75 姉妹の事情
財布泥棒をつけていくと、そこに居たのは猫人族の姉妹。彼女たちはなぜスラムにいるのか。
そんな一幕です。
「本当に申し訳ございませんでした……!」
突然、土下座をしてきた猫人族の娘の行動には、わたしもクレアも驚いた。
間髪入れずに行われたその謝罪は、無駄な動きひとつなく見事に洗練されたもので、一瞬目を見張るほどだ。
何度も何度も繰り返さなければ、こうはできないだろう。
だが、あくまでも土下座は土下座だし、悪いことは悪いこと。
「ていうか、謝られても泥棒は泥棒だよね。」
クレアがそう言うと、娘の耳がピクリと動いた。
そして、頭を上げて泣き顔を見せる。
「本当に……ごめんなさい。わたしが……わたしが罰を受けるから、妹は……この子だけは……うぅ……」
鼻水を垂らし、涙でグチャグチャな姉の顔を見たら、財布を盗られた怒りはわたしの中から消えていった。
それに街の外で助けた時、少女には何か事情があるのだろうとは思っていたが、やっぱりそうだったか。
そして、この子があの時の話に出た姉。
確かに髪色も栗色で同じだし、顔立ちも似ている気はする。
そんなことを考えていたが、クレアがチラチラとこっちを見てくるので、まずは返してもらうものを返してもらおう。
「とりあえず、お金は返して……。」
そう言うと、少女は渋々と財布をわたしに手渡した。
その態度を見て姉の方は叱りつけるが、少女はどこか納得はしていない様子だ。
「何でこんなことを……?」
当たり前に浮かぶ疑問。
わたしがそう尋ねると、姉の方は言いにくそうな顔をしたが、少女の方がすぐに答えてくれた。
「お母ちゃんが……病気で……」
少女はそう溢すと、視線を奥の部屋へと泳がせた。
それに気づいたわたしは、すぐに事情を察した。
おそらくは、そこに彼女たちの母親がいるのだろう。
だが、こんな騒ぎを聞いても出てこないと言うことは、容体はかなり悪い……。
そして、さっき少女の口からは「薬が買えない。」という言葉も聞こえてきた。
建物もボロボロで、とてもお金があるようにも見えない。
それらから察するに、彼女たちにはお金もなく稼ぐ術もなく、貧乏で薬すら買うことができない。
だから、妹の方はスリをした……。
こんな感じなんだろう。
『おおよそ、合っているかと思われます。』
久々に口を開いたガイドさんの言葉に、わたしは頷いた。
「事情を話してくれる?場合によっては、許すことにするから。」
それを聞いた猫人族の姉と妹の表情に、明るさが少しだけ戻った気がした。
姉の方はミケル、妹はタマルといい、この街には数年前に父と母とやってきたという。
ゼルディア帝国は人至上主義の王国とは違って、亜人の受け入れにも寛容的だ。
その理由は、この国の成り立ちにある。
小さな小国が点在していたその昔……周辺国を巻き込んだ戦争が起きた。
その結果、複数の国家が1つにまとまることで興された国が、このゼルディア帝国だ。
過去の国家や民族の壁はほとんどなく、多種多様な人種が存在している分、亜人の受け入れにもかなり寛容的なのである。
なので、この国の人間は亜人が周りにいても、特に何かを思うことはない。
それ故に、ミケルたちはこの街で生活することができるのだ。
だが、彼女たちの生活は、この街に来てから一変する。
「父親は事故で命を落としてしまって……」
ミケルは思い出すように悲しげな表情を浮かべた。
仕事帰りの不幸な事故。
夕暮れ時に前方不注意の馬車に轢かれ、打ちどころが悪かった彼女たちの父親は、帰らぬ人となった。
母親もミケルたちも悲しみに暮れていたが、それでも生きなければと母親は奮い立ち、仕事を見つけ、ミケルたちもそれを手伝っていた。
だが、無理をし過ぎたのか……今度は母親が病に倒れてしまう。
当時のミケルはまだ10歳で、仕事を見つけるのは困難だった。
父と母が蓄えてくれていた分を切り崩しながら、何とか生活を送る日々。
しかも、薬を買うには資金が足りず、日に日に容体が悪くなる母親。
そんな状況下で途方に暮れていた時、姉妹に1つの転機が訪れた。
「街外れにダンジョンを見つけたんです。」
ミケルはそうため息をついた。
その日、ミケルは自分の年齢でも受けられる日雇いの仕事を見つけたそうだ。
簡単な採集依頼で、街外れの林でキノコを取ってくるお使いみたいなものだった。
近所の老夫婦が、姉妹の状況を見兼ねてわざわざ依頼をしてくれたようで、ミケルはそれを喜んで受けることにした。
だが、着いた先の林の中で、ミケルはひっそりと生成されたダンジョンを発見したのである。
「見つけた時は驚いたんですが……すぐに思い出したんです。」
ダンジョンが発生する仕組みは前にも話したが、そのタイミングは今のところ誰にもわからない。
研究者たちが長年に渡り調べているが、今でもそれは把握できずにいる。
では、なぜ彼らは研究を続けているのか。
その答えは、ダンジョンの中にあった。
ダンジョンの中には迷宮が広がっているが、そのところどころに宝が点在している。
中には伝説級の武器や防具もあれば、普通では手に入らない鉱石などのレア素材もあるらしい。
もちろん、誰が仕掛けたのかはわからないが、宝を奪われないように様々な罠も仕掛けられているし、魔物も現れる。
これまでたくさんの冒険者たちが挑み、何人もの冒険者がその魔物や罠のせいで命を落としている。
だが、そのリスクを勘案しても、宝を手に入れる価値がある。
人間はそう判断しているわけだ。
ミケルが思い出したのは、帝国内におけるダンジョンの取り扱いに係る制度のことだ。
帝国内ではダンジョンが見つかると、必ず帝室へ報告する義務がある。
国内のダンジョンは、国が管理する……それが帝国でのルールなのだ。
しかし、発見した者には金一封が贈られることになっている。
これから手に入る金品の価値を考えれば、帝国としてはそれくらい寛容になってもいい。
そういう皇帝の判断と温情なのである。
「だから、すぐに子爵さまへ報告したんです。でも……」
その後のミケルの話は、反吐が出るものだった。
ゼルケイの街は、カネガ=サンタクという子爵が管理している。
しかし、この子爵はまさに守銭奴と呼ぶに相応しい男のようだ。
金に汚く、強欲でがめつい、酷い貴族の模範。
カネガはミケルが報告するや否や、ダンジョン発見の功は街を管理している自分にある言い出し、納得できないミケルが制度のとおりに金一封の話をすると、貴族に逆らうとは何事だと豪語して、ミケルたちから全てを奪ったのだ。
全てを奪われ、病気の母と幼いタマルを連れて路頭に迷っていたミケルが最後にたどり着いたのが、このスラム街だったというわけである。
なんともめちゃくちゃな話である。
「そいつさぁ……ぶっ飛ばしてもいいよね?」
クレアが拳を握り締めて、不気味な笑みを浮かべており、タマルが毛を逆立てて怖がっている。
どうやら、彼女も相当ご立腹のようだ。
もちろん、わたしも同じ思いではあるが、今の時点でぶっ飛ばしても、クレアが責任を取らなければならなくなるだけ。
もっと言えば、彼女はトゥウランの冒険者として活動しているから、問題を起こすとガルシュたちにも迷惑が及ぶ可能性が高い。
現時点では、下手に動くことはできないのである。
まぁ、ぶっ飛ばす時はこの街を出る時かな……。
クレアを諌めながら、わたし自身もいつのまにか物騒なことを考えていたので、ハッとして我に返った。
『今は証拠が少な過ぎます。これからしっかり集めて、その子爵をぶっ潰しましょう。』
何やらガイドさんもやる気満々のようだ。
わたしは嬉しく思いつつ、これからのことを考え始めていた。
「しかし、どうしようかねぇ……」
クレアも思案しているようだ。
ガイドさんの言うとおり、カネガの悪事を暴くには証拠を集めなければならないが、それをどうやってやるかが問題だ。
「まずはカネガに近づく方法を考えないと……。」
そんなことを考えていると、タマルが口を開いた。
「あのクソジジイに近づくなら、ダンジョン申請すればいいよ!」
「ダンジョン申請……?」
わたしが首を傾げていると、クレアがタマルの提案に賛同する。
「まぁ、それが1番近道だよねぇ〜。」
「どういうこと?」
「簡単なことだよ!ダンジョンの探索に挑戦する申請をするの!本来は帝国から委託されて、冒険者ギルドがその受付業務を担うんだけど、ここのダンジョンはカネガの奴が独占してるんでしょ?なら、奴のところで受付してるんじゃない?」
なるほど……敵の本拠地へ直接乗り込めばいいのか。
確かにそれが手っ取り早いし、敵のことも知ることができて一石二鳥というやつだ。
しかし……
「なぜタマルはそんなことを知ってるの?」
そんな疑問が浮かんだので尋ねてみると、タマルがハッとして口を噤んだ。
わたしには、タマルのその行動の理由がわからなかったが、ミケルは隠せないとわかっているようだ。
彼女はクレアに視線を向けながら、静かに口を開いた。
「それはわたしが……ダンジョンに挑戦したから……」
クレアはそれを聞いて、わかっていたというように肩をすくめた。
ミケルは話を続ける。
「どうしてもお母さんの薬が買いたかったの……。このままじゃ、お母さんは……お母さんは……」
ミケルはそう言うと、泣き始めてしまった。
ミケルが話せないほど泣きじゃくっているので、妹のタマルが事情を説明してくれた。
要するに、ミケルはカネガの下をもう一度訪れ、奴が運営する違法なダンジョンへ挑戦することにした。
母親の薬を買うために……金を手に入れるために、ダンジョンから宝を持ち帰ろうとしたわけである。
カネガはそれを承諾した。
もちろん、奴はミケルの足元を見ていたに違いない。
現に、ミケルから法外な手数料を奪い取っている。
それはミケルたち家族の全財産であったし、ミケルが危険なダンジョンを進めるはずもなく……
「お姉ちゃんは命からがら逃げ延びたんです……。」
タマルは視線を落とした。
命があっただけマシ……よく生き残れたものだと、わたしは呆れてしまう。
もちろん、母親を治したい一心だったことは認めてあげたいが、それで一文無しになってしまっては意味がないではないか。
泣き続けるミケルを見て、なんとも言えない気持ちになった。
だが、もちろん悪いのはカネガであることに変わりはない。
やはり、カネガはぶっ飛ばさねばならない。
わたしがクレアを見ると、クレアもわたしに微笑み返すのであった。
カネガは本当に最低な奴のようですね!
僕もぶっ飛ばしたいです!!
今回もご愛読いただき、ありがとうございました!




