88話 鬼が出るか、美少女が出るか
ヴァルゴルの中央に捕らえられている魔神ムルムル達の解放と、レオアード本国へと移送されそうになっているエルフ達の救出。
後者の方は、先程別れたハルるんとフロン達のチームが陽動を兼ねて行動してくれており……今まさに、目論見通りに相手の戦力を分断する事に成功した。
「エリゴスの奴め。バラムと張り合って、兵を大量に連れて行きおったのぅ」
「アイツ、昔っからそういうとこあるよねー」
「あー……そういえばそうだったかもぉ」
深緑色の髪を二本結びにしていた美少女――魔神エリゴス。
公爵クラスの力を持つらしい彼女が、レオアードの獣人兵達を大量に連れ出してくれたお陰で……敵の本営は今、ほとんど手薄状態だと言える。
「結構、性格キツそうだったな。口調も、なんか独特だったし」
「まぁね。アイツ、プライドだけは魔神の中でも高い方だから。それに、支配者クラスにコンプレックス持ってるみたいだし」
「そうなのか。でも、可愛かったなぁ」
「見てくれだけだよ、新マスター君。中身はすっごく、おっかないから」
俺達は今、そうして手薄になったヴァルゴルの集落内を恐る恐る、誰にも気付かれないように身を潜めながら歩いている。
ついさっきまで酒盛りが開かれていた集落の広場には多くのゴミが散乱しており、それらを踏まないように道を歩くのは少々気を遣う。
「ふひぃ、ふひぃ……こそこそ歩くの、疲れるかもぉ」
「気を付けるのじゃぞ、カイム。酔って眠っている獣人兵達を起こしてしまう事も避けたいが……万が一、あそこで眠っておるバラムを起こしでもしたら」
ベリアルの言うように、この場にはまだ酔い潰れた獣人兵が多数いる。
彼らに俺達の存在が気付かれても、騒ぎになる前に仕留めれば大事には至らないけど……彼女の場合は、話が別だ。
「ひぃぃ……久しぶりに見ても、やっぱりおっかないかもぉ」
「あの子も、すげぇ可愛いんだけど」
物音を立てないように細心の注意を払いながら、俺達は一斉に視線を――遠くで寝転んでいる美少女へと向ける。
大きないびきをかきながら気持ちよさそうに眠っている彼女は、ちょっとドン引きするようなゴツい鎧を身に纏ってはいるものの、頭頂部辺りで結ばれたポニテ姿がよく似合う……綺麗系の美人さんだ。
「ちょっと乱暴みたいだけど、あの踊り子のエルフを助けたところから見ても……そんなに悪い子じゃなさそうだ」
この集落に到着してから、俺達はバラム達の行動を観察していた。
やり方はともかく、彼女がエルフ達に対して非道な行いを許可していない姿を見るに……彼女は言うほど、悪い魔神ではないのかもしれない。
「うむ。クセの強い支配者クラスの中では、良識のある方じゃな。少なくとも、バエルやビレトなどよりは百万倍も話が通じる相手じゃ」
だったら、交渉の余地があるのでは?
そう思ったが、そんな俺の考えを見透かしたように……ベリアルは続ける。
「だが奴は、相手との力比べを好む魔神じゃ。腕力か精神か、その方法はなんにせよ……お前の姿を見れば、間違いなく勝負を挑んでくるじゃろうて」
「そうなったら勝ち目なんて無いよ。少なくとも、今のままの新マスター君だと」
「……ああ、分かってる」
そんな事は無い、と反論したいところだけど……俺はよく理解している。
支配者クラスの魔神の強さ、恐ろしさを。
だから今は、できる事をやろう。
バラムとの契約はいつか、俺がもっと強くなった時に――
「むっ、ちょっと待って。今、地面さんの声を聞いてみるかも……ばいさー!」
と、ここでカイムが、万物の声を聞ける魔神装具の能力を使いながら……地面に右の耳を近付ける。
イヤーマフのような形をした魔神装具ヴォイスアウリスによって、彼女は地面からムルムル達の居場所について聞き出そうとしているらしい。
「ふむ、ふむ……そうなんだ」
「自分だけ納得してないで、ちゃんとボク達にも通訳してよー」
「ふひぃ、そんなに焦らせないで欲しいかも。こっちかもー!」
俺達は地面の声を聞いたムルムルが先導する方向へと、歩みを進めていく。
どうやら、有力な情報はゲットできたようだな。
「段々と、広場から離れてきたね」
「でも、建物はいっぱいあるな」
そうしてしばらく歩いていると、木造の家が幾つも並ぶ通りに差し掛かる。
おそらくはこっちの方がエルフ達の主な居住区なのだろうけど、これらの建物のどれかにムルムル達が囚われているのだとしたら――
「ふむ。一軒ずつ見ていくのは骨が折れそうじゃが」
「大丈夫かも。この辺りで、捕虜を捕らえておく場所と言えば……あそこくらいしか無い!」
そう断言しながら、カイムが指差したのは……この辺りでも特に大きい建物。
他の建物が家なら、目の前のこの建物は集会所とでも呼んだ方がいいだろうか。
「……微かにだけど、話し声が聞こえるな」
そんな横長の建物をしっかり観察してみれば、確かに中から人の気配を感じる。
カイムの言う通り、ここにムルムル達が捕らえられていると見て間違いなさそうだ。
「むぅ、しかし妙じゃな。もしここに捕虜を閉じ込めているのなら、なぜ建物の傍に見張りがおらんのじゃ?」
「そうだよね。さっきのエリゴスに付いていったわけでもないだろうし」
俺の頭上と隣で、不可思議そうに首を傾げるベリアルとラウム。
実は言えば俺もそこが気になっていたんだけど――
「そんな事はどうでもいいかも! 早く、みんなを助けないと!」
目と鼻の先に捕われの仲間がいる事を知ったカイムは、躊躇う事なく建物の方へと駆けて行ってしまう。
そうなると、俺達も続くしかないわけで。
「あ、こら! 罠だったらどうするんだ!」
「仕方ない。こうなればもう、なるようになるじゃろう」
「はぁー、やっぱりそういう流れになっちゃうんだね」
鬼が出るか蛇が出るか。
いずれにせよ、この建物の中に入れば何かしらの進展がある。
「さぁ、カイムの後を追いかけよう」
俺達は覚悟を決めて、建物の中へと入っていった。
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