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74 スライディング土下座

今回は街に繰り出したパルトたちの話です!

温泉に向かう道中に、、、

ゼルケイの街は、山並みに造られた街である。



その気候は平地とは異なり、いわゆる「山岳気候」特有のもので、冷涼で天気が変わりやすい。


夏は涼しい反面、冬の寒さは厳しく雪が積もることもあるため、穀物などの作物は育てにくく、高原野菜の栽培が盛んであった。


それに山腹を利用した酪農業も盛んであり、放牧した牛や羊の乳や肉で特産物を生産し、各地との貿易を行っている。


そんな特産物の中でも、一番有名なのがチーズである。


チーズには大きく分けて、熟成して風味を楽しむ「ナチュラルチーズ」と、それを加熱・加工した「プロセスチーズ」の2種類が存在するが、ゼルケイのチーズは前者のナチュラルチーズだ。


ナチュラルチーズは熟成とともに風味が変わるため、そのまま食べてもいいし、カビ類をうまく使ってさらに熟成させることで、味に深みを出してもいい。


その熟成手法を独自に開発し、上手く国内へと普及させたゼルケイのチーズは、帝国内で"ゼルケイチーズ"と呼ばれ、人々の生活になくてはならない存在となっている。


もちろん、王国や司国など付近の国々にも、数は少ないが輸出はされている。


ただし、保存技術があまり発達していないこの世界では、届く頃には大変なことになっていることもしばしあるとか……。




クレアに連れられて街に出たパルトも、そのチーズを目にし、手に取ると、すぐに気に入った。


パルト自身はそのまま食べる手法が好みのようだ。


熟成前のナチュラルチーズは、さっぱりとした風味で舌触りも良い。


バルトはそこが気に入ったらしい。


対して、クレアはすぐには食べずに専用に容器にそれを入れた。


なぜかとパルトが尋ねると、もちろん熟成させるためだと言う。


クレアは濃厚な味わいを楽しむ方が好きらしい。


この様に十人十色で楽しめるゼルケイチーズは、味だけではなく熟成という手法により成功したこの街の事業の1つなのである。


だが、パルトもクレアも、この街1番の特徴はそこではないと知っていた。


街の横に大きく聳え立つディバインフラム山。


通称"炎神の恵み"と呼ばれるこの火山の下には、大きな熱源が存在している。


その熱源となるマグマが地下を流れる水を温め、その水が断層などを駆け登り、源泉となって街の周りで湧き出している。


ゼルケイの街では、それを利用した温泉施設が数多くの普及している。


ちなみに、トゥウランの街にもあった温泉。


あれもゼルケイ……というよりはディバインフラム山の恩恵を受けたものだ。


距離はあるが、ここから水脈が伸びて源泉となったものを、華山泉の女将のお祖父さんのそのまたお祖父さんが発見し、温浴施設として整備したのである。





「さて……まずはどこへ行くべきか……。」



目を光らせながらそう呟くクレアを、わたしはナチュラルチーズを口にしながら見ていた。


温泉に入ろうと提案されたわけだが、わたしには断る理由はない。


温泉は乙女の癒し……あって困ることはないのだ。


だが、クレアはかなり思い悩んでいるようだ。



「クレア……そんなに悩むほどなの?」



わたしがそう問いかけると、クレアは光らせた目でこちらを見る。



「悩むよ!悩むんだよ!ここゼルケイでは、温泉に関する悩みは絶対に尽きないんだから!」



クレアの凄まじい勢いに押されてしまい、わたしはそれ以上の言葉が出なかった。


だが、クレアはなおも喰らいつくように温泉のパンフレットを見て目を光らせている。


そんなクレアを見ながら、わたしも近くにあったパンフレットを手に取って中身を見てみることにした。


確かに、1つのページだけで10個ほどの温泉が紹介されている。



これは……視点が定まらない……!



温泉ごとに泉質が違うらしく、効能効果だけでほとんどのページが埋め尽くされている。


そう……ここゼルケイには無数の温泉施設が点在しているのである。


しかも、どの温泉も謳い文句が上手くて、どれを読んでも惹きつけられる。


これは読んでも決まらないわけだ。


わたしとしては早く入りたいのだが、クレアはなかなか決めきれずにいるので、ここは1つ提案してみよう。


そう思い、ある温泉を進めてみた。



「クレア……ここは?」


「どれ!?」



相変わらず物凄い形相だ……。



「この美人の湯。炭酸水素塩泉だから肌の洗浄効果が見込まれるって。保湿保温効果もあるみたいだから、いいんじゃない?」



わたしがそう提案すると、クレアはその温泉の説明を眺め始めた。


そして、数秒後……



「いいね!ここにしよ!さすがパルトだね!」



満足げに笑うクレアを見て、わたしは内心でホッとした。


目的地が決まったので、わたしたちはその温泉に向けて歩き出す。


道中はクレアが温泉の説明をしてくれた。



「温泉は温熱・水圧・浮力作用による血行促進、新陳代謝の活発化、ストレス軽減、慢性的な腰痛、神経痛の緩和、そして冷え性や疲労の改善が見込まれるんだよね!泉質によっても異なるけど、塩化物が含まれる温泉は保湿・保温、硫黄だと慢性皮膚病に効くし、炭酸水素塩泉は肌の清浄効果が期待できる……」



つらつらと説明していくクレア。


資料を読むわけでもなく、完全に空で暗記しているらしい。


それを聞いていたら、以前ガイドさんが同じように説明していたことを思い出した。



今回、ガイドさんの出る幕はなさそうだね。



そう呼びかけてみたが、ガイドさんは反応しない。


その代わり、どことなく不満げな雰囲気は感じ取れた。


それに苦笑しつつ、クレアと美人の湯を目指していたところで、突然背後から誰かにぶつかられた。



「ごめんよ……!」



まるで気持ちがこもっていない謝罪。


だが、どこかで聞いた声でもある。


その声の主は、ゆっくりと人混みに消えていく。


フードを被った小さな背中が、人混みに紛れていく様子を眺めながら、わたしはあることにすぐに気づいた。



財布……がない!



そして、悟る。


あの子が盗ったのだと。



「クレア……財布をすられた。」


「え……?もしかして、今の……」


「そう……追う。」


「りょ!わたしは回り込むね!」



なぜかはわからないけど、右手で敬礼したクレアはパンフレットをしまうと高く飛び上がり、屋根の上を駆けて行った。


それを見送りつつ、わたしも少女の後を追った。



少女を追いかけて、街の外れまでやってきた。


なかなかすばしっこくて、建物と建物の間を上手くすり抜けて逃げるから、すぐには捕まえられず、いつのまにかこんなところまで来てしまった。


走りながら辺りを見回すと、先ほどの街並みとは打って変わり、ボロボロで簡易的な建物が多い。


まるでスラム街のような装いのこの区画は、いったい何なんだろうか。


そんな疑問を持ちつつも、わたしは少女の気配を追った。


そして、ある家へと入っていくフードを確認した。



「パルト……」



回り込み、捕まえる機会を伺っていたクレアも、この街について驚いているようだ。



「ゼルケイってスラムとかあったかな……。」



彼女曰く、以前来た時はこんなところはなかったらしい。


クレアが来たのは約1年前らしいから、それからこのスラムみたいな区画ができたことになるが……。


この街に何が起きているのか。


この様相を見れば、何か良くないことが起こっていることはわかるけど、今のわたしにとってそんなことはどうでもいいことだ。


フードの少女が入って行った家をクレアに伝え、静かにその家へと向かった。



「かなり環境は良くないね……。」



クレアは家を目の前にして、そう溢した。


確かに建物にドアというものはない。


布一枚で外と隔てられている状態は、確かにこのゼルケイの街で住むには、設備として不十分だと思う。


この街の寒さは厳しい。


春から夏はまだいいが、秋から冬にかけては相当に寒くなるからだ。


山岳の気候は舐めちゃいけないと、この街に着いた時にガイドさんが教えてくれたことを、わたしは思い出していた。



「とりあえず……お邪魔しますか。」



クレアの言葉に気を取り直し、わたしは頷いた。


その布をくぐり、中へ入ると同時に、奥から大きな声が聞こえてくる。



「タマル!!あんたまた……!!人様の物を盗むなってあれだけ言ったのに!!」


「だって……!!このままじゃ薬買えないよぉ!」



怒られている方は、やはり聞いたことがある声だと思った。


おそらく、街に着く前に助けた少女のものだと確信する。


反対に、怒っているのは大人のようだが、こちらは初めて聞く声だった。


だが、話を聞く限り、大人の方は良識がありそうだ。



「ごめんください……。」


「「……!?」」



わたしがそう断りを入れて中へ入ると、猫人族の2人が驚いてこちらを向く。


そして、少女の方はわたしを見るや否や、バツが悪そうな顔を浮かべた。



「どちら様……?」



大人の猫人族が訝しげに尋ねたので、わたしは事情を伝えることに。



「そこにある財布……わたしの……。」



それを聞いた途端、大人の猫人族は素早くわたしの前で土下座した。

街の外で助けた少女と再び会うことに。

何か事情があるでしょうか。

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