91話 魔神として
異世界セフィロートの最東部に位置する大国、レオアード。
多種多様な獣人達が暮らすその国家は、強力な軍事力を有しているが……その国の形状は、とても変わっている。
「おーおー、こりゃまたすっげぇっすねぇ。マジ半端ねぇっすわ」
人々の居住区である建物の数々が輪っか状の大きな円を描き、その輪の内部全てが底の見えない程の巨大なクレーターとなっている国……レオアード。
しかもそのクレーターの奥底からは、ドーンッ、ドーンッと。
耳を覆いたくなる程の凄まじい轟音が、耐える事なく鳴り響いてくる。
「そうか。新入りのお前はまだ、慣れていないのか」
そんな異様な光景を、輪っか状に並べ建てられた建物の一つの屋上から……二つの人影がジッと見下ろしていた。
一人はハンティング帽を目深に被った落ち着いた雰囲気の少女で、もう一人は明るい雰囲気だが、包帯でぐるぐると全身を巻いている少女だ。
「まぁ、そうっすね。さっき、ヴァルゴルの件を報告しに行っただけでコレっすもん。いやー、ぶっちゃけ今度こそ死んだかと思ったっすよー」
包帯の少女は、自分の怪我の原因がクレーターの奥底にいる人物にあると、隣に並ぶ少女に笑いながら話す。
一方、隣の少女は呆れた様子で両肩を竦めるだけだ。
「ビレトがこうなっている時に近付いたお前が悪い、バティン」
「いやいや、そうは言ってもレラジェ。ソロモン様と契約していた時のビレトは割と大人しかったじゃないっすかぁ」
「ああ。だが今は、契約していない」
バティンとレラジェ。
お互いにの名を口にする彼女達は、かつてはソロモン72柱の魔神達に数えられた2柱の魔神である。
バティンは公爵クラスで、レラジェは侯爵クラスの魔神なのだが、前者が非戦闘タイプで後者がバリバリの戦闘タイプである為か……この2柱の間に上下関係は存在しなかった。
「……ビレトも不憫なものだ。ソロモンがいなくなった事で、一番実害を被っているのは彼女なのかもしれないな」
「そうっすよねー。自分の能力のせいで湧き上がる怒りをコントロールできないなんて、いやーキツイっす!」
彼女達が眼下に見下ろしているクレーターの底では、溢れ出る怒りを抑える事ができずに破壊衝動に身を任せている魔神ビレトがいる。
先程からレオアード全土に鳴り響いている爆音も、ビレトが怒りを発散する際に生じているものであった。
「でも、だからといって巻き添えは、ご勘弁願いたいもんすよ。毎回報告に向かう度にボコられていたんじゃ、たまったもんじゃないっす」
「仕方ないだろ。ヴァルゴルの現状を確認しに戻れるのは、元々ヴァルゴル陣営だった……裏切り者のお前だけなんだからな」
現在、レオアードはヴァルゴルへの侵攻活動の真っ最中。
その指揮を取っているのは魔神バラムとエリゴスだが、彼女達が天然の森林迷宮であるヴァルゴルを突破するには……その森の住人であったバティンの協力が必要不可欠なのだ。
「いやいやいや、それはそうっすけど。報告だけは、レラジェが代わってくれてもいいんすよー? というか、そういう方向でよろしくっすー」
「…………」
ほんの少し、意地悪のつもりで裏切り者というワードを口にしたレラジェだったが、バティンはまるで意に介していない様子でニコニコと微笑むばかり。
そんな彼女の態度を見たレラジェは改めて、目の前にいるバティンが魔界随一の愛嬌の良さを誇る魔神と呼ばれていた事を認識した。
「強かだな、お前は。数百年以上も苦楽を共にしてきた仲間達を……ムルムル達を裏切った事を、ほんの少しも後悔していないのか?」
だからこそ、レラジェは訊ねる。
数日前。ひょっこりと自分達の元へやってきたかと思えば、笑顔でヴァルゴルを売り飛ばした彼女の真意――思惑を理解する為に。
「うーん? そんな風に言われても、普通はより良い条件に飛びつくもんじゃないっすか? ほら、いつまでも中立気取っていても仕方ないっていうか」
「そうだな。中立と言えば聞こえはいいが、それは裏を返せばどこの敵になってもおかしくはないという事だ」
「ま、理由があるとすればそれっすかね。遅かれ早かれ攻め落とされるのなら、こっちから仲間になった方が待遇もどーんと良いっすもん」
その宣言通り、高待遇で迎えられたバティンは……今も優雅に、その手には高級な果実酒の入ったグラスを握っている。
周囲にはパラソルの付いたテーブルに、ゆったりとしたビーチチェア。
全身の怪我はともかく、彼女がこの屋上でのんびりと日光浴を楽しんでいた姿は、レラジェもほんの少しだけ羨ましく感じていた。
「強い奴に従うのが一番っすよ。力が無ければ、何もできないっすから」
「クハハハハ、そういう考えは嫌いじゃない」
笑顔のまま表情一つ変えず、淡々と冷めた発言をするバティンを笑うレラジェ。
彼女もまた、よく理解しているのだ。
この世界で最も大切なモノが、力であるという事を。
「それならレラジェも、自分と同類っすね!」
「同類、か。それは少し違う」
自分の考えに賛同を得られて嬉しそうなバティンであったが、レラジェは首を左右に振って、それを否定する。
「私が求めているのは強い奴じゃない。この私を、強くしてくれる存在だ」
思い当たる節があるのか、レラジェは誰かの顔を思い出しているかのように瞳を閉じる。しかもその頬は、僅かに赤く染められていた。
「……へぇ? そうだったんすねぇ!」
「ああ、そうだ。私はそんな存在を、ずっと待っている」
「んふふふふっ……それなら、そう遠くないかもしれないっすねぇ」
物思いに耽るように瞳を閉じているレラジェの顔を見つめながら、バティンは心底おかしそうに、嬉しそうに、楽しそうに――笑う。
「いずれアナタも、自分と同じように……裏切り者になるっすよ」
「……クハハ、かもな」
魔神少女達は笑う。
手を結んでいても、協力関係にあったとしても。
その関係を繋ぎ留める決定的な何かが欠けている事を、彼女達は知っている。
「んふふふふふ。これから色々と、愉しくなりそうっすねぇ」
だからこそ彼女達は嗤うしかない。
長年待ちわびた世界の変化の中で、自分達に与えられた役割を果たす為に。
今日も彼女達は――魔神として生き続けている。
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