15話 ハーレムの主ですが、食堂内の空気が最悪です
理想のハーレムを求め、俺が異世界セフィロートへと渡ってから二日目。
清々しい朝の空気に包まれたユーディリア城の食堂は、昨晩とはまた違った場所のように思える。
窓から差し込む暖かで陽気な光は、シャンデリアや燭台の灯りとは異なり……こうして卓に着いているだけでも、心地よい眠気を誘ってきて仕方がない。
「うむうむ。よく似合っておるぞ、ミコトよ」
そんな微睡みの中、俺の頭の上に乗っているベリアルが嬉しそうに呟く。
前世の俺が着ていたという魔法のローブ。それに着替えた俺の格好にすっかりご満悦なのだろう。何度も俺の体を覗き込んでは、賞賛の声をあげる。
ベリアルの言う通り、この服は俺にとても似合っているのだと思う。
まるで俺の為にあつらえられたように採寸ピッタリ。皺一つ無い滑らかな布の触り心地は、元の世界にいた頃に着たどんな服よりもしっくりとくる。
「中身はともかく、見た目はますますソロモンと瓜二つとなったのぅ」
「はは……そりゃ、どうも」
爽やかな朝と心地よい新衣装。こんなにも気分の優れる条件が揃っているというのに、今の俺の心中は穏やかではなかった。
というのも、俺の前に並んで座っていらっしゃる方々――
「しかしお前達。いつまで、そんなしかめっ面をしておるつもりじゃ?」
「「「「…………」」」」
ルカ、フェニス、アンドロマリウス、ハルるん。
本日の警邏担当の為に城を離れているラウムとビフロンスを除く4柱の魔神少女達が、不満そうな顔で互いを睨み合っているからだ。
早朝の明るい空気には似つかわしくない、実に重苦しい雰囲気である。
「むむぅー! んむむむむぅー!!」
気まずい静寂を破り、低い唸り声を漏らすルカ。彼女はまるでハムスターのように両頬を膨らませながら、右手をビシッと高く挙げていた。
「はいはいはいっ!! ハルファスだけズルいです!! 私だってミコト様と一緒にネムネムしたかったのに、昨晩は我慢したんですよ!!」
ルカがそう叫んだ瞬間、ビシィッと何かがひび割れる音が食堂内にこだまする。
恐らく、この場の誰かが握るグラスが寿命を迎えたのだろうけど……それを確認する勇気は無いな。まぁ十中八九、あの子の仕業だとは思うが。
「そう言われましてもぉ、私とダーリンが愛し合うのは当然の事なのでぇ」
しかし、それ程の怒りを一身に受けながらも、当のハルるんは涼しい顔。
既に全裸ではなくなり、フリフリの派手なドレスに身を包んでいる彼女は……そんな態度も相まって、わがままなお姫様のように見える。
良くも悪くもあざと可愛いこの子はきっと、同性に嫌われてしまうタイプなのだろうと……なんとなく思った。
「ふわぁぁっ……こんなくだらない話の為に、朝早くから起こされたわけ? だったら部屋に戻って、昼くらいまで寝ていたいんだけど?」
憤るルカとは対照的に、眠たそうに乱れた髪を指先で弄んでいるフェニス。
こちらはまだ大丈夫。不機嫌であっても、その要因はとても可愛いものだ。
ただ問題なのはやはり、こちらのお方だろう。
「……主殿。貴方の軽率な振る舞いが、我らの統率を乱すという事をお忘れなく」
口調こそ穏やかだが、血走った瞳で俺の顔をギラギラと睨み付けているアンドロマリウス。人を殺しそうな目、とは比喩でよく聞く言葉であるが……まさか本当に人を殺しそうな目で見られる事になるとは思わなかったです。
「ミコト様!! 今夜は私と一緒に寝ましょう! 約束ですからね!」
「はぁぁぁぁっ!? 今夜も私と一緒に寝るに決まっているじゃないですかぁ!」
「むふぐぅっ……ミコト様の一番のお気に入りは私なんですぅぅぅっ……!!」
「きゅふぅっ……ダーリンが一番愛しているのは私なんですよぉぉっ……!!」
口論を段々ヒートアップさせていったルカとハルるんは、テーブル越しに両手を合わせて取っ組み合いを始める。
そんな彼女達を真顔で見つめるアンドロマリウスの瞳には、もはや絶対零度の冷たさが秘められていた。このままでは、取り返しのつかない事になってしまう。
「なぁ、ベリアル。どうにかこの場を丸く収めてくれないか?」
ラブコメ漫画やギャルゲーの主人公なら、ここで格好良く女の子達をまとめあげるのだろうが、生憎と俺にそんなスキルは存在しない。
どうしようも無いので、俺は小声でベリアルに助けを求めてみる事にした。
「しょうがない奴め。よかろう、ここは儂に任せておけ」
見た目こそアレだが、ベリアルは他の魔神達から一目置かれている存在のようだし……ここは素直に、彼女に任せておけば問題無いだろう。
「お前達! いい加減にせんかっ!!」
「「!!」」
「ミコトはセフィロートを統一するまで、儂以外の誰とも寝所を共にせん!! 今夜からミコトは、儂とだけ一緒に寝るのじゃ!!」
「そうそう! 俺はベリアルとだけ……へっ?」
あれ? 今、ベリアルはなんて言ったんだ?
思わず賛同しそうになったけど、割ととんでもない事を宣ったのでは?
「そもそもお前達はソロモンの魔神として恥ずかしくないのか? 仕えるべき主に世界の一つも献上できない分際で我欲を優先しおって!!」
「「ぐっ……!」」
「ミコトに褒められたいのであれば働け! ミコトの身体が欲しければ求められるように活躍するがいい!! 与えずして与えられるわけがなかろう!?」
ベリアルが放つ怒涛の一喝に、何も言い返せずに押し黙るルカとハルるん。
「ふわぁぁっ……もうここで寝ちゃおうかしら?」
傍らのフェニスだけは相変わらず興味無さそうに大口で欠伸をかいているが、残るアンドロマリウスの方はというと……意外なリアクションを見せていた。
「素晴らしいっ!! ベリアル殿のおっしゃる通りです!」
鬼気迫る表情から一変。御仏のような微笑で拍手を行うアンドロマリウス。
めっちゃ可愛い。可愛いけど、変わり様が凄くてなんだか怖い。
「他の者も異存は無いな? 主殿の為にも、我らは忠義を尽くすのみだ!」
「あるに決まっているじゃないですかぁっ!! よりにもよって、あのベリアルさんだけがダーリンと一緒に寝られるなんてぇ!!」
ベリアルの言葉に賛同した様子のアンドロマリウスが他の子にも同意を促そうとするが、ハルるんは真っ向から反対の意を示す。
しかもそれはなんだか、ベリアルに何か問題があるかのような言い方だ。
「……疑いたいのであれば、好きに疑うがいい。じゃが、今の儂はこんな姿で何の力も持たん。どちらの意味でも、お前の懸念は実現せんじゃろうて」
ハルるんの猛抗議に対して、ベリアルは淡々とした態度で言葉を返す。
どちらの意味でも? 一つは男女のアレ的な意味だとして、残りは……?
「そうだぞ、ハルファス。ベリアル殿が、あの高貴なお姿を犠牲にしてまで主殿を連れ戻してくださったのだ。私はその覚悟を信じたい」
「むふぅっ。ベリアル様はとーっても意地悪で、性根は悪魔の鑑みたいな方ですけど! たまぁーに、すっごく優しい時もありますよ!」
「うぐぅ。アナタ達がそこまでおっしゃるならぁ……分かりましたぁ」
「うむ。ならばもう、この話は終わりじゃ。ミコトの寝所は当分、儂が守ろう」
ルカ達の擁護も光り、ハルるんは渋々と言った態度で引き下がる。
正直、俺としては色々と気になる事や引っかかる事ばかりなのだが……今はそれを掘り下げるタイミングでもなさそうだ。
いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。
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