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12話 真のハーレム王を目指して


「虫……だよな、これ?」


 ウジャウジャウジャ。モゾモゾモゾ。

 革袋の中には見た事の無い種類の昆虫が数十匹ほど、瀕死の状態で蠢いている。

 あれれ、おかしいな? 食べ物をくれるって話で、夏休みの昆虫採集を見せるって話では無かったような気がするんだけど……?


「どうですかソロモン様! めったに食べられない、ご馳走なんですよ!」


 ……ご馳走? このグロテスク感満載な昆虫の群れが?

 あれっ? もしかして俺、この子達にからかわれているのか?


「あっ、ミコト様。ユーディリアの人達は普段、一日に一回……僅かな草木を食して暮らしているんです。ですから、このような虫もこの子達にとっては――」


 困惑する俺を見かねたのか、ルカがいそいそと俺の元に駆け寄ってきて、子供達には聞こえないように耳打ちをしてくれた。

 なんだ、それなら仕方ないなぁ……って、なるのか!?

 

「草木!? 虫!? いやいや、そこはほら! 畑を作るとか色々あるだろ!?」


 俺もルカと同じく、子供達には聞こえないように耳打ちで反論する。

 昨日今日、移り住んだ無人島やジャングルじゃあるまいし、この国の民は千年間もここで暮らしているんだ。食糧を自給自足するくらいの時間はあった筈だ。

 

「この荒廃した土地に畑を作る土壌はありません。街を離れれば田畑に適した土地もありますが……国境近くに田畑を作っても、すぐに戦火に巻き込まれますので」


 ルカにそう言われて、俺はハッと思い返した。

 この城から近い街ですら、あれほどの惨状だったのだ。仮に田畑を作れたとしても、それが実り、収穫を行う日まで持たなければ意味が無いのだろう。


「だから彼らは飢えを我慢しながら生活しているのさ。ボク達は食事要らずだからいいけど、この国の民は生まれながらに貧しい生活を強いられる事になるんだ」


「そんな……!?」


 悲しそうに呟くラウムの補足を聞きながら、俺は再び視線を子供達に戻す。

 そうだよ。街で見かけた時からこの子達の服装はボロボロで、全身が薄汚れていて、そして何より……やせ細っている。

 俺は、自分のハーレムの事ばかりを考えていて、それらの事実を軽く流してしまっていた。そうやって、この子達の現状に気付きもしなかったのだ。


「……ソロモン様? どうしたんですか?」


 黙り込んだ俺を案ずるように、純粋無垢な瞳が一斉にこちらへ向けられる。

 この子達はきっと、本心からこの虫達をご馳走だと思っているのだろう。

 それ以外のご馳走を知らないから。この国の民達は遥か昔の時代からずっと、自分達の食糧を自制し……俺が帰ってくる日を待ち続けたのかもしれない。

 

「…………っ」


 そして今、俺が帰ってきた事を知ったこの子達は、大切なご馳走を初対面の俺に捧げようと持ってきてくれたのである。

 アンドロマリウスがあんな風に、俺に対して怒っていたのも当然だ。

 こんなにも優しい子供達が辛い日々を過ごしているという事も知らずに、俺は呑気に自分の欲望の話ばかり……全く、我ながら大馬鹿だと思うよ。

 

「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 気が付けば無意識に、俺は渡された革袋の中に右手を突っ込んでいた。

 まだ生きている虫も入っている為に、突っ込んだ手にはカサカサとした不快な感触が伝わってくるが……俺はそれを無造作に引き抜き、一気に口の中に押し込んだ。


「うぶっ、むぅ……むぐぐっ!? ぐぇっ、げほっ、げほっ!!」


 バリバリペキペキブチブチと、咀嚼する度に耳を塞ぎたくなるような音が口内から響き渡る。舌触りもザラザラとして痛いし、味は苦味があって正直マズイ。

 でも俺はむせ返りながらも必死に虫達を噛み砕き、飲み込んでいく。

 この子達の想いを、一匹、一片たりとて無駄にしてたまるか。

 こみ上げてくる吐き気を堪え、俺は革袋に残った最後の一匹を口に放り込む。


「主殿、なぜそのような――!!」


 すると、背後からアンドロマリウスが怒りに満ちた声をあげる。


「やはり、貴方はかつての主殿とは違う。あの方であれば、民を想い、この子達に食糧を返し与えたでしょう! それを貴方は!!」


 子供達を想うのであれば虫は返すべき。過去のソロモンと違い、俺はダメダメな奴……というのが、アンドロマリウスの言い分のようだ。


「ごく、んっ。はぁ、はぁっ……貴重な食糧だからじゃないか」


「……は?」


 どうする事が正しいかなんて、馬鹿な俺には分からない。

 子供達に優しく【この虫は自分達で食べなさい】と諭せば、俺も虫を食べずに済むし、子供達も空腹を満たせて一石二鳥だとも考えられる。

 でもそれは、俺が選ぶべき選択肢ではないように思えてならない。


「ねぇねぇ、ソロモン様? 虫さん、美味しかった?」


「まぁ、味はアレだったけど……お腹はいっぱいになったよ。ありがとう」


 虫の山を食べ終えた俺は、子供達にお礼を言う為に中腰になる。そうして、並んだ子供達一人一人の頭を撫でてあげながら……俺は自分なりの言葉で話し始める。


「こんなに痩せちまって……それでも俺の帰りを待ち続けて、お前達のお父さんお母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、さらにその先祖からずっとずっと」


 気の遠くなるような長い時間。俺を待っていたのは、魔神少女達だけじゃない。

 この国で暮らす人々も、ソロモンの……俺の帰りを待ち続けてくれていた。


「お前達、今もお腹が空いているんだろ?」


「は、はい。昨日から、あんまり食べてなくて……」


「そっか。今晩も、明日も……まだしばらく、その空腹は続くと思う」


 アンドロマリウスの言うように、虫を返せばこの子達の空腹は僅かに癒される。

 でもそれは根本的な解決にはなっていないし、何より……この子達の必死な覚悟を、踏みにじる行為になってしまう。

 だから俺は、あの虫達を食べて自分の飢えを満たした。

 その上で、この子達に胸を張って誓う為に――


「でも安心しろ! もうすぐ俺がこの国を、お前達が飢えなくて済むような国に変えてやる! みんなが好きなだけ、ご飯を食べられる国を作ってやるぞ!!」


 俺は声高らかに、子供達に向かって誓いの言葉を口にする。

 報酬は既に受け取った。だから俺は自分の使命をしっかり果たすと……このユーディリアを再興し、国民を幸せにしてみせるのだと。


「……本当?」


「お腹いっぱい、ご飯を食べられるんですか!?」


 俺の宣言を聞いて、驚きと期待に満ちた表情を浮かべる子供達。

 その瞳には、先程までは見られなかった光が宿り始めていた。


「ああ。俺が作りたいハーレムは平和な世界の上に成り立つものだからな」


 無論、俺の当初の目的も忘れてはいけない。

 ただちょっと、夢の実現の為に考えなくちゃいけない事が増えただけだ。


「世界に散らばった魔神は全員、俺に惚れさせてハーレムに入れる! そんでもって世界中を平和にして、誰もが幸せに過ごせるように変えるんだ!!」


 魔神少女達を堕として、俺のハーレムに参加させる。

 セフィロートを統一して、争いの無い平和な世の中にする。

 この二つが同じ道の先にあるというのであれば、何も迷う事は無い。

 

「俺を信じて待っていてくれ。俺は、ハーレムの為なら命も惜しくない男だ!」


「「「「「「「おぉーっ!」」」」」」」


 覚悟を決めた俺の演説に、子供達は歓声にも似た嬉々とした反応を見せる。 


「ソロモン様! ソロモン様! ぼくと握手してください!」


「その前に、もう一度私の頭を撫でてください!」


 最初の頃の緊張もどこへ行ったのやら。子供達は我先にと俺の足や腰にしがみついてきて……やがて、楽しそうに笑い始める。

 うんうん。やっぱり子供は無邪気な笑顔でいるのが一番だ。


「むふーっ! むふっ、むふふふーっ!! ミコト様! 一生付いていきます!」


「く、くくっ……くははははっ! なんだか面白くなりそうじゃん!」


「がうがうがう! がーうがうがうーがー!」


「ふんっ、このアタシを倒した男だもの。それぐらいの心意気じゃないと困るわ」


 俺が子供達と戯れあう裏で、様子を見守っていた魔神少女達が話し合っている。

 会話の内容は子供達の喧騒でよく聞こえないけど、彼女達も実に楽しそうだ。


「腑抜けで軽薄な男と思いきや……この男は一体、なんなんだ?」


「ふふっ、ミコトよ。お前は本当に、儂の期待通りの男じゃ」


 頭を抱えて、どこか戸惑っている様子のアンドロマリウス。その隣で笑うのは、本来の姿を失ってまで、俺をこの世界に連れ戻した……ベリアルだ。


「欲望のままに魔神を愛し、正義感から民を案ずるお前ならばきっと――」


 俺はまだ知らない。ベリアルが何の目的があって、俺を連れ戻したのか。

 そして、彼女が俺に何を望み――


「アイツとは違い、真の王になれるじゃろう」


 何をさせようとしているのかを。


いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。

エロくて馬鹿丸出しだけど決める時は決める系主人公がお好きな方は是非、ブクマや評価をお願いします!

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