115話 童貞
様々な偶然や幸運に救われた俺は、奇跡的にも……バラムの紋章に触れる事に成功した。
ソロモンの指輪を嵌めた指で紋章に触れれば、触られた魔神は契約者である俺に絶対服従となり――危害を加える事はできなくなってしまう。
つまり、俺が紋章に触れた時点で、バラムは俺に逆らう事も攻撃する事もできなくなる筈であった。
「……一体、何が起きたんだ?」
バラムの紋章に触れた直後、俺達を包み込んだ激しい光。
やがてその光が消える頃には、俺とバラムの契約は完了しているものだと思っていたんだけど――
「……んんー? 紋章に触られちまったか。というか、アイツ……余計な茶々を入れやがって」
地面に尻餅を突いたまま、何やら右膝の辺りを摩っていたバラムがブツブツと何かを呟いている。
その顔は平然としていて、直接契約の際に生じる快楽の影響は微塵も受けていない様子だ。
「バラム、お前……平気なのか?」
「あん? まぁ別に、どこにも異常はねぇな」
むくりと起き上がり、体に付いている土を払うバラム。
態度こそ落ち着いているが、果たして本当に彼女との契約は完了したのか……?
(むふー? ミコト様、何が起きたんですか?)
「それは俺も知りたいよ。とりあえず……ゴエティア!」
俺は魔本ゴエティアを出現させると、ペラペラとページを捲ってみる。
もしもバラムと契約が交わされているのであれば、どこかに彼女のページが加わっている筈だ。
「あー……多分だけど、オレのページは無いと思うぞ」
「え?」
「結論から言うと、お前の直接契約は失敗だからな」
そんなバラムの言葉に反応して視線を上げると、彼女の姿はフッと消える。
一体どこに消えたのかと、視線を左右に振って周囲を見渡そうとするも……
「かといって、成功していないわけでもないか」
「っ!!」
ハッと気が付くと、俺の背後に立ったバラムが俺の首をガシッと掴んでいた。
もしも彼女が少しでも力を込めれば、俺の細い首なんて呆気なく折れてしまう事だろう。
「うっ、くっ……!!」
「安心しろよ、ミコトクン。オレにできるのはここまでだ。首をへし折ろうとすると、力が入らなくなる」
万事休すかと思ったが、バラムは簡単に俺の首から手を離してくれた。
これは、どういう事だ?
契約の制約によって、バラムが俺に危害を加えられなくなった……と考えるのが自然だが。
「あの、バラム。今から俺のほっぺにチューしてくれ」
「は? そんな真似、できっかよ」
「……んんんっ?」
(むふがぁーっ!! ミコト様、私がやります!! 私がミコト様のほっぺたにいくらでもチューさせて頂きます! いえ、させてくださいっ!!)
俺に攻撃はできないのに、命令には逆らう事ができる。
これってつまり……?
(むふふふふぅーっ!! もしよろしければほっぺだけじゃなく、お口にもちゅっちゅさせてくださいね! 私知ってるんですよ、ミコト様がたまにベリアル様とチューして――)
「ごめん、ルカ。また帰ったら、話を聞くよ……クローズ」
(ウボァーッ!! ミコト様ぁーっ!!)
思考をまとめようにも、頭の中でルカが騒々しいので……俺は迷う事なく、ルカの憑依を解除した。
バラムが俺に攻撃できないのなら、魔神憑依はもはや必要ないからな。
「バラム、教えてくれ。俺とお前の間に、何が起きたんだ?」
「いやまぁ、オレも初めての経験だから……詳しい事は分からねぇんだけどよ」
俺が質問をすると、バラムは頭を掻きながら困ったように視線を逸らす。
そしてそれから、ポツリポツリと。彼女の考えを話し始めてくれた。
「前に他の支配者クラスの魔神から聞いたんだが」
「うん」
「直接契約っていうのは、いわば契約者と魔神のセックスみてぇなもんらしい。それでオレも他の連中も……過去に一度も直接契約をしてこなかった」
「ほほう、それで?」
「自慢じゃねぇが、オレは最強の支配者クラスの魔神だ。そんなオレをお前は無理やり直接契約しようとしたわけだが……」
さっきの前置きのせいで、なんだか俺がバラムをレイプしようとしたみたいな流れに聞こえるけど……まぁ、そこは置いておこう。
「お前の力が未熟すぎて、オレを堕とせなかったって事だな」
「…………つまり?」
「お前、セックス下手くその童貞。オレ、イケなかった」
「な、なんだってー!?」
俺がバラムを気持ちよくできなかったと、そういう事なのか!?
確かにいつもなら、契約した女の子達があぁーんって感じで悶えてくれるのに、バラムにはそういう反応が一切無かった!
「ちょっ、待てよ!! 俺は確かに童貞だけど、直接契約に関しては童貞じゃないぞ!! これまでに何度も、魔神の女の子達を気持ちよく……」
「いやまぁ、そりゃあ大半がお前を受け入れていたからだろ? 好きな奴との直接契約なんざ、どんな下手くそ相手でも気持ちよくなるもんじゃないのか?」
「そんな……馬鹿な!」
振り返ってみれば、嫌がる魔神と契約したのはフェニスが最初で最後だった。
あの時は気持ちよさそうな反応を見せてくれたけど、フェニスって割と最初から好感度高めだったし……アテにならない。
「……あくまで例えだからな? 別に、本当に気持ちいいとかそういう問題じゃなくて、単純にお前の力が支配者クラスのオレに及ばなかっただけだ」
「ぐすっ……はいっ」
男の尊厳を粉々に打ち砕かれ、瞳に涙を浮かべながらも……俺はなんとか気丈に振る舞う。泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ!
「要するに俺は、不完全な契約状態ってわけだ。お前の指示には従わねぇし、魔神憑依だって許可しねぇが……お前に攻撃する事は制約で縛られてる」
「じゃあ、半分はイッてくれたって事でいい? いいよね? ねっ?」
「……終わった後にそういう事を訊く男って、ぜってぇ嫌われるぞ」
バラムは呆れたような顔で瞳を閉じると、その場で踵を返して俺に背を向ける。
うぅ、正論過ぎて何も言い返せない。
「契約の詳細はともかく、この勝負はオレの負けだ。結果的にオレはお前を殺せなかったし、半分とはいえ契約も交わされちまったからな」
「バラム……!?」
こちらに背中を向けたまま、バラムは淡々とし口調で自分の負けを認める。
それってつまり、レオアードはもう――
「約束通り、兵はすぐに撤退させる。それにもう二度と、レオアードはヴァルゴルを侵攻しねぇよ」
「ほ、本当か!? でも、お前以外のレオアードの魔神達は――」
「そいつらにも好き勝手させねぇ。もし約束を破る奴がいれば、エリゴスだろうがビレトだろうが……オレが責任を持って、ぶっ殺してやるさ」
グッと握り締めた拳を高く掲げ、優しい声で答えるバラム。
半契約の影響なのか分からないけど、なんだか以前より物腰が柔らかいな。
「ありがとう、バラム」
「でも、約束はヴァルゴルだけだぞ。それ以外の国や……ユーディリアとはヤり合うつもりだ。そこんとこ、勘違いすんなよ」
彼女の後を追いかけて駆け寄ってきた俺に、バラムは釘を刺してくる。
完全に仲間にできなかった事は悔しいけど、今はまだそれでもいい。
「ああ。次に戦う時には、お前をイカせてやるよ」
「くかかかかっ! 期待しておこう」
つい先程まで、命懸けで殺し合っていた俺とバラム。
しかし戦いが終わった後は、まるで昔からの友人のように肩を並べて……楽しく語り合う事ができる。
「ミコトクン」
「ん? どうしたんだバラム?」
「……次にオレとヤるまで、絶対に死ぬんじゃねぇぜ。オレ以外の支配者クラスの連中は、とことん理性がねぇ連中ばかりだからな」
ムルムル達の待つ牧場へと向かう道すがら、バラムはそんな言葉を口にする。
いきなりどうしたのかと、俺は彼女の顔を覗き込んでみるが……その顔は苦虫を噛み潰したような、複雑な表情であった。
「契約を交わした魔神以外、信じるな。特に、アイツにだけはな」
「アイツ……?」
「……ああ、そうだ」
言うか言わないか、少し悩んだ様子で言い淀むバラム。
しかしすぐに、その艶やかな唇を動かし――
「特に、ベリアルの奴だけは絶対に信用するなよ」
「えっ……?」
とても信じられない言葉を、口にするのであった。
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