8 初体験は…②
「はぁぁぁぁぁ!!」
わたしは握っていた剣を思いっきり振り抜いた。
その剣が鋭い軌跡を描くと、目の前にいた緑色の魔物が血飛沫を飛ばす。
斬られた魔物は絶命の雄叫びを上げるが、わたしはその魔物が倒れるのを待つことなく、隣にいた同じ緑色の魔物を斬り伏せた。
「次は左から2匹……気を抜いてはならんぞ。」
「はぁはぁ…………は……はい!」
木の枝の上に座ったまま、杖を向けて師匠がそう指示を飛ばす。
わたしはその言葉に返事をすると、再び剣を構えて敵を迎え撃つ体勢を取る。
「ギャギャギャ!!」
師匠の言ったとおり、左の茂みの陰からさっきと同じ緑色の肌をした人型の魔物が飛び出してきた。
赤い目に鋭い牙。
背丈は小さな子供程度だけど、妙に長い爪はとても鋭く光っている。
こいつらが例のゴブリンだ。
どこで手に入れたのか知らないけど、その手には小さな鎌を持っていて、それをわたしに向けて振りかざしてくる。
「てぃ!」
わたしは繰り出された鎌を半身でかわし、カウンターで一閃を見舞う。
鈍い音とともに、そいつの首が刎ね飛んだ。
「ギ……ギギギ!!」
あとから現れた2匹目のゴブリンは、仲間の様子に怯んだらしく後退りする。
わたしはその隙を見逃さず、体勢を低く保つと、奴との間合いを一気に詰めた。
「やぁ!!」
低い位置からの斬り上げ。
だが、その攻撃の全部はゴブリンの命には届かないかった。
攻撃を受けながらも、ゴブリンは後ろへと飛び退く。
浅かった……!
そう思った矢先のことだ。
目の前のゴブリンがニヤリと笑った。
傷を負いながらも、勝ち誇ったかのように醜悪な笑みを浮かべている。
なに……?何がおかしいの?
一瞬、そんな疑問が浮かんだ。
確かに今の一撃は浅かったけど、このままもう一度間合いを詰めれば、簡単に首を刎ねられる。
追い詰められているのはお前なんだ。
なのに、なぜ笑うの!?
少しの苛立ちを覚えつつ、再び間合いを詰めようとしたその瞬間、その笑みの答えがすぐにわかった。
わたしの真後ろから、2匹のゴブリンが突然飛びかかってきたからだ。
しまった……!あいつは囮だったんだ!
だから、最初から後ろに飛び退いていたんだ!
それに気づいたわたしは、すぐさま対処を試みようと体を捻ろうとする。
だが、すでに先手はゴブリンたちに取られている。
奴らの手には刃がボロボロにかけた包丁と、血が染み込んだ棍棒。
視界に映るそれらが、わたしの命へと向けられていた。
あ……これ……やばいやつだ……
その瞬間、わたしの中で諦めの感情が小さく芽生えた。
誰が見ても状況は一目瞭然。
数秒後には、わたしは滅多刺しで袋叩きにあっているだろう。
そう考えてしまうと、思考というものは単純だ。
え……これって……わたし死ぬの?
そんな悪い考えばかりが浮かんでしまい、体が硬直する。
わたしの頭が、完全にこの状況を受け入れようとしていた。
いやだ……死にたくない……!
そう思った瞬間だった。
飛びかかってくるゴブリンの片割れが、突然鈍い音とともに真っ二つになって飛び散ったのは。
一瞬、その様子に驚いてしまったが、視線の先に師匠の姿を見る。
彼は抜いた仕込み刀を杖に納めながら、こちらをじっと見据えている。
ーーー諦めるな。
そう言っている気がした。
ーーーお前ならそれくらい切り抜けられるだろう。
そう鼓舞している気がしたのだ。
今度は脳裏に自分の家族の姿がよぎる。
母や父、妹弟たちの笑顔が鮮明に湧き起こる。
そうだ……こんなところで諦めるなんてあり得ない!
わたしは記憶を取り戻して、家族のもとへ戻るんだ!
その瞬間、わたしは全身に巡らせた魔力を一気に解放した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げながら、強化した全身を無理やりに反転させ、こちらに飛びかかってくるゴブリンに剣を向ける。
「こんなところで……死ねるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
体勢は崩れている。
でも、剣は振れる。
ゴブリンより先に……奴の包丁よりも先に……
斬り伏せる!!!
それ以上は考えなかった。
ゴブリンとの間合いだけを確認して、体勢を崩したまま、わたしは思いっきり剣を振った。
横薙ぎの一閃……だったと思う。
それが当たったのかも確認できないまま、わたしはその場に転がり込んだ。
ゴブリンは……あいつはどうなったの……!?
痛みも忘れ、倒れ込んだまま、わたしの視線は無意識にゴブリンを追う。
仕留めたのか、仕留め損ねたのか。
追撃はいるのか。
まだ仲間はいるのか、いないのか。
必死になって状況把握に頭を回していると、鈍い音とともに真っ二つになったゴブリンが目の前に落ちてきた。
た……倒……した……の?
一瞬、どうなったのか理解に苦しんだが、ゴブリンの瞳から光が消えたことがわかると内心でホッとした。
よかった……なんとか倒せたんだ。
師匠の助けはあったけど、窮地を自分の力で切り抜けられたんだ。
「ようやったのぉ。見事な一撃であった。」
「はい。なんとか……ですけど。」
歩み寄ってきた師匠の言葉に安堵するが、ひとつだけ腑に落ちないことがある。
わたしはゆっくりと立ち上がると、師匠に視線を向けた。
「師匠……。後ろの2匹のこと、黙ってましたよね。」
「ん……あ?何のことじゃ?」
飄々とした様子で、そう答える師匠。
でも、わたしは絶対に確信犯だと睨んでいた。
「あんな囮作戦、師匠が気づかないわけないじゃないですか。絶対に知ってましたよね?」
わたしはジト目でそう問いかけると、さすがの師匠もずっと惚ける気はないらしい。
あご髭をさすり、何かを思案するように告げる。
「ん〜まぁな。しかし、お前さんなら切り抜けられると思ったんじゃよ。ちょっと荷が重かったかのぉ?」
そう言われると、今度はわたしの方が言葉を失ってしまった。
ああは言ったけど、わたしにだってわかっているんだ。
単にわたしが未熟なだけ……。
目の前の敵ばかりに目が向いて、周りに集中できていなかった。
それに魔力操作も怠った。
あれだけ魔力操作の大切さを教えてもらっていたのに、相手の首を獲れると勝手に確信した途端、わたしは手を抜いたんだ。
師匠はそれを見抜いていたんだと思う。
そう考えれば、反省すべきことはたくさんあった。
「……精進します。うぅ……」
「まぁ、今日が初めてじゃからな。それを考えれば及第点じゃよ。」
師匠のその言葉は、温かくも重みがあった。
「ほんなら、今日はこれくらいにして、帰って夕飯の準備にするかのぉ。」
「……はい!今日は反省も込めて、わたしが作りますね!」
「ほう!なら、期待して待っておくとするか。」
ニカリと笑う師匠の顔。
しわくちゃだけど、その顔を見るとやっぱりホッとする。
よぉし!今日の晩ご飯はよりをかけなくちゃ!
そう気合を入れ直し、夕飯のレシピを考え始めた時だった。
「グォォォォォォォォォォォ!!!」
地面が揺れているのではないかと錯覚するほどの雄叫びが、耳を貫いた。
耳が痺れるほどの大きな叫びは、どこかで聞いたことがあるような気もした。
でも、それ以前に体の奥底から押し寄せる震えに耐えきれず、わたしは自分の体を抱きしめてその場へ座り込んでしまう。
「なんで……こやつがこんなところに……?」
震える視線のその先で、師匠がわたしの前に立つ姿が見える。
その背中には、今まで感じたとこがない緊張感が感じられた。
ご愛読ありがとうございます!
まさかの天敵の出現!
パルトにとっては、さぞ恐ろしいことでしょうね…
この窮地をどう切り抜けるのか。
また明日に期待してください〜!




