかった上に、フルカスとハルファス……更にはフェニックスまで賛成したとあっては、私だけでは止められん」
「あー……なんかごめん。ボクとビフロンスがいれば、味方になれたんだけど」
「構わん。それに私は反対こそしたが……主殿の決断には納得のいく部分もある」
アリエータとの同盟がもたらす、多大な物資の援助と戦力の増強。
仮にそれが反故にされたとしても、アスタロトとの契約に成功すればユーディリアの食糧問題は解決できる。そういったメリット部分は客観的に見ても魅力的であり、アンドロマリウスもそれは深く理解している事だった。
「それに何より、あんなにも力強く……宣言されてしまってはな」
何者かに攫われ、苦しんでいるだろうアスタロトを救いたい。
真剣な眼差しで自分に面と向かってそう叫んできたミコトを思い出し、アンドロマリウスは鎧に圧迫された胸が熱くなるのを感じる。
ソロモンの魔神としては、そんな感傷的な考えは否定したい。しかし、彼女がひた隠しにしている女としての感情は……ミコトの強い意思に心を動かされていた。
「……しかし、一歩間違えればユーディリアを未曾有の危機に晒す事になってしまうだろう。もしもそうなってしまった場合には……私にも考えがある」
「なるほど。アンドロマリウスは、ここで新マスター君を試すつもりなんだね?」
「試す、とは人聞きが悪いな。私はただ、主殿の下した決断に従っただけだ」
今朝、尊とアンドロマリウスが交わした約束。いずれ、自分の信頼を勝ち取って見せるという尊の言葉を、アンドロマリウスは信じる事にしたのであった。
「……ただ、少しだけ自分の心境の変化に戸惑っている」
「へ?」
しかし、それはそれとして。
アンドロマリウスは、新たに大きな悩みを抱えていた。これまでに味わった事の無い不思議な感情が胸の奥を埋め尽くし、彼女の正常な思考を妨げてしまうのだ。
「ああいう、普段だらしない殿方が……時折見せる、こう、キリッとした表情というか、態度というのか……それがなぜだか、こう、堪らなく思えて……」
「……ああ、そう」
恋知らぬ初心な乙女の戸惑い……と言えば聞こえはいいが、その実はただのギャップ萌え。もしくはただの、ダメ男に引っかかる恋愛バカのスイーツ女。
「な、なんだ!? その、可哀想な者を見るような目は!? 何が言いたい!?」
「いーや、べっつにー。まぁ、そういうのもアリなんじゃない?」
苦楽を共にしてきた仲間の恋愛観が、自分とは大きく異なる道を歩んでしまっている事を知ったラウムは……同情の視線を向ける事しかできない。
「ぐぬっ……!! 馬鹿にするなっ!! 私は真剣に悩んでいるんだぞっ!!」
口を滑らせた事への後悔と気恥ずかしさから、声を荒らげるアンドロマリウス。
純情に彩られた怒りの咆哮は、隣の部屋で眠りについている仮面の少女、ビフロンスの耳にも届いてしまい――
「…………がう?」
目を覚ましたばかりの彼女は、状況を飲み込めずに首を傾げるのだった。
いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。
ダメダメな主人公に何故か惹かれ、やがて完堕ちする堅物系美少女がお好きな方は是非、ブクマや評価をお願いします!




