65 また会うよ
ゴズルを助けた人物、紅蓮のクレアとは。
今回は彼女とゴズルの対話。
そして、パルトたちに視点は戻ります!
ゴズルは目を瞑ったまま、自分の命が終わるのを待っていた。
もはや生きていても仕方がないのだから、この魔物に食われてしまえば、ルキシンや仲間たちの下へ行けるのではないか。
そう考えてのことだった。
だが、いつまで経っても何も起きない。
それを不思議に感じたゴズルがゆっくりとその目を開けると、目の前に赤く長い髪を携えた1人の女冒険者が、背中を向けて立っていることに気づく。
その手には、さらりと伸びた長い髪と同じ色の真紅の剣。
彼女が見下ろす先には、首を落とされ絶命したワイバーンの死骸。
「あ……あんたは……」
ゴズルが立ち上がりながら無意識にそう溢すと、女冒険者はそれに気づいて振り返った。
長いまつ毛と切れ長の瞳。
整ったバランスの良い眉毛と、すらっとした鼻立ち。
吸い込まれそうになるほど潤んだ唇。
……であるにも関わらず、それらの容姿には相反して、2つの瞳には力強さが宿っている。
そのギャップと整った顔立ちが相まって、何とも言えない品格を醸し出している。
まさに絶世の美女……その言葉が相応しかった。
初めて見た者は、称賛、あるいは感嘆を漏らすことは間違いない。
それほどまでに容姿端麗、傾城傾国である女冒険者だが、ゴズルはそうはならなかった。
なぜなら、ゴズルは知っていたからだ。
目の前の冒険者が誰なのかを。
「紅蓮……のクレア……」
クレア=デストロイ。
トゥウランが誇るAランク冒険者。
クリスの幼馴染であるとのことだが、まだ18歳と聞く。
その若さで、一気にAランクまで登り詰めた正真正銘の化け物……。
それが、彼女に対するゴズルの評価だった。
ゴズルの言葉に、クレアは眉をピクリと動かした。
そして、小さくて柔らかそうな唇を静かに動かす。
「もしかして……あなたは冒険者さんですか?」
その言葉にも表情にも、先ほどまでの力強さはない。
子供っぽさが残る顔つきで、ゴズルにそう問いかけてきた。
だが、胸の中に緊張感が膨らむ感覚を、ゴズルは覚えた。
「ま……まぁ……そうだが……」
初めて喋るAランク冒険者との会話に、緊張しているのだろうか。
そうであるとも、そうでないとも言えるこの感情の正体はわからない。
だが、ゴズルは彼女の雰囲気にどこか圧力を感じていた。
「そうなんですか?じゃあ、何で今、戦わなかったんです?」
「そ……それは……」
クレアに嫌なところを突かれ、ゴズルは言葉を失った。
ワイバーンにトラウマがあることは確かであるが、死すら受け入れようとしていたなんて、口が裂けても言えることではない。
居心地の悪さを感じて視線を泳がせていると、クレアは興味を失ったように顔を背けた。
「まぁ……いいんですが。子供を助けたところは見てました。偉いです。」
淡々と上から目線でそう告げるクレアに、ゴズルは何も言えずに俯く。
しかし、クレアは容赦ない一言をゴズルに投げつけた。
「でも、背負い切れないなら冒険者なんかやめた方がいいです。」
虚をつかれたゴズルは目を見開いた。
クレアは自分のことを知っているのだろうか。
自分の境遇を知っていて、そう言ったのだろうか。
いろいろと考えを巡らせてみるが、彼女の言葉に対する反論はもちろん出てこない。
「わたしにはその覚悟があります。倒した相手のことはもちろんですが……助けられなかった仲間たちの魂も。」
クレアは横目を向けてそう告げた。
それを聞いて、ゴズルは理解した。
クレアは自分のことを知っているのだと。
だが、彼女はゴズルに気にすることなく、「では。」とだけ告げて瞬時に姿を消す。
気づいた時には、すでに遠くを駆けていく小さな姿が見えるだけ。
1人残されたゴズルは力なく膝を落とし、両手を地面へとついた。
クレアの言葉が頭から離れない。
ーーー背負い切れないなら冒険者はやめろ。
この言葉は、今のゴズルにとって残酷極まりないものだった。
でも、クレアは何も間違ってはいないし、おかしくもない。
(俺は……今まで何をして……)
自然と零れ落ちる涙は、今まで感じたことがないくらい熱い。
悲しみよりも悔しさが、ゴズルの胸を埋め尽くしていく。
パルトに言われた言葉が蘇り、ゴズルは自分自身に対する怒りを抑えられず、地面を何度も殴りつけた。
何度も何度も、その先に見える過去の自分を、ただひたすら殴りつけていた。
◆
巻き上がった砂埃が、パラパラと落ちていく。
それらは、スキルが創り出した氷霧と混じり合い、わたしの周りでキラキラと輝いている。
向けた視線の先には、スラックがいた。
壁に体を預けたままこちらを睨んでいる彼を、わたしも同じように睨みつけていた。
『見事でした。』
ガイドさんの称賛は、わたしの気持ちを少しだけ軽くしたが、わたし自身の体力はすでに限界に近かった。
肩で呼吸しながらも、再びアナスタシアの様子を確認する。
『気を失っているだけのようです。スラックのスキルを無理な体勢で防いだことで、受け身が取れなかったと推測します。』
(要は、無事ってことだね……)
ガイドさんの言葉に安心し、わたしは大きく深呼吸した。
「あれれ〜?スラック……やられちゃったぁ〜?」
離れたところでエルバが笑っているが、彼女が動く気配はなさそうだった。
仲間がピンチなのに動かないのかと思うも、こちらとしては彼女が動かない方が助かるのは事実だ。
正直、この状態でエルバの相手は出来そうにもない。
『……ですが、あの性格ですから。』
(そうだね……いつ気が変わるかわからない……)
出会って間もないが、エルバの性格は何となく掴めている。
悪い意味で無邪気というか純粋というか……まさに天真爛漫という言葉がぴったり合う。
ただ、単純な行動の裏には、得体の知れない思考が存在している。
わたしはそう思っていた。
だからこそ、彼女が動く前に……体力が残っているうちにスラックを叩く。
「いってぇ……くそ。」
愚痴を溢しながら立ち上がるスラックを見て、わたしは再び剣を構えた。
「イラつくぜ……こんなクソガキにここまでやられるなんて……」
苛立ちを隠さずに呟いてはいるが、その足元はふらついている。
それを見て、ダメージはあったのだと確信した。
ここがチャンス……このまま畳み掛ければ……
奴を倒せる……!
そう考えて剣を強く握りしめた矢先、懸念していた事態が起きてしまう。
「スラック〜!ボスから催促が来たヨォ〜!」
エルバが突然そう叫び、魔物とともに動き出したのだ。
動くのか……!
想定外……!
そう悔しさを滲ませるも、エルバが動くとなると話は変わる。
わたしは彼女の動向を見守ることにした。
エルバは魔物とともにスラックの前に立ち、わたしを見た。
「パルトちゃん……ごめんね〜。相手してあげたかったけど、ボスからの命令だし……」
残念そうな顔を浮かべ、つまらなさそうにエルバは笑う。
そして、魔物の上から降りると、今度はスラックを見る。
「アレ……取ってきて。」
「なんで……俺が!」
「だって……このままじゃ負けるっしょ?」
「く……」
淡々とした口調で、スラックに何かを指示するエルバ。
スラックも現状を突きつけられて、言い返せないようだ。
しかし、アレとはいったい……?
わたしの疑問をよそに、スラックは魔物の上に乗ると、奥の大きな扉へと向かい始めた。
「何をするのか知らないけど……行かせない!」
苦しはしないと追いかけようとしたが、その行く手をエルバが遮った。
「ダメダメェ〜!パルトちゃんでも、ここから先は行かせられないヨォ〜!」
「く……!どけ……!!」
煩わしさとともに剣を振るうが、エルバに簡単に受け止められてしまう。
「アッハァ〜!また殺し合いたいよねぇ!」
「するか……!!お前たちは何がしたいんだ……!!」
その問いかけに、エルバは笑みを深めた。
「え〜?わたしたちは、あの先にある宝玉が欲しいだけだヨォ〜!それ以外は要らないから大丈夫!」
「何が大丈夫だ!ワイバーンの群れを街に仕向けておいて……!!」
「あ〜。それにはちょっと理由があってねぇ〜。」
エルバは剣を強く振り抜いて、わたしを弾き飛ばし、距離を取る。
「1年前、宝玉をもらうために街に来たんだけどさぁ〜。スラックの奴、当時の子爵家当主を殺しちゃったんだよねぇ……。」
「え……?」
突然のカミングアウトに驚きを隠せない。
だが、エルバは楽しげに話し続けている。
「このままだと面倒くさくなるから、当主の死体を井戸の下に隠して、全部伯爵家の陰謀だよってことにしちゃったのぉ。そしたら、あのおばさんが復讐してやるって言い出してねぇ。街にワイバーンの群れを送り込んでやるって言うから、手伝っただけだヨォ〜。」
開いた口が塞がらない。
でも、そんな戯言を鵜呑みにするわけにもいかないわたしは、エルバを否定する。
「これがお前たちの仕業じゃないと……そんな勝手な理屈が通るもんか!」
「まぁ……信じてもらえないとは思ってたけど……。とりあえず、子爵家に聞いてみたら?全部わかるよ……アハッ!」
正直、エルバの言っている意味が、わたしにはわからなかった。
『おそらく、エルバたちは子爵家と内通していた可能性が高い……そういうことだと考えられます。ワイバーンとの戦いが始まる前から、子爵家と連絡がつかないとギルマスがおっしゃってました。』
確かにそうだった。
街が一大事の時に、管理する子爵家と連絡がつかないなんて、確かにおかしい。
ということは、エルバが言っていることは……
わたしが考察を並べていると、ドアの奥から顔を出したスラックが叫んだ。
「エルバ!終わったぜ!」
その言葉を聞いたエルバは、ヒョロヒョロと手で返事をすると、わたしに笑う。
「パルトちゃん……寂しいけど、しばしのお別れだねぇ。また早く会えたらいいなぁ〜!」
「わたしは……もう会いたくない……。」
「相変わらず、つれないなぁ〜!」
おでこに手を当てて残念そうにしながら、エルバは懐から黒紫色の石を取り出した。
「待たせたな……。」
「いいヨォ〜!怪我してるんだしねぇ。」
スラックの手にあるのは青い宝玉。
透き通った綺麗な蒼の奥に、黒い靄が蠢いている。
だが、それが何か聞く前に、スラックが突然乗っていた魔物を手にかけ、黒い触手がバタバタと力なく地面に落ちた。
「な……なにを……」
スラックの思わぬ行動に開いた口が塞がらない。
その隙に、エルバは持っていた黒紫の石を地面に叩きつけた。
その瞬間、黒い靄が現れ、2人はその中に姿を消した。
去り際に、エルバは「たぶん……また会うよ。」とだけ残して。
クレアの言葉はゴズルに響いたようです。
そして、撤退したエルバたちですが、宝玉とはいったい何なのか。
今回もご愛読いただき、ありがとうございました!




