19話 美少女を助けるのに理由がいるかい?
「え? 魔神を……捜し出す?」
ユーディリアとアリエータの同盟の為、ヴァサゴが俺達に提案してきた条件。
予想もしなかったその内容に、俺は思わずオウム返しをしてしまう。
「俺達に……魔神を捜して欲しいって言うのか?」
「はい。貴方だけが、頼りです」
指輪を渡せとか、俺を連れて行くとか、そういった内容かと思えば拍子抜けだ。
まさか、同盟の条件が人捜しならぬ、魔神捜しの依頼だったなんて。
「……なるほどね。確かにソロモンなら、あの魔神を連れ戻せるかもしれないわ」
「ん? フェニスはこの条件に、何か心当たりでもあるのか?」
「まぁね。元々はアタシもバエルに命じられて、ヴァサゴと一緒にその魔神を捜していたんだもの。ユーディリアへの襲撃はいわば、その片手間ね」
ほほう。ユーディリアへの襲撃が片手間、ときたか。
それはつまり、他国を落とすよりもその魔神を捜す事が重要だって事だよな。
そうなると、また新たに気になる点が二つも出てくるぞ。
「そもそも、バエルはどうしてその魔神を捜しているんだ? それと、魔神捜しをわざわざ俺達に依頼する理由も説明してくれないか?」
敵国の侵略よりも優先し、フェニスやヴァサゴに捜索を命じる程の相手。
その相手の捜索を、なぜか俺達に託そうとしている事。
どちらも、今の俺が抱える情報だけでは答えを導き出せそうにない。
「もう、質問が多いねー、ソロモンちゃん。神経質で慎重な男はモテないよー?」
「モテなくて結構ですぅ。ダーリンには私がいますからぁ」
「はぁぁぁぁっ!? ゴミッカスのおねぇには言ってないんですけどぉ!?」
悩む俺を批判するようなマルファスに対し、煽るような態度を取るハルるん。
お陰で姉妹喧嘩が勃発しまったけど、別に放っておいても問題無いだろう。
それはヴァサゴも同じ意見だったようで、横で吠えるマルファスをチラリと一瞥した後は、その存在が無いものであるかのように話を始めた。
「一つ目の疑問の、答え。捜索している魔神は、公爵クラス、序列第29位の魔神、アスタロト。彼女は、バエル様の恋人でした」
「バエルの、恋人……? あっ、そっか! それで、必死に捜しているのか!」
そうかそうか。捜している相手が恋人なら、国の侵略より優先するのも頷ける。
いやぁ、話に聞いていた感じだとバエルってやべー奴のイメージだったけど、案外人間っぽいというか、俗っぽいところがあるんだなぁ……
「って、ちょい待った!!! こっ、ここ、恋人だとぉっ!?」
「はい。恋人です」
「え? でも、魔神には美少女しかいないんじゃ……?」
魔神の中に彼氏持ちがいるなんて聞いてねぇぞ!!
それに、魔神の中に野郎がいるとしたら、俺が期待していた72柱の魔神少女達による完璧なハーレム結成が泡沫の夢と消えてしまう!!
「そうよ。ソロモンが契約した72柱の魔神には、女しかいないわ」
「……むむっ? じゃあ、もしかしてバエルとアスタロトは……百合なの?」
「百合の意味はよく分かんないけど、アイツらは女同士でくっついていたわね」
あら。あらあらあら?
まぁまぁ! そういう事でしたのね! すっかり勘違いしてしまいましたわ!
「百合っ子いいね! そういうレズレズした女の子に男の魅力を教えて、メロメロにするっていうのに憧れていたんだ! 私、女の子が好きな筈なのに……彼だけは特別なの! 的な感じでさぁ! くぅぅぅっ! 盛り上がってキタァァァッ!」
最悪の想定から一転。思いがけない僥倖に、俺は歓喜の叫び声をあげる。
しかしそんな興奮は、この真面目な場面にはそぐわなかったようで……
「キモッ」
「ヴァサゴには理解、できません」
汚物を見るようなフェニスの視線と、困惑に満ちたヴァサゴの呟きが、俺を妄想の世界から引き戻す。ああっ、胸の奥がズキズキするぅ!!
「…………ごめん。話を続けてくれ」
滾るリビドーを押さえ込むように、俺は自分の両頬をピシャリと叩く。
こうやってすぐに、頭の中がピンク色になってしまうのが俺の悪いところだ。
「アスタロトは、数百年以上も前に、何者かによって連れ去られ……現在も行方不明。ただし、そのおおよその位置は、ヴァサゴの能力で判明、しています」
「君の能力?」
「はい。ヴァサゴの魔神装具は、隠されたモノを見つけ出す事が、可能」
ほう、隠されたモノを見つけ出すとは、これまた便利な能力だ。
ルカのクトゥアスタムやフェニスのフランマウィングは主に戦闘に役立つタイプの能力だったけど、こういった種類の能力もあるんだな。
「うーん。でも、おかしくないか? その力でアスタロトを見つけられるなら、ますます俺達の力なんて要らないだろ?」
破格の好条件を提示してまで、俺達の協力を仰ぐ必要性が分からない。
強国のアリエータなら、魔神捜しくらい自力でどうにかしそうなもんだけど……
「その答えは、簡単。ヴァサゴ達では、その場所へ、辿り着けなかった」
「……毒湿原カプリコルム。人間は勿論、魔神ですらその身を蝕む程の強力な毒が広範囲に渡って蔓延している場所よ」
実際に経験した事があるからか、フェニスは綺麗な顔を露骨に歪ませる。
不死の力を持ったフェニスが、これまでにアスタロトを連れ戻せていないという事は、カプリコルムの毒というのは相当凄まじいようだ。
「魔神でも無事では済まない、毒沼。その道を切り開く事が可能なのは、ソロモンの指輪に、選ばれし者だけだと……バエル様は、おっしゃっています」
「買い被り……でもないのかな。この指輪、本当に凄い力を持っているし」
魔神との契約を可能にし、その本来の力を引き出せるソロモンの指輪。
この指輪の力をもってすれば、毒沼もなんとかなるのかもしれない。
「で、どうするわけ? アタシ的には、悪くない条件だと思うけど」
俺が自分の指に嵌められた指輪を見つめていると、隣に立つフェニスが決断を急かすようにして、俺の腕を左肘で小突いてきた。
これまた意外な事に、フェニスはアリエータとの同盟に賛成のようだ。
「アリエータの後ろ盾が得られる事も大きいけど……何より、アスタロトを連れ戻す事ができればアタシ達にもメリットがあるんだから」
「メリット?」
「アスタロトの魔神装具は、豊穣を司る能力を持っていたの。もしもあの子を味方に引き入れられたら、ユーディリアの食糧難は簡単に解決できるわ」
豊穣を司る能力。確かにその能力があれば、土壌が悪いというユーディリア城の周辺でも作物を育てられるようになるのかもしれない。
仮にアリエータが約束を反故にして物資の援助を行わなかったとしても、自国内での食料生産が可能となれば、大きな前進だと言える。
「はぁっ、はぁっ……こんな、下衆で高飛車なビッチ妹がいるような国は信用できませんけどねぇ……!!」
「はぁっ、はぁっ……腹黒で痛々しいぶりっ子おねぇより、マシだっつぅの……」
俺が少し思案していると、息も絶え絶えなハルるんとマルファスの両姉妹が、額の汗を拭いながら……こちらの話し合いに戻ってきた。
途中からなるべく意識を向けないようにしていたけど、口論の内容は大抵、アホとか馬鹿とか間抜けとか。小学生低学年レベルの罵詈雑言の投げ合いだったなぁ。
「ダーリン!! 仮にこの子達が本当の事を言っていたとしてもぉ、いつかは敵になる相手なんですよぉ!」
「ああ、そうだな。俺はいずれ、全ての魔神少女と契約するつもりだし」
同盟を結ぶという事は、俺と契約を結ばずに協力関係となるだけ。
契約を介していない以上、それはあくまでも一時的なものに過ぎないだろう。
「この話を受けてしまうと、いずれ俺達の首を絞める事になるのかもしれない」
「だったら……!!」
「でも、確かな事が一つだけある」
縋るように反対の意を示すハルるんには悪いと思う。
だけど、俺にはどうしても……ソレを見過ごす事はできなかった。
「アスタロトは恋人から引き離されて、今も誰かに捕まっているんだ」
同盟がどうとか、罠かもしれないとか、そういう事に関係なく。
ユーディリアの復興や魔神との契約も大切だけど、今は何よりも……
「女の子が辛い目に遭っているなら、必ず助け出してあげないとな」
ただ、救いを必要としている少女を助けたい。
危険だろうとなんだろうと、俺を動かすには十分過ぎる程の理由だった。
いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。
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